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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
321/327

321.何故



 クルスの職場である物流倉庫を再現した『世界の歪み』にて、『バルトロメウス線虫』ハロルド・ダーガーと『世界存在』クルス・ダラハイドは互いに“一騎打ち”に合意した。


 しっかりとした足取りでハロルドの下に向かうクルス。

 二人は短く言葉を交わすと、倉庫の奥へと移動してゆく。

 一騎打ちを邪魔されたくないのだろう。


 ミントがそれを見送っていると、ハロルドの連れであるヴィヴィアンとかいう白いのがこちらに歩いてきた。

 透き通るような白い肌に爬虫類めいたウロコが生えているのがなんとも不気味である。

 そして武器も持たずに距離をゆっくりと詰めて来るその姿には強者のオーラが漂っていた。


 そんなヴィヴィアンを警戒して瞬時に戦闘態勢に入るミントたち。

 それを見たヴィヴィアンは愉快そうに笑顔をつくる。


「ははは! 皆さんすっかりやる気のようだね!」


 ケタケタと耳障りな声で哄笑するヴィヴィアン。

 今まではハロルドとクルスに配慮して大人しくしていただけで、実際にはこれが本性のようだった。

 ミント達のことを微塵も恐れていないヴィヴィアンに、ミントは問いかける。


「おいお前!! 随分余裕ぶってるけど、僕たち全員を相手取るつもりかよ!!」

「ふふふ、余裕“ぶってる”ではなく実際に余裕なんだけどね。別に私は君達を倒す必要は無くて足止めしていればいいだけだし」

「はぁ? どういうことだよ!?」

「私はあの二人、特にクルスの方を試したいだけさ。現実に戻るに相応しいかどうかをね」


 ヴィヴィアンの言う事がいまいちわからずに首を捻るミント。

 その姿を見たヴィヴィアンは説明が億劫になったらしく、ため息をつく。


「……まあいいか、わかんなくても。おーい皆! 出番だよ!」


 ヴィヴィアンが大きな声を上げて呼びかけると、その足元からウネウネと白くて細長い線虫達が多数這い出してくる。

 そしてそれらは寄り集まって、人間のようなフォルムを形成した。


 以前ミントたちが戦った“ヒル人間”だ。

 その姿を見たハルが皆に注意を呼びかける。


「皆さん! 気をつけて! あの“ヒル人間”はマスターの物語に登場する悪役ヴィランの動きをコピーします!」


 ハルが呼びかけた次の瞬間、線虫達は更に数を増やしヒル人間はどんどん巨大化してゆく。

 巨大化して人型とかけ離れた姿になったそれは、体長七~八メートルはあろうかという巨大なトカゲをかたどっていた。


 そしてそれは倉庫の天井をぶち抜くと、自身の周りにスペースを作るため目茶苦茶に暴れ出した。

 ミント達はそいつから距離をとって巨大なトカゲを見つめる。


「何、アレ? “グスタフ”より大きくない?」


 するとミントの疑問にハルが答えてくれた。


「あれは“トカゲの悪魔デーモン”です。“グスタフ”の失敗作ですよ」

「え? ウソっ!? 失敗作の方が大きくて強そうじゃん!」

「大丈夫ですミント。力は強いですがその分スタミナは無いですよ」


 などと落ち着いて解説してくるハル。

 一方ミントのすぐ近くで大トカゲの姿を見たナゼールが小さく呟く。


「トカゲの悪魔か。ナブア村以来だな。俺がまだマリネリスに来て間もない頃だった……」


 するとハルがナゼールの肘をちょんと小突く。


「感傷に浸ってる時間は無いですよナゼール。さっさと片付けましょう」

「そうだな、ハルさん」


 そうして皆が戦闘態勢を取る中、“トカゲの悪魔”が突如咆哮を上げる。

 倉庫内の壁や床に反響して大きく響く咆哮に、思わず耳を塞ぐミント達。


 そうして皆が身動きをとれず固まってしまうが、その中でも平然と行動する者がいた。

 戦闘用アンドロイドのフユだ。


 彼女は強烈な音圧の咆哮にも一切怯む事無く、ずかずかと歩いて距離を詰める。

 右手の《パイルバンカーB型》による一撃必殺を狙っているのだろう。

 幸い、先ほどトカゲの悪魔が暴れてスペースを作ってくれたおかげで、ミント達も爆風に巻き込まれる事は無さそうである。


 その時、トカゲの悪魔がフユに向けて右手を振り下ろす。

 だがフユはその右腕を両手でしっかりと受け止めた。

 その後フユは左手でトカゲの右腕を逃がさないように固定すると、右手で殴りかかる。


 しかもただ殴るだけではなく空手で用いられる手刀のように五指を合わせてピンと伸ばし、その手でトカゲの肘関節の肉を抉るように突いていく。

 フユの攻撃によってすっかり右腕が使えなくなってしまったトカゲの悪魔。

 その胴体に彼女は悠々と歩み寄り、そして《パイルバンカーB型》を構えた。


 高性能爆薬ハイエクスプローシヴがぎっしり詰まった杭を打ち込んだ後、左手の《バリスティックシールド》を構えつつ後退するフユ。

 次の瞬間大きな爆発音が響き渡りトカゲの悪魔は四散した。


 それを見て喝采を上げるコリン。


「おーー! やった!!」


 歓喜の声を上げるコリンだったが、ナゼールにそれをたしなめられる。


「油断すんなコリン。勝負はまだ終わってねえ」

「え? だってあいつバラバラにっちゃったじゃん。……って、あれ?」


 コリンが再び前方に顔を向けたときには四散した線虫たちがそれぞれの場所で集まっているところだった。

 それぞれの線虫達は人間大の大きなに集まると今度は人型を形成する。

 しかも複数だ。


 その顔ぶれを見てハルは渋い表情になった。


「これは……ヤバい面子ですねぇ」


 まず一体は身の丈ほどもありそうな長刀を携えた男らしきシルエット。

 これはレジーナが死闘の末に屠った『ナイツオブサイドニア』のラスボス、リチャード・ダーガーだろう。


 続いてもう一体は細身の男性らしいシルエット。

 こちらは仕込み杖を手に持ち、周りには従者らしき人物が複数いる。

 それはおそらくノアキスを壊滅させた時のチェルソ・パニッツィその人であり、周りに居るのは彼の眷属のようだ。


 そしてもう一体。

 こちらは『機械仕掛けの女神』に登場する戦闘用アンドロイドを再現している。

 同作のラスボス『FY-422型』アンドロイド“ルサールカ”、つまりフユである。


 錚々たる悪役ヴィランたちを再現したヒル人間たちにたじろぐミント。

 しかし立ちはだかる敵は彼らだけではない。

 トカゲの悪魔が壊した建物の瓦礫に座って、事の成り行きを眺めていたヴィヴィアンが立ち上がる。


「私もボチボチ参加しようかな。見てるだけだとヒマだしね」






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 物流倉庫そのものを破壊しかねないような大きな振動と、そして物音が遠くから聞こえてくる。

 おそらくフユあたりが暴れているのだろう。


 その物音をバックにクルスとハロルドは倉庫のトラックバースに移動してきた。

 この倉庫にクライアント企業から預かった商品を入荷して保管するために、各地からドライバーが集ってくるのだ。


 広いスペースが存在するトラックバースにてクルスはハロルドと向き合う。

 先ほどは涙を流して激昂するなど心の平静を失っているように見えたハロルドだったが、現在は落ち着いたようだ。


 彼はクルスに短く問いかけてくる。


「なぁクルス。戦う前にひとつ聞いてもいいか?」

「いいぞ。ひとつだけな」


 まっすぐなハロルドの視線を受けてクルスが返事をすると、彼は質問してくる。


「お前は……何故目覚めたいんだ?」

「何故って……」


 クルスが少し答えに詰まるとハロルドは自分の考えを口に出してきた。


「僕はお前の脳みそに入り込んで思考と記憶を共有した。だからわかるんだ。クルス、きっと現実に戻っても辛いだけだぞ。それよりもずっとこの空想世界に浸っていた方が絶対に楽で幸福なんだ。現に他の『バルトロメウス症候群』の患者たちは戻ってきてないじゃないか。お前が何故そうしないのか、僕にはそれがわからない」

「俺が戻らなかったらミントも道連れだ。それはできない」

「説得すればいいだけだろ? あいつだってこの世界を楽しんでいる」

「じゃあ俺を看病してくれてる両親や医者達はどうなるんだ」

「代わりの人間に介護させればいいだろう? その為にお前の国では国民健康保険なんてものが存在するんだ。お前だって納税しているんだからその権利はあるだろう」


 やけに俗っぽい事を言った後で、ハロルドは更にクルスに言葉を投げかけた。


「クルス、僕が聞きたいのはそんなんじゃないんだ。“ミントが”とか“両親が”とかじゃなくてさ、“お前が”どう思ってるのかを聞きたいんだ。“何故お前が辛い現実に戻りたがっているか”を知りたいんだ。なぁ、教えてくれよ。それがわかれば僕も一つ上の領域に行ける気がしてならないんだ」


 懇願するハロルドにクルスは静かに返答した。


「ああ、教えてやる。ただし、この一騎打ちが終わった後でだ。楽しみは後に取って置いた方がいいだろう?」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月10日(日) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月10日  後書きに次話更新日を追加

※10月11日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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