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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
320/327

320.受けてやる



「どうぞ、こちらです」


 気味の悪い笑みを浮かべながらクルス達を案内してくるヴィヴィアン。


 クルスはヴィヴィアンに対して警戒心を抱きつつも後について行く。

 彼とミントの周りをオスカーマイク、そしてヘルガが固めて更に他の仲間達も宮殿内部の様子に注意を向けていた。


 荘厳な造りの宮殿廊下を進んでいくクルス達。

 やがて一行は下りの階段に到着する。


 その階段をヴィヴィアンに促されて降りるクルス達。

 やがてヴィヴィアンは立ち止まってクルスとミントに告げる。


「さて、『世界存在』のお二人。そろそろ『世界の歪み』です。そこでハロルド・ダーガーこと『バルトロメウス線虫』がお二人のことをお待ちしています」


 丁寧にこれから待ち受けているものを説明してくれるヴィヴィアン。

 その態度を不審に思ったクルスはヴィヴィアンに尋ねた。


「随分親切に教えてくれるじゃないか。一体何を企んでいる?」

「企んでいるなんて人聞きの悪い。ただまぁ……強いて言うなら“一騎打ち”ですかねぇ」

「は? ヴィヴィアン、今何と?」

「だから“一騎打ち”ですよ。タイマンです。サシです。わかりますか?」

「いや、言葉の意味はわかってるよ。俺が聞いてるのはあのハロルドがそれを望んでいるのかって事だ」


 クルスが問いかけるとヴィヴィアンはにこやかに笑って頷く。


「ええ、彼曰く“策を弄しても碌な結果にならなかったから無策の自然体で挑む”との事です」


 その言葉をクルスは複雑な表情で咀嚼する。

 ヴィヴィアンとの会話からはハロルドの真意が一つも見えてこないと感じたクルスは、一つため息をつくと気持ちをリセットする。


 これも敵の策略かもしれない。

 大一番を前に意味深な事を吹聴して集中力を削ごうとしているのだ。


 そう結論づけたクルスはヴィヴィアンに言った。


「わかったよ。こっちの準備はできているからさっさとハロルドのところに案内してくれ」

「かしこまりました。ついて来て下さい。『世界の歪み』はもう、すぐそこです」


 そう言ってヴィヴィアンが一歩を踏み出す。

 その後についてクルス達も足を前に運んだ、次の瞬間。


 瞬間的に景色が切り替わった。

 クルス達が辺りを見回すとそこは大きな物流倉庫だった。

 だだっ広い敷地内に有名なアパレルブランドの服が陳列されたスチール棚・折りたたみコンテナがズラリと並んでいる。


 その見覚えのあり過ぎる光景にクルスは当惑する。

 そして呟いた。


「よりにもよって、ここかよ……」


 それを聞いたミントがクルスに聞いてきた。


「おにいちゃん、ここって……?」

「俺の職場だ」


 そこはクルスが現実世界で普段働いている物流倉庫だった。

 空想世界では創造主と崇められる彼も、ここではただの一従業員だ。


「へえ、ここが……」


 興味深そうに倉庫内を眺めるミント。

 他の仲間達も物珍しそうに倉庫内を観察している。


 その時、前方から声が聞こえてきた。


「ようこそ」


 声につられてそちらを見やると、そこにはハロルドが居た。


 クルス暗殺を試みた際にサイドニアの兵士に取り付いた彼は兵士の体を微妙に変化させていた。

 今は黒髪の二十代の痩せ型の男性になっていて、その姿はマリネリスに居た頃のクルスを髣髴とさせる。


 彼の脇にはヴィヴィアンが控えており、微笑を浮かべてこちらを見つめていた。

 クルスはハロルドに告げる。


「わざわざ『世界の歪み』に案内してくれてありがとう。ハロルド」

「いえいえ、どういたしましてクルス」

「ハロルド。お前にはもう用は無いから、さっさとこの歪みを引き起こしているお前の同胞を出せ」

「言われなくてもそうするさ。ただ、一つだけお願いがあるんだ。聞いてくれるかい?」


 真っ直ぐな瞳でハロルドはクルスに問うてくる。

 クルスはせせら笑うように返事した。


「一騎打ち、だろ? さっきそこの白いのが教えてくれたぞ。俺がそれを聞くとでも思ってるのか? おめでたい奴だな」

「そうだな、うん、そうだ。そうかもしれない……」

「……?」


 ハロルドの様子に違和感を覚えたクルスが彼の方を見ると、信じがたい光景がそこにはあった。


 ハロルドは両目から涙を流している。

 その悲しそうな表情は寄生虫ではなく本物の人間のようだ。

 彼はクルスの目を見て口を開く。


「僕が君の脳に寄生してもう随分経つ。その間に僕の意識や思考は人間側に寄りすぎてしまったようなんだ。クルス、君の好物のひとつは鶏肉だったね。“若鶏のから揚げ”」

「ハロルド、何が言いたい?」

「君達ニンゲンは高い知性を有している。他者に対する共感能力も持っている。だが、そんな君達でも自分が摂取する食物に対していちいち同情したりはしないだろう。から揚げを頬張る前に鶏の姿を思い浮かべる事はないだろう」


 その言葉を聞いてクルスの胸に一つの疑念が去来する。

 まさか、こいつはクルスに……人間に対して同情しているとでもいうのだろうか。


 その思考を読んだかのようにハロルドはクルスに語りかける。


「クルス、僕はね……後悔してしまっているんだよ。君というニンゲンの時間を奪ったことに対してさ。本当はそんな事いちいち考えちゃあいけないのに、僕は君や君の家族に対して申し訳ないと思ってるんだ。本当は寄生虫が考えちゃあいけない事を考えてしまっているんだ」

「そうか……それは……難儀な事だな」


 返答に困ったクルスはどうにか言葉を搾り出すと、ハロルドは感情を爆発させる。


「はぁ!? それだけ? 何でお前はそんなに淡白なんだよっ!! クルス!! 僕がこんなに悩んでいるのに!」


 涙を流しながら叫ぶハロルドの気迫に押されて思わず黙り込むクルス。

 そんな彼にハロルドは告げた。


「クルス、君のおかげで何もかも目茶苦茶だ。僕はもう何が正しいのかもよくわからない。ただ、この悩みが『バルトロメウス線虫』である僕の“進化”の前兆なのだとしたら、お前を倒して乗り越えることでそれは成就すると思うんだ。頼む。僕の進化の為に死んでくれ」


 ハロルドは腕で目を擦り、涙を拭う。

 そして強い意志の光を宿した視線を向けてきた。


 その視線を受けたクルスの胸に自分でもよくわからない……しかし熱い何かがこみ上げてくる。

 ハロルドの決意を垣間見たクルスは彼に宣言した。


「いいだろうハロルド! 受けてやる! “一騎打ち”をッ!!」


 その言葉に頷くハロルド。

 ところが隣に居るヴィヴィアンは疑り深かった。


「本当? 口で格好いい事を言っているだけで本当は出し抜こうとしてるんじゃ?」

「俺に二言は無い。その証拠を見せてやる」


 切符良く言い放つとクルスは『ベヘモスの胃袋』に手を伸ばす。

 そしてハルとフユを袋から出した。


 突如袋から出されて困惑気味のアンドロイド達にクルスは事情を説明する。


「ハル、フユ。俺はこれからハロルドと一騎打ちをする。お前らはミント達とこの『世界の歪み』を正せ」

「はぁっ!?」


 ハルは素っ頓狂な声を上げて、フユは訝しげな表情でクルスを見やる。

 そんな二人にクルスは告げた。


「別にアイツに同情してとかそういうのじゃ無いからな。ただ、最優先なのはこの『世界の歪み』の正常化だ。だったらそっちにより多くの戦力を割く方が合理的だ。もし俺の事が心配ならそっちを早々に片付けろ」


 クルスの指示にフユが同意を示す。


「ふむ、そういう事なら任されてやる。思いっきり戦ってこいマスター」

「ああ、皆、頼むぞ!」


 クルスの言葉に頷く仲間達。

 それを見届けたクルスはハロルドの方へ向き直る。


 これが正真正銘、最後の戦いだ。

 万感の思いを胸にクルスは一歩を踏み出した。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月 9日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月 9日  後書きに次話更新日を追加

※10月10日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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