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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
317/327

317.ラブレター



 戦闘が終結して十分ほどが経過した。


 ザルカが呼び寄せたという『白き鯨レヴィアタン=メルヴィレイ』が突然、踵を返して海の方角へと帰っていくのを呆然と見送ったナゼール。

 しかしプレアデス諸島のドンガラ族次期族長である彼には休んでいる暇は無い。


 総指揮官であるサイドニア国王ウィリアム・エドガーから各陣営の損害状況の報告、及び今後の方針についての緊急の話し合いを行うとの連絡が来たのだ。

 ナゼールはプレアデス側代表としてそれに顔を出さねばならない。


 彼がプレアデスの若い衆に交代で休憩をとるように指示を出していると、レリアが話しかけてきた。


「ナゼール、そろそろ行かないと」

「ああ、わかってる。ポーラは?」


 戦闘には自信の無いポーラであったが“《祈祷》による治療なら自分にも役目がある”と今回の作戦に同行していた。


「ポーラは今一番忙しい時間のはずよ。負傷兵の看病でね」

「それもそうか」


 その時、遠くから端正の顔立ちをした男が走ってくる。

 骨董屋の主人チェルソだ。

 彼は子供二人をジョー・バフェット伯爵に預けて今回の作戦に参加していた。


 ナゼールはチェルソに声をかける。


「チェルソさん、どこ行ってたんだ?」

「ああ、ちょっと冒険者の皆が集まっている方にね。レジーナさんの様子が気になってさ」

「あいつは無事だったのか?」

「ああ、この後の話し合いにも出席するってさ」

「そいつは良かった。俺たちもそろそろ向かおう」


 レリアとチェルソを連れてエドガーの待つテントに向かう。

 サイドニア王国の近衛兵達が守りを固める中、ナゼール達は中に通された。


 中ではエドガーとその腹心である近衛兵長エセルバードが話し合っている。

 今までに得た情報でも整理しているのだろうか。


 他の陣営の姿が見えない所を見るにナゼール達が一番乗りのようだ。

 エドガーはナゼール達に気付くと声をかけてくる。


「おお、ナゼールよ。無事であったか」

「ええ、陛下こそご無事で何よりです」

「ふん、余の“強運”を侮るでない」


 常日頃から理詰めで物を考えていそうな彼らしくない言葉だ。


「運、でございますか」

「そう、運だ。実は王にとってそれが一番重要な資質ではないかと余は考えているのだ。ナゼール、貴様もプレアデスを統べる立場になるのだから日頃から行いを良くしておけ」

「善処します」

「ああ、それがいい。だが、それで運が良くなれば苦労はせんがな。ふっ」


 その時テントに新たに入ってくる者があった。

 今回ギルド冒険者を束ねる立場であるレジーナだ。

 彼女はコリンとイェルド、そしてマルシアルというかつての“白金”級冒険者の仲間と共にテントに入って来た。


 テントに入って来た彼女達にエドガーは労うように声をかける。


「おお、先ほどは素晴らしい働きをしたと聞いているぞ。“赤き竜”よ」

「ご過分なお言葉を……」

「何が過分か、竜よ。そなたらがあの鯨の動きを制限してくれたおかげで全軍の被害を抑える事が出来た。やはりそなたらは英雄だ」

「恐悦至極に存じます。ですがそのお言葉は私よりもあの男に向けられるべきかと存じます」

「あの男?」

「クルス・ダラハイドです」

「ほう、後方で静観しておったかと思いきやあやつも働いておったか。何をしたのだ?」

「私が伝え聞いた話では白き鯨を呼び寄せていた敵の機械を破壊したとか」

「ほう、それは確かに殊勲ものの働きであるな」


 などとエドガーが唸りながら顎ひげをさすっていると、件のクルスがテント内に入って来た。

 “掃除屋”の隊長、副長とともにテントに入って来た彼は、心なしか疲れているようにも見えた。


 そんなクルス達の姿を見たエドガーが彼らに労いの言葉をかける。


「クルスよ、大儀であった。“掃除屋”の皆もめざましい活躍だったと聞いている」


 エドガーにかけられた言葉にクルスは頭を垂れて返事をする。


「お褒めに預かり光栄です」

「うむ。して、“白き鯨を呼び寄せていた敵の機械”とはどのようなものだったのだ?」

「大型の超音波発生装置です。それで奴らは鯨にしか聞こえない音を出してここまで引き寄せていました」


 クルスの説明の後に、“掃除屋”の隊長である無精髭の男が補足をする。


「一応、捕らえた捕虜の数名を尋問してみましたが、完成品は我々が破壊した機械のみだそうですぜ」

「ふむ、それは助かるな。帝都に侵攻している横からまた鯨に突っ込んで来られたら堪ったものではない」


 そう言って大げさに胸を撫で下ろすエドガー。

 すると今度はレジーナがエドガーに質問をする。


「陛下、全体の被害状況はどうなっているのでしょう?」

「正確な数は各将校からの報告待ちだが、そなたらのおかげで大分抑えられているはずだ。ひょっとするとザルカの連中の方が被害は大きいかもしれんな。“人を呪わば穴二つ”だな。ククク」


 などと人の悪い笑顔を浮かべるエドガー。

 ザルカの自傷覚悟の決死の作戦は皮肉にも裏目に出た可能性があるという。


 しかし敵の総大将ハロルド・ダーガーの恐ろしさをよく知っているナゼールには油断は無い。

 彼はエドガーに問いかける。


「ですが、陛下。我が軍も数を減らしているのですから、その補充はしておくのが定石かと思われます」

「それなら心配は要らぬ。ハルマキスに応援を要請している。こういう時の為に彼らを予備戦力に割り当てていたのだ。なぁ、カールシュテインの子よ」


 そう言ってレジーナの横にいるイェルドの方を見やるエドガー。

 イェルドは彼の問いに落ち着いた態度で答えた。


「ええ、もう既に使いの者に情報を持たせております。今頃は我が父にそれが伝わっているでしょう」

「うむ」


 満足そうにエドガーは頷くと、一つ咳払いをしてから話題を転換させる。


「さて、ここからはもう一歩進んだ話をしようか。即ち“どうこの戦いを終わらせるか”だ」


 それを聞いたレリアが疑問の声を上げる。


「て、敵を倒せば戦争は自ずと終わるのでは?」

「無論、そうすれば間違いなく戦は終わる。だが“敵”とは一体どこまでを指すのだ?」

「それは……ザルカ帝国、ジュノー社の軍人だと思います」

「なるほど、ではそいつらを残らず全滅させるとする。そうしたら今度は軍人以外の民間人が新たな敵となるだろう。その者たちはどうする?」

「……キリがありませんね」

「わかってもらえたようだな。戦争を終わらせるのにも作法があるということだ。一番手っ取り早いのは敵が降伏してくれる事なのだが、まぁ事はそう上手く運ばんだろうな。敵には悪いがもう少し痛い思いをしてもらって、彼らの戦意が完全に折れてから降伏勧告を行う事になる」


 その時、伝令の兵士が足音を響かせてテント内に入って来た。


「会議中に失礼します。先ほど敵方より使者が訪れました」


 それを聞いたエドガーは目つきを鋭くして伝令の兵士に問いかけた。


「連中は何と?」


 エドガーの問いかけに対し、伝令の兵士は敵の使者から渡されたと思しき羊皮紙を開いた。


「はっ、読み上げます。“我らザルカ帝国並びにジュノー社全兵士は武装を解除し、サイドニア、ハルマキス、ボレアレ、プレアデス、ヴェスパー社連合軍に降伏する”」


 想定外の文言に目を見開いて驚くエドガー。

 否、彼ばかりかテント内にいるすべての者が驚きを隠せないでいた。


 一瞬、静まり返るテント内だったがすぐに一人の男が口を開く。

 クルスだ。

 彼は伝令の兵士に問いかける。


「無条件か?」

「……は?」

「だから、それは無条件降伏なのか、と聞いている」


 クルスの問いに対して伝令の兵士は答えた。


「それなんですが、一つだけ付帯条件がございます。読み上げます。“クルス・ダラハイド氏並びに獣人族ライカンスロープのミント氏を連合軍に先立って帝都入りさせる事。ザルカ帝国代表ハロルド・ダーガーは『世界の歪み』にて彼らを待つ”との事です」


 それを聞いたクルスは苦い顔で言った。


「最終決戦ってことか……ハロルドめ。とんだラブレターを寄越しやがって」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月 6日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月 6日  後書きに次話更新日を追加

※10月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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