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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
314/327

314.混乱の中で



「あの野郎……」


 クルスはその場に居ない仇敵ハロルド・ダーガーに向かって悪態をついた。

 装甲車両ハンヴィーのルーフにいる彼の視界では、巨大な白い怪物が巨体を揺らして、両軍の兵士がぶつかり合っている戦場に突進していくところだ。


 かつて自分を絶望の淵に追い詰めた怪物『白い鯨レヴィアタン=メルヴィレイ』の登場にクルスは苦い顔をする。

 そして彼は思案した。


 白い鯨が海から陸上に上がったことはクルスの知る限り一度も無い。

 その鯨がわざわざここまで“歩いて”来たということはやはりミントの聞いた音に引き寄せられたと考えて間違いないだろう。


 ならばクルスが取るべき行動は一つしかない。

 鯨を呼び寄せた超音波の発生源を突き止めて、それを止める事だ。


 とりあえずの方針を固めたクルスは自らの抱える即応部隊の皆に告げる。


「お前ら、聞け! これより俺たちは敵の発生させている超音波を止める為に動く! 各員至急戦闘準備だ! 装甲車両に乗り込め!」


 そして皆に告げた後でクルスはミントに尋ねる。


「ミント、この超音波がどこから出ているかわかるか?」

「うーんと……、あっちの方かな?」

「あっちだな!? よし、至急そこに向かう。ミント、車に乗れ」

「うん、わかった」


 装甲車両のに乗り込むミントを尻目にクルスはフユに話しかけた。


「フユ!」

「何だ? マスター」

「悪いがお前は車内ではなく、装甲車両のルーフに乗ってくれないか?」

「別に構わないが、何故だ?」


 怪訝そうな顔で質問してくるフユにクルスは答える。


「ただの勘なんだが、おそらくハロルドは今こうして俺が動き出すのを待っている気がする。だから万一の際にすぐ対処できるように外に出ててくれないか」

「なるほど、わかった。良いだろう。だが」

「だが?」

「私だけでは三百六十度全てに注意を向けるのは不可能だ。ハルもルーフに昇らせろ。それで安全度が高まる」

「わかった。……ハル!」


 クルスはハルを呼んで作戦意図を説明した後、フユとハルを装甲車両の上に登らせる。

 装甲車両天井部には射手用のシートがあり軽機関銃ライトマシンガンである《スターカーリーグン249》が固定されていた。


 ハルは射手用のシートに座り軽機関銃を構える。

 一方のフユはハルの死角をカバーするように《バリスティックシールド》を展開させると自らは高性能小銃ハイブリッドライフルの《グレンゼンロス》を手に持った。


 ルーフの二人の戦闘態勢が整ったところでクルスは運転席のオスカーに呼びかけた。


「オスカー、出せ!」

「あいよ! お客さん、行き先はどちらで?」


 オスカーの問いかけにミントが答える。


「あっちだよ、早く!」

「オーケー任せろネコ。皆飛ばすからしっかり掴まってろよ!」


 車内に注意を促すと同時に勢い良くアクセルを踏みしめるオスカー。

 パワフルなエンジンを積んだ装甲車両が急発進した。


 急加速の衝撃に一瞬仰け反るクルスだったが、すぐに気を取り直すと今度はマイクに指示を飛ばす。


「マイク! “掃除屋”のセルゲイ中佐に連絡だ」

「了解だぜ、ボス。ちょっと待ってろ、今繋ぐ」


 マイクは無線機に手を伸ばして“掃除屋”の指揮官であるセルゲイ・イグナートフ中佐とのホットラインを繋いだ。

 幸いにして回線は死んでいなかったようで、無事に無線連絡は成功する。


 マイクから手渡された無線機をクルスは手に取る。


「中佐、ご無事ですか?」

「ああ、クルスさんですかい。お元気そうで何よりでさぁ」

「今そちらの状況は?」


 クルスの問いにセルゲイは笑いながら答える。

 人間はあまりに酷い状況だと笑みを浮かべてしまう生き物であるが、今がその“酷い状況”だ。


「状況? ははは、何て言いましょうなぁ……。一言で言いますと“最の悪”ですな」

「戦闘ヘリは?」

「スチェパノフ少佐がもう飛ばしてます。一応あの鯨の目を狙って機銃掃射してますが、奴の目を潰してもあまり意味は無さそうなンですなぁ。あの鯨の視覚は体から生えている蛇の視覚ともリンクしているらしいンです」


 という事は戦闘ヘリ《クレーエ》は鯨相手には有効ではない。

 であるならば索敵に回してしまった方が合理的だ。

 そう考えたクルスはセルゲイに提案する。


「中佐、どうも敵は何らかの手段で白き鯨を引き寄せる超音波を発生させています。その捜索の為にヘリを使ってみては如何でしょう?」

「ほう……なるほど。ちょっとお待ちくださいや」


 そう言ってセルゲイは別の無線機で何やら連絡を取り始めた。

 その相手は掃除屋の副官であるルスラン・アルトゥーロヴィチ・スチェパノフ少佐だ。


 しばし二人のやり取りは続き、やがてセルゲイはクルスに告げる。


「お待たせしましたクルスさん。少佐がヘリで敵の音波発生源を捜索します。見つけ次第連絡しますので常に無線機の回線は開いておいてください」

「了解しました」


 クルスがセルゲイとの会話を終えた時、窓の外に目を向けていたヘルガが叫ぶ。


「うおっ! 見てよあれ! “赤い竜”! レジーナだ!」


 言われてクルスがその方向を見やると、十二メートルほどの赤い竜に変異したレジーナが空に羽ばたき白い鯨と向かい合っている。

 彼女はチェルソと剣術の訓練をした翌日に“赤い竜”への変異を成功させており“もう体は本調子だ”などと豪語していた。


 だが体長四十メートル級の白い鯨の前ではさすがの赤い竜も小さく見えてしまう。


 しかしその程度の事で怯むレジーナではない。

 彼女は大きく息を吸い込んだ後で炎のブレスを白い鯨に浴びせる。


 炎のブレスを嫌った鯨は体から無数に伸びる蛇で炎を受け止めた。

 その結果、四肢として束ねて使っていた蛇のうち右前足の部分が焼失する。


 四肢の一つを失った鯨はバランスを崩してその場にへたり込む。

 その衝撃が地面を伝いクルス達の乗る装甲車両まで伝わって来た。



 大きく揺れる車体にしがみ付きながらクルスが前方を見据えていると、運転席のオスカーが叫ぶ。


「うおっ! おいボス、何だよあれ!?」


 見ると白い鯨の体から剥がれ落ちた蛇たちが周囲の兵士達を襲っている。

 その白い大蛇は連合軍側の兵士もザルカ・ジュノーの兵士達も平等に、否、無差別に襲っていた。


 口から強力な酸を吐き出す白い大蛇に苦戦する兵士達。

 それを見たミントがクルスに問いかけてくる。


「おにいちゃん! 助けてあげないと!」


 ミントの言葉に一瞬心が動きかけるクルスだったが、彼は冷徹に判断を下した。


「いやダメだ! 俺らが早く超音波発生源を潰さないと、却って被害が大きくなる! 発生源を特定するのに集中しろ、ミント」

「……わかった。でもさっきよりはずっと近づいてきてるよ」

「本当か。方向はこっちで合ってるんだな?」

「うん、このまま真っ直ぐ」


 その時、無線機に集中していたマイクが声を上げる。


「おいボス! 中佐から連絡がきたぞ! ヘリが音波発生源を特定した! 敵は巨大な音波発生装置を作ってそれを作動させているようだ」

「場所は!?」

「今ヘリが飛んでいる辺りだそうだ」


 言われてクルスは空に目を向ける。

 そこでは戦闘ヘリ《クレーエ》が地上に向けて機銃を掃射して対地戦闘を行っている。


 クルスはオスカーに指示した。


「見えるか、オスカー? あそこだ、飛ばせ」

「アイサー、ボス」


 そして車内の他の者にも注意を促す。


「敵もあの装置を必死で守っているだろう。抵抗は激しいはずだ。お前ら気合入れろよ!」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月 3日(日) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月 3日  後書きに次話更新日を追加

※10月 4日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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