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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
312/327

312.進化のために



 ザルカ帝国領の北方に広がる丘陵地帯。

 そこにはかつてテオドールとフォルトナが働いていた兵器工廠が建っている。


 そして現在はその工廠に多数の人員が動員され、とある秘密兵器の完成に向けてフル稼働の状態だ。

 ザルカ帝国を統べるハロルド・ダーガーはジュノー社のカレン・ピアースとその護衛ロニー・アルバレス中尉、そして『白き鯨』の体内に居たヴィヴィアンと共に兵器工廠を訪れていた。


 クルスの生み出した“恐怖の象徴”であるヴィヴィアンにはハロルドの与えた軍服を着せてある。

 真っ白な肌と黒い軍服のコントラストによって非現実的な存在感を放つヴィヴィアンは、物珍しそうに周りの景色を眺めている。

 だがハロルドが気を抜いているとヴィヴィアンが彼の事をじっと凝視している事もあり、なんとも油断ならない存在だ。


 しかしながらサイドニア側に戦力的に大きく劣っているハロルドとしてはヴィヴィアンは重要な存在であった。

 ヴィヴィアンの存在如何でクルスを出し抜けるかどうかが決まるのである。



 そんな事を考えつつ工廠内を歩き、作業風景を視察するハロルド。

 その中では沢山の人員で大型機械の部品を組み立てている。


 ハロルドが遠目からそれを眺めていると、工廠長が駆け足で寄って来た。


「ハロルド様! いらしてたのですか。声をお掛けしていただければご案内いたしましたのに」

「いやいや、僕らのことは気にしなくて良いよ。作業に集中してほしい」

「さ、左様でございますか」

「うん、この機械が完成するかによって次の戦闘の趨勢が決すると言っても過言ではないからね。完成に向けて全力で作業にあたってもらいたい」

「かしこまりました。必ずやご期待に応えてみせます」

「頼むよ。あ、一つだけ教えてくれ。作業の進捗はどうなんだい?」


 ハロルドが問いかけると工廠長は暫し考えて答える。


「八割ほどは出来ております。後は組み立てとそれから最終調整に計二日ほどお時間を頂ければ実用に耐えうるかと」


 それを聞いたハロルドは満足げに頷いた。


「充分だ。完成を期待しているよ」

「はっ!」


 敬礼をした後、工廠長は駆け足で自分の持ち場に戻る。

 その後もハロルド達はしばらく作業を見守った後で、引き上げた。


 工廠を出た一行は近場の町である都市アレスに向かう。

 まだ皇帝リチャード・ダーガーが健在だった頃ハロルドが拠点にしていた町である。


 そこの館に到着したハロルドは執務室の革張りの椅子に腰掛けて落ち着いた。

 座って一息つくハロルドにカレンが尋ねてくる。


「ねえ、ハロルド?」

「なんだい、カレン」

「さっきの工廠で作ってたものは何だったの?」

「ああ、そういえばカレン達には説明していなかったね」

「うん、教えてよ」


 丁度その時、ハロルドの下に紅茶が運ばれてくる。

 それを啜った後、ハロルドは口を開いた。


「工廠で製作されていた機械はね、大型の“超音波発生装置”さ」

「超音波発生装置? それを使って敵兵を攻撃するの?」

「いや、ただ人間の可聴域外のとある音波を出すだけさ。それ自体に攻撃能力は無いよ」

「え、じゃあ何でそんなモノをこんな大事な時機に作ってるの? そんな暇と資源があるならちょっとでも多くの武器を生産した方が良いんじゃない?」

「今更そんな事をしても焼け石に水さ。悪あがきにもならない。だがこの超音波発生装置なら、こちらにも相応の危険は伴うが進軍してきた敵の軍勢に大打撃を与えられるかもしれない」

「はぁ?」


 眉間に皺を寄せて首を捻るカレン。

 一方、彼女の隣に居るアルバレスにはハロルドの意図が理解できたようだ。


「ハロルド様、ひょっとしてその音波で『白き鯨』を呼び寄せるおつもりですか?」

「ご名答だよ、アルバレス中尉。あの大型の超音波発生装置で『白き鯨レヴィアタン=メルヴィレイ』を呼び寄せる。こちらも大損害を被る危険性はあるが、だが数で勝る敵の軍勢の方がリスクは大きいはずだ」


 ハロルドの立案した作戦を聞いたカレンは大きく目を見開いてハロルドの問いかけてくる。


「え? ちょっとあんた本気?」

「本気だよ。この不利な状況では痛み無くして勝利など有り得ない。僕は腹を括った。皆も覚悟を決めて欲しい」

「そ、それはいいけど、でもわざわざあんな大げさな機械を作って『白き鯨』を呼び寄せる必要があるの? そこのヴィヴィアンに呼んでもらうって事はできないの?」


 するとヴィヴィアン本人がカレンの疑問に答える。


「あーそれは無理だね。もうあの鯨は私と意識を切り離しているからね。もう一回私があれの体内に入ればまた一つになれるけど、こんなに物理的な距離が離れてしまうと私でも制御はできないよ」

「ふーん……そうなんだ。っていうかそもそもの疑問なんだけど」

「何?」

「あれって鯨でしょ? 陸地の戦闘には参加できないでしょ」


 カレンが至極尤もな疑問を口にすると、ヴィヴィアンが口の端を歪める。


「おやおやカレン、私の外見をよく見てごらんよ」

「ヴィヴィアンの外見?」

「そうそう。例えばこのウロコとか」


 そう言って自分の白い肌をさするヴィヴィアン。

 透き通るように白いその肌には爬虫類じみたウロコがある。


「あ、そっか! 蛇!」

「そういう事。あれはたしかに鯨ではあるけど、それと同時に蛇でもあるんだ。陸地でも活動可能なんだよ実は」

「へえ……でもどうやって? 蛇みたいに地面を這うの?」

「んー……ちょっと違うなぁ。まあいいや。正解は見てのお楽しみってことで」


 悪戯の好きな悪ガキのような笑顔を浮かべるヴィヴィアン。


 その時、黙って話を聞いていたアルバレスがハロルドに問うて来る。


「ハロルド様」

「どうしたんだい中尉?」

「『白き鯨』を利用する作戦だということは理解しました。ですがそれでは我が軍にも相当の被害が出てしまいます」

「それはもちろんそうだね」


 そこへカレンが割り込んでくる。


「じゃあさ。超音波に引き寄せられて陸地に上がってきた『白き鯨』をさ、ヴィヴィアンに抑えてもらえば良いじゃない」


 ところがカレンの案はヴィヴィアン本人に一蹴される。

 ヴィヴィアンは普段より声を落として、カレンに問いかけた。


「おいおいカレン……。私を殺す気かい?」

「え……?」


 普段は陽気な表情を浮かべることが多いヴィヴィアンの冷たい表情にカレンも思わずたじろいでしまう。

 ヴィヴィアンはそんな彼女に滔々とうとうと語り出す。


「さっきも言ったろう? カレン。 あれは今は私の制御外なんだ。落ち着いている時ならともかく、奴が暴れてるところに私が近づいてみろ。ぺちん、と蟻みたいに踏み潰されてお終いさ」

「そ、そうね。ごめんなさいヴィヴィアン。私の考えが足りてなかった」

「ふふ、いいさ。わかってくれればね」


 その会話を踏まえて、ハロルドはアルバレスに説明する。


「とまぁこんな具合でね。中尉の言わんとしてる事はわかるよ。だが綺麗事だけじゃ勝てない状況なんだ。わかってくれよ」

「……はい」

「もちろん、友軍の犠牲は無駄にはしないよ。やるからには勝つ。クルスを倒して僕は進化する。してみせる!」


 声高に決意を表明するハロルド。



 クルスとハロルド。

 最終決戦の時はすぐそこまで迫っていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  2月 1日(金) の予定です。


ご期待ください。



※ 2月 1日  後書きに次話更新日を追加

※10月 2日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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