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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
311/327

311.忠告



 貿易都市ドゥルセの教会にて。

 クルスはイザベラ、マイクと共にそこで行われている礼拝に参加していた。


 かつてルサールカ五番シェルターでクルスが《奇跡》についての話をした際に、彼らは強い興味を持っていたらしい。

 二人は機械文明が支配するルサールカ人工島出身者であるにも関わらず、意外にも神に対する信仰心を持ち合わせていた。


 礼拝堂にて熱心に祈りを捧げた後で三人は教会を後にする。

 歩きながらクルスはイザベラに尋ねた。


「どうでした? イザベラさん。祈りを捧げた気分は」

「そうね。正直、まだ神様の存在を感じ取れた気はあまりしないのだけど、でも続けてみようと思う。自分の体を治すのにも役に立ちそうだし」

「それは良かった。マイクは?」


 クルスがマイクにも話を振ると彼は顎をさすりながら答える。


「そうだな。俺も続けてみようとは思ってるぜ。今まで誰かを傷つけることが多い人生だったが、そろそろ誰かに感謝されてみたくなってきたからな」

「その言い分だと普段俺が感謝してないみたいに聞こえるぞ」

「ははは、ボス。あんたからは感謝の気持ちを定期的に頂いているだろ」

「給料という形でな」


 などと談笑しながらドゥルセの町を歩く三人。

 その時マイクがイザベラに話題を投げかける。


「そういえば姐さんは移住する気はないのか?」

「移住? ここから?」

「ああ、受け入れてるところがあるんだろボス。あそこは何ていう所だったか」


 クルスはマイクの話に補足をした。


「ノアキスだな。あすこは今復興の為の人手が足りていないからな。移民が来るなら大いに歓迎されるだろうし、それに神教しんきょうの総本山だ。もしかしたら《奇跡》の覚えも早いかもしれない」


 それを聞いたイザベラは真剣な表情になる。


「なら私もすぐそこに移り住んだ方が良いのかしら」


 大真面目に検討し始めるイザベラに対してクルスは慎重に答えた。


「どうでしょうね。少なくともザルカの脅威が去るまでは様子見をした方が賢明でしょう」

「ああ、それもそうね。ところでクルス君、そのザルカに向かうっていう連合軍の話はどうなったの?」

「近いうちに出陣のはずですよ。彼らが吉報を届けてくれるのを待ちましょう」


 今回のザルカ打倒のための進軍に関しては、いつもは悲観論者になることが多いクルスでもかなり楽観視していた。

 彼我の戦力の差は歴然としており、あの戦力差では敗北する方が逆に難しいかもしれない。


 よってクルスは連合軍がザルカを打倒した後でのんびりと『世界の歪み』を正そうと決め込んでいた。


 もしこれが自分の書いた小説だったら、そのような最終局面に似つかわしくない“だらけた”展開は当然ボツにする。

 しかしそれで良いのだ。


 何故ならクルスにとっては今居る空想世界は生きるか死ぬかを賭けた非情な世界であり、そこには主人公補正のようなセーフティネットは存在しない。

 それを身をもって体験しているクルスは徹底した安全策も辞さない覚悟であった。


 もしここで色気を出して“俺が決めてやろう”などとしゃしゃり出た日には、きっと手痛いしっぺ返しが来るのだ。

 そのような予感が彼の胸にはあった。


 クルスは九回裏ツーアウト満塁の場面でも、勝てるのならば四球フォアボール待ちでも良いと思っている人種である。

 必ずしも試合を美しく決める必要は無い。

 劇的なサヨナラヒットなんぞは“持ってる”奴が自己責任でやればいいのだ。



 などとクルスが考えていると今度はイザベラが話題を転換させる。


「そういえばクルス君。ハルちゃんとフユちゃんは?」

「あいつらならテオドールとリリー、それからフォルトナと一緒のはずですよ。テオドール達は今は死ぬほど忙しいでしょうから人手不足解消のためですね」


 大規模な戦闘というものは実際の戦闘場面ではなく事前準備でほぼ勝敗が決まるともいわれる。

 現在はその事前準備でボレアレのドワーフ達が連合軍の勝利の為に必至になって働いている頃だ。


「あら、テオ達のお手伝いだったのね。クルス君、ごめんなさいね。あなたのアンドロイドを雑用に使っちゃって」

「いえいえ、良いんですよ」


 会話をしながら歩いていたクルス達はドゥルセギルド近くを通りかかる。

 ギルド近くには訓練所という施設があるが、そこの人の出入りがいつにも増して激しいような気がした。


 クルスが何気なくそちらの方を見やると、マイクが問いかけてくる。


「なあボス。あの建物は何だ?」

「あれは訓練所だな。ギルドの冒険者が戦闘の訓練や新装備の試運転に使う場所だよ」

「ほう、少し見て行ってもいいか?」

「わかった。少しだけだぞ」


 そう言って三人で訓練所の中に入る。

 普段は新人冒険者しか居ないような場所だが、大規模な行軍を控えている現在では兵士の利用者でごった返している。


 クルス達が訓練の風景を見物していると、見知った人物に声をかけられた。

 オスカーだ。


「ボス!」

「おう、お前も居たのかオスカー」

「ああ、それより見てみろよ、あの二人! すっげえぞ」

「あ? どれどれ」


 オスカーに指差された方向を見ると、何とレジーナとチェルソが剣を交えていた。

 しかも模擬戦用の模造刀ではなく本物を使っている。

 もちろんイザとなれば寸止めをするのだろうが、それでも見ている側からすれば心臓に悪い。


 模擬戦の内容はというと、素早い斬撃によって攻めるチェルソとそれを受け流すレジーナという対比になっている。

 愛用の仕込み杖を用いた居合い術で尋常ではない剣速を誇るチェルソだったが、右手に構えた《マンゴーシュ》でレジーナは器用に受け流している。

 まだ体調が万全でないせいか大型のグレートソード“鉄板”こそ持ってはいないが、それでも剣の腕は全くさび付いてはいなかった。


 二人の行き詰る模擬線を腕を組みながら眺めるクルス。

 クルスの考えた小説ではこの二人は殺しあう仲だったのだが、その二人がこうして模擬線という形で剣を向け合っているのを見ると作者としては感慨深いものがある。


 その時、横から声を掛けられる。

 いつの間にか近寄ってきていたナゼールだ。


「クルスさん、来てたのか」

「よう、ナゼール」

「クルスさんはどっちが勝つと思う?」


 ナゼールの問いに暫し考えるクルス。

 『ナイツオブサイドニア』の作中ではレジーナが勝つ戦いではあるが、その時はチェルソは二人の子供を失って怒りに我を忘れている状態である。

 今の冷静なチェルソなら良い勝負であるようにクルスには思えた。


 考察を終えたクルスはナゼールの問いに答える。


「さぁ? 勝負つかず……かな」

「へえ、二人の実力は拮抗してるってことか?」

「ああ、現に今もお互いに手詰まりっぽいだろ」


 二人の会話中もチェルソの刀とレジーナの剣がぶつかり合うが、結局お互いに決定打はない。

 やがてお手上げといった様子でチェルソが仕込み杖をしまう。


「この辺にしようかレジーナさん。僕はもう疲れちゃったよ」

「ふふ、本当? まぁ今回は引き分けっていうことで」


 先ほどまでの研ぎ澄まされた顔つきから、一瞬で普段の表情に戻る二人。

 クルスは彼女らに歩み寄って声をかける。


「二人とも、良かったよ」


 その言葉にチェルソが答えてくる。


「クルス君も来てたんだ」

「ああ、たまたま通りかかってな」

「僕も剣技には自信があった方なんだけど、上には上がいたね」


 などとチェルソが謙遜するとレジーナが反論する。


「何言ってるのチェルソ。どう見ても互角だったでしょ。ねえクルス?」

「そうだな。それにしても訓練なんかするなんて真面目だな。どうせ連合軍が勝つだろうに」


 クルスが言うとレジーナが“シッ!”と人差し指を口元に当てる。

 そして彼女は大真面目な顔でこう言った。


「クルス、知ってる? そういうの“フラグ”って言うんだよ。だから安易に口走っちゃダメ!」


 自分の考えた登場人物に“フラグ”を指摘されたクルスは苦笑しながら言った。


「ふふ、そうだな。忠告ありがとうレジーナ」





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  1月31日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 1月31日  後書きに次話更新日を追加

※10月 1日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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