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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
309/327

309.白き人



 ハロルドと別れた後、少し離れた海域で彼からの連絡を待つカレンとアルバレス中尉。

 小型クルーザーで待機している二人は緊張を顔に滲ませつつハロルドの無事を祈っていた。


 カレンはクルーザーの甲板で双眼鏡を覗いて前方の海域を監視する。

 一方のアルバレスは緊急時に備えて操舵席に陣取っていた。


 物言わずそれぞれの役目を全うするカレンとアルバレス。


 ハロルドと別れてからからどの程度経っただろうか。

 ある時カレンは海中から巨大な生物が浮上してくるのを双眼鏡で確認した。


 ジュノー社製の高性能な双眼鏡を使っても、巨大生物が豆粒程度にしか見えない程の遠距離だ。

 彼女はアルバレスに声をかける。


「中尉、操舵席から見て三時方向! 『白き鯨』が出た!!」

「了解しました!」


 すぐさまアルバレス中尉は小型クルーザーの向きを『白き鯨』と反対方向に向ける。

 イザという時すぐに逃げられるようにするためだ。

 カレンはクルーザー後部に移動して監視を続行した。


 海上に出現した『白き鯨』は驚くほど静かで、海上の空気を吸ってぷかぷかと浮いている。

 カレンが手に汗握りながら『白き鯨』を監視していると、急に『白き鯨』が勢い良く潮を噴出させた。

 ぶしゅううと大きな飛沫を上げて潮を噴き出す『白き鯨』。


 それを見たアルバレスがカレンの傍に寄ってきた。

 考えてみればルサールカに居た頃は野生生物をこうして観察する機会などなかった。


「何ですか? あれ」

「鯨の潮吹きだね。中尉、知ってた? 鯨の鼻って水面を向いているのよ」

「ほう。ということはあれは鯨の息なのですか?」

「らしいよ。……まぁ全部ネットからの受け売りなんだけどね」


 そう言って肩をすくめるカレン。

 彼女は五番シェルターで暇だった時には、ルサールカでは既に絶滅してしまった生物について調べるのが趣味であった。


 カレンの解説を聞いたアルバレスは、真面目な表情で告げる。


「いえ、情報の出所がどこであれ今は社長の知識になっているのですから、もっと誇っていいと思いますよ」

「そう? ありがとう中尉」


 その時アルバレスが首から提げていた受信機がピーピーとアラーム音を発し始める。

 ハロルドが持っている遭難者捜索用の電波発信機から送られた信号にアルバレスの受信機が反応を示したのだ。


 すぐさまカレンはアルバレスに問いかける。


「中尉! 場所は?」

「『白き鯨』の方向からです」

「ひょっとして、体内から電波が?」


 カレンの問いかけにアルバレスは首を横に振る。


「いえ、それにしては電波強度が高すぎます。ハロルド様は外におられるのではないでしょうか」

「わかった。私が双眼鏡で前方を見張ってるから中尉はゆっくり船を進めてちょうだい。くれぐれも『白き鯨』を刺激しないようにね」

「了解」


 細心の注意を払ってゆっくりと『白き鯨』に近づくクルーザー。

 もしこのクルーザーの近くで奴に暴れられたら、川を流れる葉っぱの舟のようにあっという間に転覆してしまうだろう。


 段々と『白き鯨』との距離を縮めるにつれてカレンの双眼鏡でも、前方の状況が見えるようになってきた。


 『白き鯨』はまるで海上で昼寝でもしているかのように動かない。

 そしてその上でハロルドがこちらに手を振っている。

 また、ただ手を振るだけではなくこちらに手招きしている。


 どうやら現在あの周囲は安全であるようだ。


「中尉、もっと速度を上げていいよ。急いで」

「え? し、しかし大丈夫なんですか?」

「うん、そうみたい。ハロルドがこっちに手を振ってるもの」


 カレンの指示を受けたアルバレスがクルーザーの速度を上げると、段々と目視でもハロルドの様子があかるようになってきた。

 彼は片手を振りながらこちらに大声で呼びかけている。


「おぉーーい! 二人ともー! こっちこっちー!」


 その声を聞いたアルバレスは更に船のスピードを上げて、彼の居るところへと急ぐ。

 そしてお互いの距離が縮まったところでカレンはハロルドに呼びかける。


「ハロルドー! 無事ーー!?」

「ああ!! ちょっと待ってくれ、今そっちに行く!」


 そう言うとハロルドはその場にしゃがみ込み、傍らにある何かに手を伸ばす。

 否、それは“何か”ではなく“誰か”だ。


 まだ何も描かれていないキャンパスのように真っ白い肌をした女性……いや男性だろうか。

 とにかくハロルドはその人物に手を伸ばし、引っ張って立ち上がらせる。


 そして二人で海に飛び込んだ。

 すぐさまカレンは救命用のひも付きの浮き輪を二人目掛けて投げる。


 ハロルドは別の体に乗り移った形跡もなくいつもの彼であったが、一緒にいる白い人物は少しばかり変わった外見をしていた。

 通常の人間のような肌ではなくうっすらとウロコのようなもので覆われている。


 カレンとアルバレスが協力して二人を船に引き上げるとハロルドが礼を述べてきた。


「やあ、ありがとう。カレンにアルバレス中尉。また会えたね」


 それに答えるカレン。


「う、うん。ハロルドが生きてたのは嬉しいんだけど、その人は一体?」

「おっと紹介が遅れた。この人は……」


 その人物を紹介しようとしてハロルドは少し固まり、そして真っ白な肌をした人物に問いかける。


「そういえば蛇さん。君って名前とかあるのかい?」


 ハロルドが尋ねると蛇さんと呼ばれた人物は中性的な声で答える。


「いいや? 強いて言えば『白き鯨レヴィアタン=メルヴィレイ』というのが一応の名称かな」

「長いなぁ……」

「何か適当に人間らしい愛称を考えてくれていいよ」

「適当でいいのかい? じゃあ、ヴィヴィアン」


 本当に適当に考えたらしく、蛇の提案に即答するハロルド。

 すると蛇は微笑を浮かべて頷く。


「ヴィヴィアンね。いいよ、決定」


 そして“蛇さん”改めヴィヴィアンがカレンとアルバレスに挨拶してくる。


「という事で私の名前はヴィヴィアンです。よろしくね、二人とも」

「は、はぁ……」


 曖昧な返事を返すのがやっとのカレン。

 対してアルバレスはハロルドに問いかける。


「ハロルド様、この方は『白き鯨』とどういう関係なのですか?」

「どういう関係もなにも、ご本人らしいよ。ね、ヴィヴィアン?」


 ハロルドに同意を求められたヴィヴィアンが、はっきりと首を縦に振った。


「うん、そうだよ。私はあの白鯨そのものだ。それを見せてあげよう」


 そう言ってヴィヴィアンは片手を上げる。

 そして上げた手を下に下ろしたと同時に『白き鯨』本体が潜行を始めた。


 それを見ていたカレンとアルバレスは口をあんぐりと開けて驚く。


「う、嘘でしょ……。ハロルド、あんた『白き鯨』を手懐けちゃったの?」

「手懐けた、とはちょっと違うな。認めてもらったんだよ」

「そうなの? ごめん。よくわかんない」

「よしわかった。ザルカ領に戻る間に何が起きたのか説明するよ。アルバレス中尉、船を出してくれ」


 ハロルドからの指示にすぐさま反応するアルバレス。

 軍人である彼は、理解不能な状況にあっても、上官からの指示にはすぐ反応できるように教育されていた。


 アルバレスが船を操舵する中、カレンはハロルドから『白き鯨』の体内で何があったかを知らされる。

 曰く、このヴィヴィアンとかいう人物はこの世界の主であるクルスの抱える“恐怖の象徴”であるそうで、ハロルドはそれに認められたようだ。


 全てを聞き終えたカレンは、ヴィヴィアンをじっくりと観察する。

 ヴィヴィアンは透き通るような真っ白い肌をしているが、着ている衣服はところどころ赤い血のついたボロ着である。


 カレンの視線に気付いたヴィヴィアンが話しかけてきた。


「この服はね、鯨の体内に飲み込まれた死体から拝借したものだ。これでもとびきり綺麗なやつを選んだんだよ」

「へ、へえ。そうなの……」


 ぎこちなくカレンが相槌を打つとヴィヴィアンは優しく笑いかけてくる。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。私はこの体の持ち主にとっての恐怖の象徴であって、その被造物である君達には特に興味もないよ」

「そう、なら良かった。じゃあヴィヴィアン。一つ聞いていい?」

「いいよ」

「何でハロルドに協力するの?」

「うーん……別にこの寄生虫くんに協力するって意識はそんなに無いんだ。私の目的はこの体の主を試すためだから」

「試す?」

「うん。彼が寄生虫くんにも、そして恐怖の象徴たる私にも遅れをとるようなら、現実に戻ってもどうせ上手くいかないだろうしね。もしそうだったら永遠に眠らせてやるのが本人の為さ」


 そう言うとクルスの心が生み出した“恐怖の象徴”ヴィヴィアンは、にっこりと微笑んだ。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  1月29日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 1月29日  後書きに次話更新日を追加

※ 9月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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