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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
最終章 You Can Revolt
308/327

308.白き蛇



「やぁ、よく来たね。私と“よく似た者”よ」


 暗闇の中でハロルドに語りかけてくる白い蛇。

 少年のようなあどけなさと、成人女性のような落ち着きが混在しているような中性的な声だ。


 蛇の言葉を聞いてハロルドは不審に思った。

 『バルトロメウス線虫』のハロルド、そして『トキソプラズマ』のミントの他に来栖の体内には寄生虫がいるのだろうか。


 いや、それは考えづらい。

 もしいるのならとっくのとうにハロルドはその存在を感じ取っているはずだ。

 そう考えたハロルドは白い蛇に問いかける。


「“よく似た者”だって? どういう意味だい?」


 すると白い蛇はクスクスと笑いながらそれに答える。


「ふふっ、言葉通りの意味だよ。君と私はよーく似ている」

「悪いが君が何を言っているかよくわからないよ。君も寄生虫なのか?」

「いいや。私はもっと抽象的な存在さ」

「抽象的?」

「ああ。私はこの体の持ち主が抱える潜在的な恐怖心、それがこの空想世界に具現化した存在さ。どうだ、君とそっくりだろう?」


 そう言って白い体をくねくねとさせる白い蛇。

 だがハロルドは蛇の言葉に否定的に答えた。


「恐怖心が具現化した存在だって? ますますどこが似ているかわからないよ」


 その言葉を聞いて白い蛇は大げさにため息をついて呆れて言った。


「おいおい……まさか身も心も人間になったつもりじゃないだろうね、寄生虫くん。この白くて細長い体は君達の本来の姿とそっくりだと思っていたんだが……」


 それを聞いてハロルドは自分の心境の変化に驚いていた。

 今まではずっとニンゲンなんぞただの“快適な住処”程度にしか思っていなかったが、いつの間にやら今の自分の身体が本来の自分の姿だと錯覚していた。


 たしかにこの白い蛇は、ハロルドの本来の姿である白くて細長い『バルトロメウス線虫』に似ているといえなくもない。

 ハロルドは苦笑しながら蛇に話す。


「いやはや、自分でもうっかりしていたよ。君の言う通りだ。僕は今の姿に……手足のあるニンゲンの姿に慣れてしまっていたようだ」

「ははは、私の意図が伝わってくれて嬉しいよ。ところで聞きたいんだけど」

「何だい?」


 ハロルドが問いかけると白い蛇は赤い目を光らせながら答えてきた。


「何で私に会いに来たんだい?」


 核心に迫る質問をしてきた白い蛇。

 ハロルドは満を持して蛇に来訪意図を伝えた。


「僕にはどうしても乗り越えなければならない存在がいる。そいつに勝つ為には“恐怖を乗り越える”必要があったんだ」

「ふうん、なるほど。だから恐怖を克服するためにわざわざ飲み込まれたのか」

「ああ。これで僕はあいつと対等になったはずだ」


 拳をぎゅっと握り締めて告げるハロルド。

 だが蛇は暢気な調子でハロルドに聞いてきた。


「ちなみに聞くけど、あいつって誰?」

「誰って、君もさっき言ってたこの体の持ち主だよ。君も会ったんだろう?」

「いいや? 会ってないよ」


 予想外の返答にハロルドは飛び上がる。


「え、会ってないのかい?」

「うん。だって生きた状態でここまで来たのは君が始めてだもの」

「何だって?」


 蛇の言葉にハロルドは驚き、そして思考した。

 二年前に白き鯨に飲み込まれたクルスだったが、ここまではたどり着いていないらしい。


 その時白い蛇が何かを思い出す。


「あぁ! 思い出した! そういえばここまでは来なかったけど、鯨の口の辺りまでなら来た人ならいたよ」

「っていうことは……そいつは飲み込まれはしたけど、ここには来なかった?」

「うん。食道の前辺りで上手く脱出したんだよね。なるほどねぇ、あれがこの体の持ち主だったんだねぇ」


 蛇から得た情報を元にハロルドの頭はフル回転を始める。

 この蛇の言を信用するならばクルスは“鯨に飲み込まれはしたが、体内深くには来ずすぐに脱出した”という事になるだろう。

 であるならば奴は恐怖を“完全には”乗り越えてはいない。


 自然と顔が綻ぶハロルド。

 その表情を見た蛇が楽しそうに語りかけてくる。


「おっ、嬉しそうだね。どうしたの? 何か良い事でもあったのかい?」

「ああ、蛇さん。一つ確認しておきたいんだが」

「うん?」

「クルスは……この体の持ち主は完全に恐怖を克服したわけじゃないんだろう?」

「完全に克服してるんなら、そもそも私はこの世界に存在していないさ」

「なるほど、それもそうか」


 感心するハロルド。

 彼は蛇に尋ねた。


「ちなみにだけど蛇さん、この体の持ち主はどんな恐怖を感じていると思う?」

「うーん、そうだね……。大きく分けて二つあるよ」

「二つもあるのか。どんな恐怖だい?」

「一つは“このまま自分が昏睡から目が覚めなかったらどうしよう”っていう恐怖」


 これはハロルドにも予測できていた。

 今までクルスがとっていた行動のほとんどは脳内の空想世界から脱出する為の行動である。

 そんな彼が抱く恐怖としては自然な感情であろう。


 だがもう一つの方がハロルドにはわからない。

 少しばかり考えたところで彼は蛇に問いかける。


「もう一つの方は? どんな恐怖なんだい?」

「それはね、“昏睡から目が覚めたらどうしよう”っていう恐怖」

「は? 何それ? さっきと真逆じゃないか」

「うん。これが人間の面白いところだよねえ。“早くこの世界から出たい”と思う一方で“出た後果たして自分は外の世界で上手くやっていけるのだろうか”っていう矛盾した悩みを抱えてるんだから」


 白い蛇の口から語られたクルスの抱える自己矛盾を聞いてハロルドは唸る。

 確かにそれもまたクルスの持つ感情としては自然な形なのかもしれない。


 クルスはあまり現実世界では良い思いをしてこなかった。

 そんな彼が空想の外に出たところで、前と同じ……いやもっと酷い扱いを社会から受けるかもしれない。


 それならばこの空想世界で“創造主”として崇められたいと思うのも無理はない。

 彼もしっかりとした芯が通っているように見えて、実際のところは迷っているのだ。


 そしてその迷いこそハロルドがクルスに付け入る隙に思えた。

 白い蛇と話す事で先の展望が見えてきたハロルドは表情を明るくしながら礼を言った。


「蛇さん、ありがとう。おかげで僕も希望が持てたよ」

「それは良かった。戻るのかい?」

「ああ、そうしたい」

「よしわかった。ちょっと待ってて」


 蛇は白い体を鯨の体内に潜り込ませるて姿を消す。

 うっすらと光を放っていた蛇が消えてハロルドの周りが再び漆黒に包まれる。


 闇の中でハロルドがじっとしていると、不意に足元が大きく振動した。

 地震のような大きな揺れにハロルドがバランスを崩して倒れた瞬間、彼はからだがふわっと宙に持ち上げられる感覚を覚える。


 そして次の瞬間には彼の体は白き鯨の噴き上げた潮とともに体内に排出されていた。

 強烈な急加速のGを全身に感じながらもハロルドは何とか気を失わずに済んだ。


 宙高く舞い上げられた彼はそのまま海中に落とされる。

 真っ暗な闇の世界から日の当たる海洋へと生還を果たした彼は水面へと顔をだして息継ぎをした。


 ぶはあと息を吐き出しながら周りを見るが、その場に静止している白き鯨の巨体があるばかりでハロルドの乗っていた小型ボートがない。

 おそらくどこかに流れていってしまったのだろう。

 海面に浮かびながらハロルドが途方に暮れていると、先ほどの蛇の声が聞こえてきた。


「おぉーい!!」


 声に釣られてハロルドがそちらを見やると、白き鯨の体の上に人影が見える。

 その人物は真っ白なツルツルとした肌にをしていて、頭髪は雪のように真っ白だ。

 そしてそんな純白の美しい外見とは裏腹に、ところどころ血で汚れたボロ着を着ていた。


 呼ばれたハロルドはその人物に近づくが、近づいてもその人物が男性か女性か判別できない。

 美しい顔立ちは女性のようにも見えたし、だが角度を変えると男性にも見える。


 ハロルドは困りながらもその人物に声をかけた。


「君は? 誰だ?」

「おいおい、私だよ私! さっき会っただろ!?」


 ハロルドの問いに答えたその人物は白き鯨の背中から飛び降りて泳いで近寄ってくる。

 そうして近づくにつれてその人物の肌が真っ白いだけではなく、爬虫類めいたウロコになっていることに気付いた。


 ハロルドは恐る恐る問いかける。


「ちょっとして、さっきの白い蛇さんかい?」

「ああ、私も君についていくよ。面白そうだし。いいだろ?」


 そういうと白蛇は静かな笑みを浮かべた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は  1月28日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 1月28日  後書きに次話更新日を追加

※ 9月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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