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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第十四章 Invisible
304/327

304.生きる意味



 帝都ザルカにて。

 不機嫌な心境を隠そうともせずに黒髪の青年が荒々しく自室の扉を開ける。


「…………」


 王都サイドニアから命からがら生還したハロルド・ダーガーだ。

 彼の胸中には烈火の如き怒りが渦巻いていた。


 自分の目の前で二度も同胞を殺されてしまったのだ。

 その時の事を思い出すたびにハロルドの胸が激しく痛む。


 クルスの持つ散弾銃ショットガンの焼夷弾で惨たらしく焼かれた同胞達の無念を思うと、ハロルドは憤りで我を忘れそうになる。

 すぐにでも復讐に行ってやりたくなったが、しかし今は我慢の時だ。

 彼我の戦力差は歴然であり、無策で仕掛けたところで返り討ちに遭うのは目に見えている。


 考えるのだ。

 この閉塞した状況をひっくり返す策を。


 しかしそんなアイディアがすぐに出てくれば苦労は無い。

 いくら考えても打開策が見えないハロルドは自室の中を落ち着き無く歩き回りながら思案に暮れたが、何一つ良い考えは浮かばなかった。


 その時、部屋の扉がノックされる。

 コンコンというノックの音に思考を中断されたハロルドはイラつきながら返事をした。


「何だ!! うるさいなぁ!!」


 ノックの主に怒声を浴びせると乱暴に扉を開ける。

 そこにはザルカ宮殿に仕えるハロルドの従者であった。


 彼は激昂するハロルドに怯えながらもジュノー社製の携帯端末をハロルドに渡してくる。

 それを見たハロルドは従者に問いかけた。


「電話? どこのどいつから?」

「“ハロルド様のご友人”と名乗っておられました」

「はぁ? 友人? そんな奴いないぞ。何て名乗ってた?」

「ジョン・ドゥと」


 ハロルドにはそんな名前の知り合いなどもちろん居ない。

 首筋に冷たい悪寒を感じつつハロルドは電話を従者から受け取る。


「……もしもし?」

「よう、ハロルド。俺が誰だかわかってるか?」


 その声は憎き仇敵のクルスのものだった。


「てめえ、クルス・ダラハイド!」

「おや、おかしいな。ジョン・ドゥと名乗ったはずだが」

「うるせえよ。身元不明遺体ジョンドゥが人に向けて自己紹介してんじゃねえ!」

「ははは、鋭い突っ込みだな。だが俺はクルス・ダラハイドではないぞ。来栖ではあるが」


 電話の男の言葉にハロルドは眉間に皺を寄せる。


「あ? どういうことだ?」

「お前が寄生してる宿主の“自意識の欠片”がクルス・ダラハイドだ。俺は来栖本体の無意識だ」

「無意識……そうか。クルスの野郎に度々情報提供していた奴だな」

「ご名答。あの時はお前の逆探知を恐れてコソコソしていたが、もうその必要も無さそうだからな。こうして電話してみた」

「そりゃどうも。で、用件はそれだけか? なら切るぞ」


 不機嫌に会話を終わらせようとしたハロルドの言葉を聞いて、ジョン・ドゥは鼻で笑う。


「ふっ」

「おい! 何がおかしい!」

「おかしいさ。お前の虚勢を張ってる態度は本当に滑稽だよ。哀れだと言ってもいい」

「せいぜい今のうちに嗤ってろ。だが最後に笑うのは僕たち『バルトロメウス線虫』だ」


 そう告げるハロルドだったが、ジョン・ドゥは今度は真面目な口調でそれを否定する。


「いいや、それは無理だと思うぞ」

「やってみなきゃわからないだろ」

「わかるさ。ハロルド、お前は現実世界の医師が何もせずにただボーッと突っ立ってただけかと思ったか? 彼らはお前や『ミントプラズマ』の事をよく研究しているよ。もしクルス・ダラハイドがここから大逆転負けをしたとしても、現実の医者達が救い出すだろう」


 ジョン・ドゥの出した聞き覚えの無い単語をハロルドは聞き返す。


「な、何だって? ミントプラズマ?」

「ああ、そうだ。現実世界のねこの『みんと』の腸内に居た『トキソプラズマ』が突然変異を起こした個体の事を仮にそう呼んでいるらしい。今は医者達がそれを培養して研究しているところだが、ひょっとすると『バルトロメウス症候群』に対する特効薬になる可能性を秘めているそうだぞ」


 それを聞いてハロルドは頭を殴られたかのようなショックを受けた。

 奴の言った事が真実であるならば、ハロルドがこれまでしてきたことは全て無駄だったではないか。

 衝撃のあまり言葉が出てこないハロルドに、ジョン・ドゥは冷徹に告げてきた。


「『バルトロメウス線虫』が人間に取り付く事は遠からず不可能になるだろう。ハロルド、お前はもう詰んでいる。残念だったな」


 そして言いたい事を言うだけ言うとジョン・ドゥは一方的に電話を切った。

 絶望をはっきりとした形で突きつけられたハロルドは、彼に一切反論できなかった。


 通話切れを示すツーツーという音が携帯端末から発せられる中、ハロルドはそれを従者に返した。

 そして従者に“しばらく一人にしてくれ”と言い残すと自室の隅っこにうずくまって膝を抱える。


 彼はもう何も考える気力もなかった。

 これ以上自分がどんな策を弄したところできっとクルスはそれを上回ってくるだろうし、よしんば彼に勝てたとしても今度は現実世界の医者・研究者が敵に回る。


 もう、やめよう。

 ハロルドは無気力にそう思った。


 潔く白旗でも揚げればクルス達は許してくれるだろうか。

 否、絶対にそれはないだろう。


 “誰々の恨み”とか何とか言って、それを晴らそうと酷い殺し方でハロルド達を八つ裂きにするのだ。

 きっとそうだ。


 生ける屍のようにハロルドがじっとしていると、不意に声をかけられる。


「何してんの?」


 言われてハロルドが顔を上げると、いつの間にか部屋に入って来ていたカレンが目の前に居た。

 彼女は膝を抱えて座り込むハロルドを見下ろしている。


 ハロルドは気だるい表情で彼女に話しかける。


「カレンか。僕はもう悪あがきはやめた。勝てっこないんだ。どう頑張ったって」

「何よ? それ。私の復讐はどうなるの?」

「復讐は何も生まないよカレン。空しい事はやめなよ」


 とても悪の親玉の吐きそうに無い台詞をのたまうハロルド。

 それを聞いてカレンは叫ぶ。


「ここまで私を焚き付けて置いて何よその言い草!!」

「しょうがないだろ。僕の力じゃあいつらは倒せないんだ。僕が間違ってた。人間の体に寄生しても結局はこうやって淘汰されるんだ。おとなしく土の中に帰った方が良かったよ」


 諦観を露わにしてハロルドが言うと、カレンが彼の両肩をがっしりと掴んで揺すってくる。


「ちょっと待ってよ。敵も味方も皆あんたに付き合って死んでいったんだよ? なのにあんたが真っ先に諦めてどうすんの」

「死んだっつっても物語上の登場人物か、その場で適当に考えられたモブだろ?」

「だとしても!! だとしてもよ、その死にはきっと意味があるの。意味が……」

「意味……」

「そうよ、意味よ! ハロルド、あんたの生きた意味って何?」

「そんなの……わからないよ」


 ハロルドは困り顔で返答する。

 そのような哲学には微塵も興味は無かったのだ。


 しかしカレンはそうではないらしく、自身の持論をハロルドに語って聞かせてくる。


「わからないっていうことはねハロルド。あんたが本気で生きてないからよ。そもそも何で人間の体内に入り込んだの?」

「それは……」

「わからないなら私が教えてあげる。“逃げ”よ。単に辛い環境から逃げただけ。そんなのは本気で生きたって言わない」

「じゃあ、どうすれば本気で生きたって言えるのさ?」


 ハロルドが質問するとカレンは少し考えて、そして答えた。


「うーん……恐怖に打ち勝つ……かな?」

「何それ? 恐怖に勝つ?」

「うん。上手く言えないけど、恐怖心とかそういうものを乗り越えることで人は“成長”できるって私は思うんだよね」

「成長……」


 その時ハロルドの思考に閃光が走る。


 そもそもハロルドの元々の目的は“進化”だ。

 自分を成長、そして進化させることで人間だろうが何だろうが操れるようになって、種の繁栄に貢献するのだ。

 ところが今までの自分は全くリスクを冒さずただただ漠然と状況を動かしていたに過ぎない。

 そんな体たらくでは成長、ましてや進化なぞ夢物語だ。


 そしてその進化の為には必要なステップがあるのだ。

 恐怖を乗り越えるというステップが。


 目指すものが明確になったハロルドの目に光が灯る。

 それを見たカレンが話しかけてくる。


「何か思いついた?」

「ああ、ありがとうカレン。君のおかげで目指すポイントが見えたよ」

「それは良かった。で、どこに行って何をするの?」


 その問いにハロルドは大きく息を吸って答えた。


「『危難の海』だ。そこに“恐怖の象徴”が居る」





お読み頂きありがとうございます。


今回で第十四章は終了です。

遂に追い詰められたハロルド。

しかしカレンの励ましにより彼は生きる意志を取り戻しました。

クルスとハロルド、生きる意志がより強いの果たしてはどちらなのか。

それを決める戦いが始まります。

次章、最終章です。





次話更新は  1月24日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 1月24日  後書きに次話更新日を追加

※ 9月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。


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