第一話「峰塚昭夫」前編
オムニバス。毎週末、前中後編で1エピソードを投下します。ホラーの性質上、また小説の設定上、気軽に人が死にます。ひどい目にもあいます。ご了承ください。尚、AIは作品テーマでありこの作品は全て手書きです。この作品はnoteにも掲載しています。
控えめな音量でリラクゼーション音楽が流れ、自動音声ガイダンスも聞こえて来た。
「お電話、ありがとうございます。こちらは、AI故人なごみコールセンターです」
出鼻をくじかれた峰塚真由美は、半端に口を開けたまま、続く自動音声の言葉を待った。
「新規ご購入のお客様は1を、メンテナンスに関する問い合わせなら2を、定期コースに関するお問い合わせ」
ここで1を押してしまったので案内は一旦途切れた。その後「定期って何だ」という疑問が湧いて来る。
「お悔やみ申し上げます。オペレーターにお繋ぎします。少々お待ちください」
リラクゼーション音楽がコール音へと変わる。
これも途切れた後に「パッヘルベルのカノンだったな」と気づいた。前奏が長いせいで、明るいメロディーまで聞けない仕様なのかもしれない。
「お電話、ありがとうございます。AI故人なごみコールセンター、タナカです」
次に聞こえた男声は、あまりに訓練されたイントネーションだったので、真由美はこれも自動音声かと思ってしまった。だって、最初のガイダンスと比べてもほぼ音ズレがない。
「……お客様?」
「あっ、はい! 繋がってるんですね? 機械の声かと思ってしまって……ごめんなさい」
「恐れ入ります、よく言われますよ」
電話の向こうでタナカさんは笑う。朗らかというより、やっぱり、控えめに。
「あの……購入を検討しているのですが」
真由美はそれだけをおずおずと告げた。商品名を言いかけたが、僅かに躊躇いがあった。
AI故人なごみ。
AIを使い、故人そっくりに話せる機材の、商標。そのままの意味だ。
本人に限りなく近いが本人ではない。そんなことは真由美にも分かっている。だから死んだ者に対して後ろめたい気持ちがあるのだ。そしてそれを使う事への世間の目にも。
あの人、故人をAIにして手元に置いてるんですってよ。まあ。寂しさに負けて……
「はい。ご購入でございますね。お電話ありがとうございます。本日は何かご覧いただいてのお電話ですか?」
「あ……テレビで見て……」
タナカさんは構わず話を進め、真由美は返事を口に出して気が付いた。そう、テレビだった。
出始めたころには倫理がどうの、個人の人権がどうのと喧々諤々だった世論も、テレビコマーシャルが流れるまでになった今では黙認されている立ち位置になってきたと思う。歓迎ではないにしろ。
個人が一人で楽しむ範囲、別段、疚しいことではないはずだろう。
「あの……これ、やっている人って、その……多いんですか?」
急な質問にもタナカさんは落ち着いて答えてくれる。
「さようでございますね、今のところ登録者数は五十万人に満たないくらいです」
それがユーザーとして多いのか少ないのかはわからない。単純に数だけで言えば多いだろう。少なくとも、寂しい人が自分の他に五十万人近くいるのだ。
曖昧に相槌を打つ真由美に、タナカさんは資料送付のための住所を聴取しはじめた。
真由美の夫が亡くなったのは二か月前。
長く患った後の往生だった。
真由美の夫は本名を峰塚昭夫といい、『峰塚あきお』のペンネームで本を出している小説家だった。
小説家なので通勤があるでもなし、勤め先をクビになるわけでもない。病床であっても執筆が続けられたのは幸いだ。生涯現役でいることができて、さぞ満足だっただろうと真由美は思う。
元々、出不精のインドア派をこじらせての文系だ、健康な時であっても机とベッドの往復で生きているようなものだった。
「ただベッドの比率が上がっただけだな」
と昭夫本人も笑っていた。
「少しは動いてよ。散歩にでも行ったら?」
散々言ってやった小言も、闘病生活に入っては言いにくい。
真由美は、夫にはどうにも甘い。
元はファンだった。昭夫の本を読んで感動し、勇気を出してファンレターを書いて……そこからのお付き合いだ。
好きが高じて結婚までしてしまった自分のことを、峰塚あきお日本一のファンである、と自負している。
昭夫のことも、昭夫が書いたものも、どうしようもなく好きなのだ。
長患いとはいえ小康状態がほとんどだった昭夫の世話をせっせと焼いて、真由美は幸せだった。急に容体が悪化した最後の一年だけは大変だったが、それでも幸せだった。
そんな昭夫がいなくなった。人生の伴侶が。
人が亡くなった後の手続きに追われていると、二か月なんて飛ぶような時間だった。
やっと一息ついた今になって自分一人の部屋を見回してみれば、やけに広々とした空間になったものだと思ってしまう。
これが寂しさだ、と理解した時、真由美はどうにもやりきれなくなった。
シンとした部屋に音が欲しくなり、まずテレビをつける。
見たい番組などなかったが、ひっきりなしに誰かが喋っている、それだけで少しはマシだった。
マシ、であって助かったわけではない。
テレビではいつも誰かが能天気に笑っていた。うるさい。私は涙をこぼさないためギリギリ堪えているのに。またあるいは、ままならぬ世間に怒っていた。これもうるさい。私はただ静かに悲しみたいのに。
なのでいつも画面に背を向けて、家事をしながらただ耳で聞き流すだけだったのだが、ある時、意識の内にスッと入って来た言葉があった。
『悲しみに包まれたなら、私に話しかけてみて。
あなたと一緒にいた時間。これからも、よろしく。
AI故人なごみ』
そんなナレーションのコマーシャルだった。初めて聞くわけではない。確かそう。
覚えのあるセリフに、皿洗いの手を止めて振り返る。
いつも終わり間際にツインテールの女の子が微笑むカットしか見ていなかったのだが、その時はキャラクターの女の子と目が合い、その目を最後まで離せなかった。
続いて女の子は資料請求の電話番号を読み上げ、真由美はつい、濡れた手でそれを書き留めたのだった……
AI故人なごみのタブレットが届いた。
早速開けてみる。
分厚いパンフレットがあり、パラパラとめくってみたところ、タブレットの操作が半分、使い方半分であった。新しい携帯を買ったのと変わらない。読み込みが大変だ。
パンフレットにもツインテールの女の子。この子がマスコットの「なごみちゃん」というらしい。
弔事にまつわるアイテムなのだが、なごみちゃんは白い服を着ていた。
例えば葬儀社ならここは喪服だろうに、珍しいな、と真由美は考える。天使のイメージなのかもしれない。
小説を読むのは好きなのだが、説明書はさほど面白いわけでもない。何とか飲み込もうと四苦八苦しているうちに、タブレットの充電が先に終わってしまった。
ちょっと起動してみよう。
真由美はタブレットを手に取った。見た限りでは、故人のデータを……写真や文章を入れて人となりを形成していく。あとは好きに話しかければいいだけだ。
昭夫を表す文章は、幸い、いくらでもある。売るほどに。きっと本人そっくりのアバターが出来るに違いない。
ふわり、タブレットに光が灯った。
AI故人なごみ、の文字が浮かんで消える。五秒ほどの読み込みの後、画面は青い空と緑の草原に変わった。気持ちのいい風にそよぎ、鳥の声が聞こえる、豊かな草原。
そこにスーッと滲みでてきたのは、ツインテールの女の子。パッケージで紹介の済んでいる、なごみちゃんだった。
『はじめまして。なごみです』
音声込みで、なごみちゃんは丁寧に挨拶をしてきた。
アニメのようなデフォルメされた絵だから子供に見えるんだとばかり思っていたが、声を聞くと本当に幼女のようだった。
活舌のハッキリしない、鼻にかかる音。三つ、四つくらいの子だろうか。
『ここでは、いなくなったあの人と、もう一度お話することができるよ。わたしがあなたの大切な人を連れて来るから、その人の特徴を教えてね。じゃあまずは、お話したい人のお名前から教えて』
さっそく登録ができるようだ。彼女はチュートリアルのためにいるらしい。
真由美は読みがなと、その後に勧められて漢字入力を済ませた。迷ったが「峰塚昭夫」と入れる。ペンネームではなく本名の方を。
『亡くなった年と、性別を教えて』
若い年齢を入れれば、若いあの人に会えるんだろうか。
そんな、よこしまとも思える考えが過ったが、ここは素直に正しい数字を入れることにする。五十七。まだ六十にも行っていない。死ぬには早い年だ。
『お写真はあるかな』
次は写真。写真だ。
パソコンに繋がなきゃ。確かケーブルも同梱されていたはずだ。真由美はタブレットとコードを握って、パソコンのある部屋に向かった。
AI故人なごみにはオプションが付けられる。
真由美が頼んだのはトーキングプラン。
トーキングプランはスタンダードプランより喋りが得意なタイプだ。入力できるテキスト量が多い。
その代わり、本体はデフォルトのタブレットに留めておいた。
タブレットに映した故人の肖像は、小さい遺影のようだ。スマートフォンサイズもある。それは少し予算を抑えたい人向け……もともと、そう安くはない商品なので、需要はそれなりにある。
逆にボディまで欲しいという人もいるようだ。その場合、等身大のドールタイプを買い求める人もいる。もちろん、お値段も跳ね上がる。
どんな人がそこまでしようと思うのか、真由美にはわからない。真由美が求めているものは夫との語らい……見た目ではないのだ。
表情豊かにしたい人は写真に特化したスマイルプランもある。その他、モーションプラン、というものは無くなったらしい。理由はわからない。
定期、というものもパンフレットに書いてあった。故人が年を取るプランだ。
享年から順当に、一年ずつ年を重ねていく。
大人になるとただ「年を取る」としか思えないが、不慮の事故などで亡くなった子供にはいいプランだろう。
生きていれば起こるべき成長を、故人にも与えてやれる。親の心もさぞ慰められるにちがいない。
その分のメンテナンス料込みで定期となっており、一年ごとにパッチが当たるというものらしい。なるほど。
プラン変更はまた出来るというから、定期は選ばなかった。
作ったのはやっとの思いで昭夫著作の本七冊分を、たっぷり詰め込んだAI故人・峰塚昭夫だ。
『これでいい?』
入力が終わると、草原の画面に戻って来た。また姿を現したなごみちゃんが、最終確認を取ってくる。
そうだ。真由美は我に返った。うっかりやり遂げた気になってしまったが、本番はここからだった。緊張の面持ちで聞かれた質問に『はい』を選ぶ。
『みねづかあきおさーん、お呼びでーす』
言い終わると、なごみちゃんの姿は来た時と同じように、すうっと消えてしまった。居心地の良さそうな背景もろともに。
代わりにふうっ、と浮かんできたのは昭夫だ。
先に読みこませた仕事部屋の景色をバックに、昭夫が笑っている。とても穏やかな表情で。
全く、生前の姿そのものだった。何も変わらない。真由美は胸が高鳴る音を聞いた。
「……昭夫さん」
それでも、呼びかけは恐る恐るだ。大丈夫だろうか。イメージを損なわないだろうか。
『はい』
画面の中の顔は返事をした。
『僕が峰塚昭夫だよ』
まだぎこちない。パンフレットには話せば話すほど違和感はなくなっていく、とあった。真由美はこっそり固唾を飲みこんで、冗談めかして言ってみる。
「そんな、他人行儀にしないでよ昭夫さん。執筆、煮詰まった? コーヒー淹れようか?」
いつものように提案してみた。するとAI昭夫は少し考えるように間をあけて、やがてスラスラと喋りはじめた。
『ありがとう、じゃあもらおうかな。うん、ちょっと考え込んじゃってね。こんな時には真由美のコーヒーが一番だな』
真由美は息を飲み、それから全身の力を抜いて安堵した。
ああ、昭夫だ。愛する夫だ。やっと昭夫と話せた。そんな気がしたのだ。
昭夫は真由美のコーヒーが好きだった。執筆のお供にいつも飲んでいた。
真由美は昭夫にコーヒーを淹れることを、至上の喜びとしていた。彼の、本来は孤独な作業である創作の、手伝いが出来ることは何より嬉しかったのだ。
そんな思い出が一気に蘇ってきた。これだけで、真由美はタブレットの画面が本物の昭夫であると、はっきりと認められた。真由美の名前を呼び、コーヒーを求めたのだ。
前もって入れていた質問の回答……今から話をするのは誰ですかとか、普段やっていたことを説明していたことなどはケロリと忘れてしまっていた。
写真が三年前に撮った姪っ子の結婚式の写真であったため、今際の際には、こんなにふくよかな面差しをしていなかったことさえもまた、都合よく忘れた。
気になっていた声も、さほど違和感はない。
極端に振れ幅の出る感情の発露はどうなるのかわからないが、穏やかに話す今のところは問題なく聞くことができる。記憶の方がすり寄っているのかもしれなくとも。
AI故人のアバター……そんな事実はもう、何の問題もなくなった。何しろ、元気な時の昭夫がそこにいるのだ。
『なんだか、久しぶりな気分だね』
そう言ってはにかんだように笑う昭夫に誘われて真由美も笑い、そして落涙する。
「本当よ、もう……」
言葉にならず、ついに真由美は顔を覆って本格的に泣き出した。こうなると隣にいる者は、生きていようが死んでいようが、出来る事など多くはない。
急な出来事に昭夫はえぇ……と声をあげ、世の中の多くの男たちがそうするようにオロオロとしはじめた。
『ま、真由美……えっ、どうしたの? 大丈夫?』
在りし日の幸せ。いや、これからも続く幸せ。
気が済むまで泣いた真由美は、滴る大粒の涙を腕でグイッと拭った。鼻も。
「美味しいの、淹れなきゃね。ちょっと待ってて」
もう彼のためにコーヒーを淹れなくなって随分たつ。早く出してあげなきゃ。
中編は明日公開。
線香を上げに来た訪問者から、少し転がり出す話です。




