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四章 不思議な少女 (14) 『鳥の渡り』の術とモールクの提案

「フェーテス殿。あなたに用がありましてね。……よもやファーシャ様もおられるとは思いませんでしたが――」

 穏やかな声音とは裏腹にこちらを一瞥する切れ長の目は鋭く、視線に射られた瞬間、フィーネは彼が偶然ここを訪れたのではないと悟った。

「――なにやら調べ物でしょうか。……古い日記と事件記録と……ああ、そういうことですか」

「そういう、というのはどういうことですか」

 思いがけず固い声音になってしまったと後悔するも遅い。けれどもフィーネには、感情が全く読めない目の前のモールク相手に、どのように振る舞えば良いのかわからなかった。


「ファーシャ様は陛下やその周辺の者達の過去をお知りになりたいのですね」

「……はい。王宮じゅうを聞き込みして、その過程から私はサクィーエという人物について知りたいと思ったのです。サクィーエ・アルファスはメルグリト家に脅されて幼少の頃の陛下を暗殺しようとした。そのように記録されておりますが、私はどうも腑に落ちないと思っているのです」

「どういうことです?」

 字面こそ疑問形を成しているが、声には抑揚がなく、これで良いのか不安を煽られるような心地がする。フィーネは拳に力を込め、モールクの目を見て続けた。

「彼女は元々巫女として神殿にお仕えしていて、しかも、陛下の『籠守』だったと伺いました。私は彼女の人となりは存じ上げませんが、そのような覚悟が必要な立場にあった御方が、たかだか一貴族の脅しに屈するとは思えないのです」

 レリファ=シシカは無言でこちらを見つめた。元々彼は感情を露わにしない上に、あまりに真っ直ぐかつじっと見つめてくるものだからフィーネはどうしたらよいかわからず物怖じしそうになった。

 あの午睡の時の夢が現実のものであるのならば、彼を信用してはならない。

 あの時フィーネは実際にその場にいたわけではないが、もしかすると彼はあの場にいた鳥の正体がフィーネであると気づいているのではないだろうか。なんとなくではあるがそういう気がするのだ。フィーネが急にサクィーエについて調べたいと思った理由が、その時の光景を見ていたからだと彼に気づかれているとしたら、少々厄介だ。彼はアウィルドを弓矢で襲った。事情があるにしても、人に武器を向けるような相手を信用することはできない。

 もし、今、モールクからサクィーエの名をどこで知ったか問われたらどう答えたらよいのだろうか。冷や汗がこめかみを伝う嫌な感覚と、恐怖でフィーネは頭がいっぱいになった。

 そしてフィーネの予想の通り、モールクは訊ねてきた。

「……ファーシャ様はどなたから彼女の名を聞いたのです?」

「わたしがお教えいたしました」

 ノルンの言葉にフィーネは驚いた。助け船を出してくれたことに感謝するとともに安堵した。

 モールクは瞬きしてノルンを一瞥したが、彫像のように無表情のままフィーネに視線を戻した。

「そうですか。ノルン殿は夜毎ここで翼王にまつわる記録を探しておられますからね」

「左様でございます。わたしはファーシャ様に陛下を救っていただきたく思っております」

「あなたが陛下をお慕いしていることはよく存じていますよ。健気な家臣を持ててあの方もさぞお喜びでしょうね」

 ノルンは無言で一礼した。

「……ところで、ファーシャ様。あなたはご存じでしょうか。かつて、この世界に生きた人々は魔術と呼ばれる特別な力による文明を持っていたそうです。誰もが皆その力を持っていたわけではないそうですが、呪具(じゅぐ)と呼ばれる道具にその力を蓄えることによって、多くの人々がその力の恩恵にあずかっていたそうです。些細な子供のまじない程度から、風邪の症状を和らげる薬を作ったり、田畑を耕したり、旅先に火を持ち運んだり、果ては魂を鳥に変じて遠方を旅する『鳥の渡り』という魔術を使う者もいたと伝え聞いております」

「……そうなのですか?」

「ええ。彼らは現在を生きる我々よりも、はるかに豊かな暮らしをしていたそうです。魔術は三百年前の『粛清の風』という大災厄にて多くが喪われましたが、わずかながら今でも残っているのです。……例えば、わたくしは神殿に迎えられたばかりの幼かった頃に、とある一羽の鳥と知り合いました」

「鳥? それは、神鳥様ですか?」

「いいえ。小さな白鳩でした。銀の目が印象的で、頭から翼、嘴から足の先まで、どこまでも白銀の美しい姿をしておりましたから、ただの白鳩でないことは一目瞭然でした」

「それは……最高神官長(レリファ=シシカ)様はその鳥が魔術の鳥だと?」

「ええ。そして、その鳥に変じていた人物は魔女でした」

「魔女? それって、この世に災いを為すと言われているあの『カナーヤの魔女』ですか?」

「ええ。彼女は自らをカナーヤの魔女と名乗りましたから、真偽はわかりかねますが、彼女はわたくしにとっては紛れもないカナーヤの魔女でした。魔女はわたくしを誑かし、彼女が先祖から受け継いだという様々な魔術の知識を伝授してくれました」

「レリファ=シシカ様は魔術を使えるのですか?」

「ええ、彼女から教わった魔術でしたら扱うことができます。しかし、『鳥の渡り』だけは身につけることが出来ませんでした」

「どうしてです?」

「鳥の渡りという魔術は元々扱える者が限られていたうえにかなり昔に失われてしまっているそうです。それに、ある日を境に、彼女はわたくしを訪ねに来なくなってしまったのです」

「その話がいったい……」

 相変わらず彼の思考が読めない。彼は何故、フィーネにその話をするのだろうか。

「先ほどわたくしは久方ぶりに『鳥の渡り』による魔術の鳥を見たのです」

 フィーネは心臓を鷲掴みにされるような嫌な心地を感じながらもなるべく顔に出さないよう努めた。

「へ……へえ。そうなのですか?」

「ええ。とても懐かしく、嬉しく思いました。彼女はわたくしが出会った鳥ではございませんでしたが、とても美しい白銀の長嘯鳩(ちょうしょうばと)でしたよ、ファーシャ様」

「そうなのですか……」

 焦りと緊張から次第に答えに詰まり、いい加減な相槌しか打てなくなっていくのを自覚しながらフィーネはさらに追い詰められた。

 彼は無言でフィーネの目を見つめてくる。まるで矢を向けられた獲物のような恐怖と心細さを覚えながらも、それを表に出さないように気をつけた。

 ややあって、彼はゆっくりと口を開いた。

「あなたが昼間、『鳥の渡り』の術を用いて見聞きしたことは夢であって夢ではございません。わたくしがあの方に弓を向けたことも、あの方が嘆き悲しまれることも……あなたはすべてをご覧になったはず」

「な、何を仰っているのか私にはさっぱりわからないのですが」

「……ええ。ファーシャ様、その対応で正解です。誰にも心を許してはなりません。今はそれで良いのです」

「え?」

 どういう意味だ、と視線で問いかけるも、彼は何事もなかったように話題を変えた。

「さて、話を戻しましょう。尾行よりも確実に物事の核心に迫る方法がございます。ファーシャ様、明日一日、頭痛で寝込んでください」


「…………………………は?」

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