第一番の功労者
さて、お待ちかねの浮音による絵解きです。
「いったい、どこで車掌がくさいとにらんだんだ」
事件からしばらく経って、一連の出来事の最終報告書を持って大阪府警を訪ねた帰り道、立ち席・リクライニングともども満席の「Aシート」へ乗り込んだ牛村警部は、一民間人として犯人逮捕に貢献し、表彰状をもらった浮音へ、有作ともども絵解きをせがんだ。すると、浮音はにやりと口角を上げ、クビになった車掌さんのことを知ってからやな、と、事も無げにつぶやいた。
「ついつい、車掌とか運転士とか聞くと、僕らは性別を勝手に男性だと思い込むけど、そんなのは昔の話や。東野くんの友達を経由して、当日に志村とのやりとりを見た人がいないか根掘り葉掘り調べてみたら、案の定、クビになったのは女の人で、警部さんのくれたセールスレディの似顔絵を見せたら揃って『この顔だ!』って指さしとったからなあ。これを聞いたときは、頭ン中で『役者は揃うた』と思ったなあ。――こうなれば、志村に恨みを抱いていて、なおかつ車内で凶行を実行出来るのは当日乗っとった車掌と、セールスレディに化けて睡眠薬入りの栄養ドリンクを配った元車掌の姉さん、っちゅうことになる。なにせ現職の車掌が味方なんや、整理券の偽造や、巡回中にトイレへ行こうとする客へ、Aシートは埋まってますよ、と楽に耳打ちできるわけやもんなあ――。ま、あとは警部さんらに頼んで、地道に証拠を集めてもろうたのが立件のきっかけになったわけやな……」
長科白のようにつらつら絵解きをすると、浮音は軽くノビをして、両の袂へ腕をひっこめた。
「――しかし、お前さんのおかげでオレもちょっとは頭が若くなったな。車掌と言えばつい、いかつい顔のおっさんを思い浮かべちまうからよ」
苦笑いする牛村警部へ、隣に座っていた有作がややなだめつつ、
「さっきもそうでしたけど、いまは運転するのも検札するのも、女性だって大勢いますからねえ」
今度に限って、自分が蚊帳の外へ置かれたことがちょっと不服なのか、いやに毒を含んだ物言いをしてみせる。
「――まさか、車掌さんたちが自分の職場を犯行の舞台に選ぶとは思いませんでしたネェ」
京都駅を出発して以来、ロクに口も利かず、移動中も窓側の席で物憂げに沿線風景をにらんでいた東野が力のない声を上げたので、三人はぎょっとして身構えた。
自分がきっかけで浮音たちを事件へ巻き込んだ上、大好きな鉄道が殺人の舞台となったことも手伝って、ここ数日、東野はいつになく、沈んだような顔色を浮かべていたのである。
「東野くん、今回は災難やったなあ――」
軽く両のまぶたをひくつかせると、浮音は袂から両の手を出し、胸のうちに仕舞っていたことを優しく、東野へ打ち明けた。
「積み重なった恨みをはらそうと、信頼ある鉄道員が旅客へ手を出した――。これはまごうことなき事実で、どうあがいても覆らん。けどな、君がもし、あの日僕の誘いにのらんで、一緒に大阪まで行っとらんかったら、Aシートの殺人は、一生謎のままやったのかもしれんで?」
そこまで言うと、浮音は隣に座った東野の肩へ手をかけて、さらにこう続ける。
「事件に足ィ突っ込むきっかけ作ったのは事実かもしれへんが、元気のない中、君が鉄道仲間の友達にいろいろと根回ししてくれたおかげで、僕は最終的な判断が下せたんや。今度の事件の最高殊勲者は、僕やのうてむしろ君なのかもしれへんで……」
「――そうかァ、僕が乗るのを誘わなかったら、迷宮入りになってたかもしれないんですねェ」
一言つぶやき、しょぼくれていた顔へいくらか赤みがさすと、東野はロイド眼鏡をはずし、軽く目じりをこすってから、グローブのような手で浮音の手を握り返した。
「ありがとう鴨川クン、あなたのおかげでふっきれましたヨ。――僕ァずっと、とんでもない面倒をかけたんじゃないかと、自分を責めてたんデス」
「なに、降りかかるトラブルの火の粉は、その都度払えばええだけや。――ときに東野くん、ちっと相談があるんだが……」
距離が近いのをいいことに、浮音がそっと耳打ちをすると、東野は指を鳴らし、満面の笑みで賛成デス、と返事をしてみせた。
「カモさん、いったいなんの密約だい?」
「その通り、隠し立てすると痛い目に遭うぞ……」
ほったらかしにされた有作と牛村警部が口々に尋ねると、浮音は二人をなだめてから、こう切り出した。
「ひとつ、もろうた報奨金を資本にして、気分転換に有馬あたりの温泉に繰り出そうと思うんよ。もちろん、道中のプラン提案はここにおわす東野大先生……てなわけ」
軽い目配せをしながら、いたずらっぽく笑う浮音に、有作と牛村警部はすっかり機嫌を直し、さっそく東野を顧問にして、浮音ともども、あれやこれやと旅の提案を投げ始めた。
高槻を通過し、一路、京都へ向けて速度を増す新快速の陽気なメロディホーンが、事件の解決を祝福するかのように大山崎へこだまする、ある秋の日の出来事である。