向日町・夜の大捜査戦
京都の向日町というところは、大きな機関庫があるので鉄道ファンにはちょっと知られた名所です。
あなたのひみつをしっています いさいすべてはあさって ごぜんいちじにむこうまちえきうらてで
平仮名だらけの奇妙な文言をにらむと、その人影は辺りを見回し、季節外れの夜の寒さが体へ染みるのを覚えながら、そっと白い息を吐いた。約束の時間に間に合うよう、JRの向日町駅の裏手に向かったその人影は、周りの街灯がまばらなのを良いことに、ポケットに忍ばせていた缶コーヒーを開け、暖をとるべく立て続けに煽った。
――いったい、どこで……。
計画に手抜かりはなかったはず――。そう思うたびに、人影の全身をいら立ちにも似た焦りが駆け巡った。ほかに心当たりもないとなれば、当然、思い当たるのはあの日の出来事しかない……。そのことが頭を逡巡するたび、人影は自身の顔のひどくほてるのを覚えた。
やがて、視界の隅にたたずんでいた駅前の大時計が一時を差すと、改札前の小さなロータリーへ、エンジン音も静かに一台の車が滑り込み、しきりに右のウィンカーをしばつかせた。
――現れやがった!
慌てて口から缶をはなし、中身もあるのを気にもせずにくずかごへ放ると、人影は辺りを伺ってからそっと車の助手席側へ近寄り、軽く窓ガラスをノックした。
すると、鈍い音とともにドアが開き、室内灯のない運転席に座る細身の男が、マフラーを二重に巻いた襟元から、なにかボソボソとつぶやいたので、人影は身を乗り出し、なんです? と聞き返した。すると――。
「お出でなすったなッ」
後部座席の暗闇から伸びた太い手が、片腕へメッキの効いた手錠をはめこみ、それまで静かにアイドリングをしていた車のギアが入ったので、人影は半開きになったドアから足を出したまま、ロータリーの出口のほうへと引きずられてしまった。いつの間に控えていたのか、出口には大勢の武装した警官隊と、トレンチコート、ピーコートを着込んだ二人連れが、暗がりの中で急停車をした車――往年の名車・シトロエン2CVの前方に立ちはだかり、ちらほらと高輝度の懐中電灯をフロントグラスへ向けている。
「――カモさあん、大丈夫かい」
「鴨川クン、下手人はいずこ……?」
ニット帽をかぶった有作、次元大介よろしくボルサリーノをかぶった東野が右のドアへ寄ると、運転手用の手袋をはめた浮音がまぶしそうに目をしばつかせながら、大慌てでドアの窓ガラスをおろし、二人へ声をかけた。
「君ら、ちっとは光を加減してくれェな。危うくアクセル踏むとこやったで……」
「ごめんごめん。それより、引き摺ってるホシのほうは……?」
有作の指摘に、窓からのぞかせた上半身を中へ引っ込めると、浮音は後部座席の牛村警部ともども、室内灯の下で人影こと下手人の顔をにらんでいたが、すぐに有作たちのほうへ顔を向け、指先でしきりに助手席を指し示した。
それにつられて、警官隊ともども助手席へ回った二人は、手錠のはまった右腕をあげてノビている犯人の元へ駆け寄ったが、その意外な正体に、事件の発生から今に至るまでを浮音ともども見守っていた東野はひどく落胆することとなった。
シトロエンの助手席で伸びていたのは、事件当日、浮音と東野へ整理券を売った新快速の車掌の男だったのである――。




