30話 VS死神
「エリゼは二階へ」
「そんなことできません!」
「でも……いや、そうだな」
俺がエリゼなら、自分だけ逃げるなんてこと、受け入れるわけがない。
「なら、援護を頼む。決して無理はしないように」
「はいっ、わかりました!」
作戦を決めたところで、俺は前に出る。
足音に反応して、アリーシャがこちらを向いた。
「アリーシャ、聞こえるか?」
「……」
返事はない。
ただ、血にまみれた体を動かして、血に濡れた剣を構えるだけだ。
それでも。
俺の声は届いていると信じて、声をかけ続ける。
「アリーシャが死神に魅入られているっていう理由、やっと、全部理解したよ」
「……」
「アリーシャはその剣のせいで、ずっと苦しんでいたんだな。でも、生きていくためには剣を手放すことができなくて……ずっと、一人でいたんだな」
「……」
「でも、それも終わりだ。俺が、アリーシャを止めるから。その剣に宿る死神を消してみせるから。アリーシャ……お前を助ける」
「……」
誰かを助けるために戦う。
今回で、エリゼに続いて二度目だ。
不思議と力が湧いてくるような気がした。
自分のためではなくて、誰かのために戦う時、人は、いつも以上の力を発揮できるのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
「いくぞ」
一歩を踏み出して……
同時に、アリーシャも駆けた。
「シャアアアアアッ!!!」
速い!
まるで獣だ。
圧倒的な速度で、アリーシャが迫る。
「能力強化<アクセル>!」
こちらも身体能力を魔法で引き上げて、対抗する。
そして、アリーシャの一撃を訓練用の杖で受け止めるが……
「ちっ……やっぱり無理か」
訓練用の杖は、たったの一撃でへし折れた。
所詮は、屑鉄で作られた安物だ。
死神を封じている魔剣に敵うわけがない。
「お兄ちゃん、これを使ってください!」
エリゼが短剣を投げてきた。
それを受け取る。
こちらも訓練用のものだけど、ないよりはマシだ。
「フッ! シッ!」
アリーシャの攻撃を真正面から受け止めるようなことはせず、短剣を使い、流すように攻撃を逸らす。
アリーシャの動きは速いが……
取り憑かれているせいか、技術というものがまるでない。
ただ力に任せて剣を振るっているだけだ。
これならなんとかなる。
俺は的確に、冷静にアリーシャの攻撃を捌いて……
合間合間に訪れる、わずかな隙を突いて反撃に移る。
「風嵐槍<エアロランス>!」
今のアリーシャを相手にするには、第10位の魔法では心もとないが……
威力を上げすぎて、アリーシャの体を傷つけてしまっては意味がない。
多少の擦り傷打撲は我慢してもらうしかないが……
魔法の位階を上げてしまうと、致命傷になってしまう恐れがある。
故に、第10位の魔法で戦わないといけない。
「シャアアアッ!!!」
アリーシャは獣のような動きでこちらの魔法を避けて、迫ってきた。
なんていう速度だ。
ちょっとでも気を抜いたら、見失ってしまいそうになる。
この状態では、技術は大してないのだが……
身体能力だけはとんでもない。
「水波槍<ウォーターランス>!」
水の槍を射出して……
「氷雪槍<アイシクルランス>!」
間髪入れずに、氷の槍を撃ち出した。
二つの魔法が重なり……
「グッ!?」
氷の檻となり、アリーシャの動きを封じた。
氷の網がアリーシャの手足に絡みついた。
その力は強固なもので、すぐに抜け出すことは敵わない。
……敵わないはずなのだけど。
「グアアアアアッ!!!」
「ウソだろっ!?」
アリーシャが吠えると同時に、氷の檻を力任せに打ち砕いた。
大人ならともかく、子供には絶対に破れない強度のはずなのに。
まいったな。
今のアリーシャの力を甘く見ていた。
「シャアアアッ!!!」
アリーシャが切りかかってきた。
時にナイフで軌道を逸らして、時に横に跳んで避けて……
嵐のような猛攻を防ぐ。
しかし、これでは埒が明かない。
こうなったら、ある程度、怪我をさせてしまうことは覚悟するしか……
「風嵐槍<エアロランス>!」
「っ!?」
予想外の方向から魔法が飛んできて、アリーシャが吹き飛んだ。
エリゼだ。
遠巻きに戦いを見守っていたエリゼは、隙をついて、一撃をぶつけることに成功した。
そんなことをすれば、自分も狙われてしまうのに……
でも、エリゼは逃げるという選択肢をよしとしなかった。
ただ見守るだけという行動をよしとしなかった。
自分の手で、『友達』を助けることを選んだ。
そんなエリゼの行動を、俺は、兄として誇りに思う。
「氷雪槍<アイシクルランス>!」
エリゼが作ってくれた隙を無駄にはしない。
俺は魔法を解き放ち、地面に倒れるアリーシャを氷漬けにした。
それでも、アリーシャは動きを止めない。
獣のように吠えて、束縛を脱しようともがく。
が……もう遅い。
「紅蓮刃<フレアソード>!」
第5位の魔法を使用した。
右手に炎が収束して、一振りの剣となる。
見た目は地味だが、威力はとんでもない。
魔法で作られた炎の剣は、伝説の武具に近い威力を叩き出すことができる。
俺は炎の剣で……
「これで……終わりだっ!」
アリーシャの魔剣を砕いた。
「あ……ぅ……」
魔剣を砕かれたことで、アリーシャを包み込む赤い霧が晴れる。
アリーシャは一度、ビクンと痙攣して……
すぐに体から力が抜けて、そのまま気絶した。
「やりました! さすがお兄ちゃんですっ」
「いや、まだだ」
喜ぶエリゼに気絶したアリーシャを預けて……
俺は、ソイツと対峙した。
「オォ、オオオオオ……ヨクモ、我ノ依代ヲ……」
一度は晴れたはずの赤い霧が再び湧き出した。
一箇所に収束して……
それは、赤い死神となる。
魔剣に封印されていた死神だ。
触媒を失い、外に出てきたのだろう。
「こ、こんな……」
エリゼが震える。
それも仕方ない。
死神の力は上級の魔物に匹敵する……いや、それ以上だ。
圧倒的なオーラをぶつけられて、恐怖に囚われてしまう。
それでも。
エリゼは、気絶したアリーシャを離そうとしなかった。
かばうように抱きしめていた。
うん。
やっぱり、エリゼは自慢の妹だ。
そこで見ていてほしい。
すぐに終わらせるからな。
「許サヌ……我ノ依代ヲ……貴様ヲ新シイ依代ニシテクレル……!」
「許さない……だって?」
俺は死神に向き直る。
そして、手の平を向けた。
アリーシャは、この死神のせいで全てを失った。
それが運命だというのならば、俺は認めない。
そんな世界を俺は認めない!
「許さないのは俺の方だ」
「ナンダト?」
「ふざけたことをしてくれたな……お前のせいで、一人の女の子の人生が狂わされた。そのツケ……その身で払ってもらうぞ」
「ハハハッ、人間ガヨク吠エル! 許サナイトイウノナラバ、ドウスルトイウノダ? 我ト戦ウトデモ? 人間ゴトキガ?」
「その人間の力、思い知らせてやるよ!」
全魔力を解放する。
加減なんてしない。
本気の中の本気だ。
「ナ、ナンダ、コノ力ハ……!? コノ圧ハ……コレダケノ力ヲ、人間ゴトキガ……!?」
「お前は俺を怒らせた。それが敗因だ」
「バ、バカナ、コノヨウナコトハ……!?」
「消し飛べ」
俺は怒りと共に、第3位の魔法を解き放つ。
「星紋爆<サザンクロス>!」
光が弾けた。
世界を白く染めて。
光で埋め尽くして。
悪しきものの存在を許さない。
俺の放った魔法は、死神を飲み込み……
一瞬で、その存在を無に帰した。
「ふう」
疲労感に襲われて、わずかに目眩がしてしまう。
さすがに、子供の体で第3位の魔法を使うのは、ちょっと無茶があったか……
こうならないように、日々、トレーニングに励んできたんだけど……
まだまだ足りなかったみたいだ。
もっと修行をしないといけないな。
「エリゼ、大丈夫か?」
「……」
エリゼのところに移動して、声をかけた。
エリゼはぽかんとしていた。
「エリゼ?」
「……す……」
「す?」
「すごいですっ!!!」
エリゼは目をキラキラと輝かせながら、大きな声で言った。
「あんな魔物を一撃で倒してしまうなんて……お兄ちゃんはすごいです! すごすぎますっ! お兄ちゃんは男なのに魔法を使えるだけじゃなくて、こんなすごい魔法も使えるなんて……ふあああ、本当にすごいです! あううう、私の語彙が少なくて、すごいしか言えません!」
「えっと……ありがとう?」
一応、褒められているのだろう。
「それはともかく……エリゼ」
「はい?」
「アリーシャが……」
床に転げ落ちていた。
「あぁ!? ご、ごめんなさいっ、アリーシャちゃん。興奮するあまり、つい……」
「やれやれ」
慌てる妹を見て、俺は苦笑するのだった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




