31話 前を向いて歩こう
試験用のダンジョンにベヒーモスが現れたことは、すぐに試験官に知られることになったけれど……
アリーシャに取り憑いていた死神が解放されたことは、誰にも知られることはなかった。
試験官達が駆けつけてくる前に、事を終わらせたからな。
目撃者もいないし、アリーシャに面倒が及ぶことはないだろう。
その後……
訓練用のダンジョンは不備があったということで、封鎖された。
幸いというべきか、一人も死人は出ることなく……
それは力のある証拠とされて、俺達受験生は、全員、合格を言い渡された。
一部の試験官は、男である俺まで合格させていいものか迷っていたみたいだけど……
ベヒーモスから逃げるだけではなくて、倒すことができたのだから文句のつけようがないということで、最終的に合格になった。
本当は、ベヒーモスを倒したのはアリーシャなのだけど……
まあ、代わりに死神を倒したから、力を示すことはできた、ということにしておこう。
そして……
――――――――――
「では、これで試験を終了とする! 合格者には、後ほど通達を送る。入学するまで驕ることなく、日々、鍛錬に励むように。以上!」
試験官の合図で解散になった。
あとは、後に届けられる書類などにサインをして……
それを提出することで、入学が完了。
来月から、学院生としてエレニウム魔法学院で授業を受けることができる。
「お兄ちゃん」
エリゼに声をかけられた。
「合格、おめでとうございます」
「エリゼも、合格おめでとう」
「えへへ、これでまた一緒ですね♪ これからもお兄ちゃんと一緒にいられるなんて、うれしいです。とてもとてもうれしいです。きっと、私は世界で一番幸せな妹ですね♪」
エリゼがうれしそうに、ふにゃりと笑う。
なにこの天使。
お持ち帰りしたい。
「アリーシャちゃんも、おめでとうございます」
「……」
エリゼの隣にはアリーシャがいた。
しかし、合格したというのにうれしそうではない。
すごく気まずそうな顔をしている。
「あの、あたし……」
「ストップ」
「え?」
「ここじゃ他に人もいるから、とりあえず、あっちで話そうか」
そう言って、俺達は人気のない広場に移動した。
ベンチに並んで座る。
「……ごめんなさい」
俺達だけになると、アリーシャは頭を下げて、震える声でそう言った。
「あたし、レンに剣を向けて……」
「死神に操られていた時の記憶が?」
アリーシャは小さく頷いた。
「全部、覚えているわ……」
アリーシャの手は震えていた。
そんな自分の手を見つめながら……
辛い過去を告白する。
「あたし……この手で、色々な人を殺してきたわ……」
「……」
「最初は、盗賊だった。あたしがいた村は小さなところだったけど、あの剣が御神体として祀られていたの。笑っちゃうわよね、その正体を知らず、死神を祀るなんて」
「……それで?」
「ある日、剣の話を聞いた盗賊がやってきた。盗賊達は家族を、友達を、村人を殺して……剣を奪おうとした。あたしはせめて一撃と思って剣を手に取って……」
「そこで死神に取り憑かれたのか?」
アリーシャは何も言わず、頷くことで応えてみせた。
「気がついたら、盗賊達は全て死んでいたわ。盗賊達を切った記憶はしっかりと残っていて……それから、あたしはあの剣と一緒に過ごすことになったの」
「捨てようと思わなかったんですか?」
エリゼの問いかけに、アリーシャは首を横に振る。
「死神が離してくれなくて、どうすることもできなかった。それに、ただの子供が何もなしに生きていくことなんてできなかったから……だから、生きるためにあの剣を利用したわ。利用して……そして、殺した」
「でも、それはアリーシャちゃんのせいでは……」
「あたしのせいよ。あたしが、あの剣を使い続ける、って決めたんだから」
エリゼには悪いが……
俺も、アリーシャの責任だと思う。
でも、それは悪いことじゃない。
むしろ、アリーシャの『強さ』でもあると思う。
魔剣のせいにして、責任から逃れることは簡単だ。
でも、アリーシャはそれを良しとしなかった。
自らの責任として、目の前の事実をしっかりと受け止めている。
だから、彼女は『強い』と思う。
「学院に来たのは?」
「単に、衣食住を確保したいのと……あと、あの剣がどうにかならないか、って期待していたところもあったわ」
「そうだったんですね……」
「もっとも、あなた達のおかげでそんなことを考える必要はなくなったけどね」
アリーシャがこちらを向いた。
そして、もう一度、頭を下げる。
「ありがとう」
「アリーシャ……」
「あなた達のおかげで、あたしは、これ以上、人を斬らずに済んだ。あの剣から解放された。それで、今までのことがなかったわけになるわけじゃないけど……でも、ありがとう」
「どういたしまして。そうやって、前を向いていかないとな。起きたことはどうしようもないから……これからのことを考えて、生きていかないと」
「……」
気がつくと、アリーシャがじっと俺を見つめていた。
「あなたって、不思議な人ね」
「そうか?」
「魔法が使えるだけじゃなくて……なんていうか、今まで周りにいなかったタイプよ。そう……とても強い人。強くて、でも、力を持っているだけじゃなくて……温かい人」
そう言うアリーシャの頬は、少し朱色に染まっていた。
心なしか、瞳も潤んでいて……
同い年だというのに妙な色気を感じてしまい、ついついドキドキしてしまう。
「なんたって、お兄ちゃんですからね♪」
そんなことに気づかないエリゼは、俺が褒められたことを、自分のことのように喜んでいた。
「あ、そうだ」
思い出したようにエリゼが言う。
「アリーシャちゃんは、これからどうするんですか?」
「ん? せっかく合格したんだから、ちゃんと学院に通うわよ。もう暴走する心配もないし」
「あ、いえいえ、それも大事ですけど……学院は来月からじゃないですか? それまで、どうするのかな、と思いまして」
「適当に宿でもとるわ。それなりに路銀は持っているから、安宿なら一ヶ月くらい泊まれると思う」
「そんなのいけません!」
「え?」
エリゼがぐぐっと詰め寄り、大きな声で言う。
「アリーシャちゃんはかわいい女の子なのに、安宿に泊まるなんて……そんなことはダメですよ」
「か、かわいい……って」
照れているらしく、アリーシャが赤くなる。
「でも、ちゃんとした宿に泊まるお金なんてないし……」
「だったらウチに来てください!」
「え? あなたの家に?」
「自分でいうのもなんですけど、私、貴族の娘なので。家もそれなりに広いので、アリーシャちゃんが泊まっても何も問題はありません!」
「家に……ということは、一緒に……?」
ちらりと、アリーシャがこちらを見る。
その顔は、なぜかさきほどよりも赤い。
「あんたは……その……迷惑じゃないの?」
「ん? 俺? 別にそんなことはないけど」
「本当に?」
「本当だって。そんなウソをつく必要もないし……むしろ、気心知れた相手が増えるのはうれしいぞ。一時的にとはいえ、パーティーを組んだ仲だからな」
「そ、そう……」
アリーシャは考えるような仕草をとり……
ややあって、コクリと頷いた。
「それじゃあ……少しの間、お世話になろうかしら」
「はい! 大歓迎しますよ♪」
「これからよろしくな」
最初に、アリーシャはエリゼと握手をして……
次いで、俺と握手をしようとして……
「……」
「どうしたんだ?」
「やっぱり、あんたとは握手をしない」
「え、なんで?」
「だって……今の私の手、汚れているかもしれないし……どうせなら、もっと綺麗な時に……でもでも……」
小さな声なので、後半は何を言っているのか聞こえなかった。
「いいから、ほら」
「あっ……」
強引に握手をした。
アリーシャの頬が赤くなり、視線があちこちに飛ぶ。
それから、視線を逸らしたまま、手を握り返して……
「……よ、よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
今日から一ヶ月の間。
新しい家族ができるのだった。
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