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144.大軍を迎えて

144話目です。

よろしくお願いします。

 ラングミュア王国とスド砂漠国、ランジュバン聖国にメンデレーエフ森林国という四か国の連合―――正確に言えば、ラングミュアに属した形だが―――と、ヘルムホルツ帝国とそれに従うグリマルディ王国という形で二分された戦いが始まった。

 グリマルディ王国領と帝国が押さえた領地にある港に対するロータルによる破壊工作を除けば、戦いの始まりはラングミュアと帝国による国境での直接対決から始まった。


 北上してラングミュア王国を目指して突き進んでくる帝国軍一万に対し、国境を守るラングミュア兵は二千程度。

 そのまま激突すれば、戦力的に五倍の人数を有する帝国側が力づくで防衛線を突破し、戦力を国境に集中していたラングミュア側は成す術なく王都を蹂躙されていただろう。

 だが、二つの原因が結果に影響を与えた。


 うち一つは、帝国側の指揮官であるヴェットリヒが速度を重視するあまりに部隊が完全に参集しきる前に攻撃を仕掛けたことだ。

「まだ半数が到着しておりません!」

 と、副官はヴェットリヒの命令に反対したが、却下された。

「半数でも相手側の倍以上の人数がいる。それに向こうは防衛のために国境を薄く広く守らねばならん。それに対し、一点を突破すれば良いこちらが有利なのは明白だろう」


 ヴェットリヒは自分がやるべきことがラングミュア兵の蹂躙ではなくラングミュア王都の破壊であることを改めて確認していた。

 防衛側の不利を聞かされ、副官も納得する。

「では、正面突破を行うということですね。矢の陣形をとります」

 そう言いながら、副官は不安を感じていた。帝国軍と言えば聞こえは良いが、規模が大きすぎる上に元々は別の指揮官についていた部隊がほとんどで連携がどの程度可能か不明だ。


「それで良い。敵の意表を突くという点でも、追いかけてくる足を鈍らせるためにも、敵のど真ん中を通り抜ける」

 成功すればラングミュアの士気をくじき、うまく行けばラングミュア兵が物資を集積している場所を破壊して通り抜けることができるだろう。

「兵たちに準備をさせろ。早暁に行動を開始する」


●○●


「斥候からの連絡が入りました」

 軍議の最中に一人の騎士が連絡のために天幕へ入ってきた。

「よろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

 ミリカンから許可を得た騎士は、前に進み出て斥候が確認した状況を地図上で指し示しながら説明する。


「敵は国境の向こう側、徒歩一時間程度の場所で野営を始めましたが、一時的な休息のようです」

 本格的な宿営はせず、天幕を張ったり煮炊きを行うようなことはせず、その場で寝転がったり保存食を齧る程度でいるらしい。

 指揮官と思しき人間だけが簡素な天幕に入り、厳重な警備がなされている。


「……どうやら、敵の攻撃は近いようですな」

 情報からそう感じたミリカンは、その場にいる二人の王妃に伝えた。

「深夜か早朝に総攻撃が来るでしょう」

「真正面からぶつかる形になるのですね?」

 マーガレットの質問を受け、ミリカンは伝令の騎士へと視線を移した。


 王妃たちがいることを知り、膝を突いていた騎士はミリカンから声をかけられ、直言による返答を許された。

「光栄です。わ、私は常々陛下のお力の強大さと同時に王妃殿下の素晴らしい知識や組織運営に感銘を受けております次第で……」

「褒めていただくのは嬉しいけれど、そんな時間があるのかしら?」


「し、失礼いたしました!」

 緊張に上ずった声でエリザベートの注意に深々と頭を下げたまま、騎士は斥候の情報をさらに伝える。

「敵方は突入に備えて各部隊へと伝令を回しておりますが、そこから敵が“矢の陣形”という言葉を使っており、また部隊を広げずにむしろ密集させて休息させている様子が見てとれました」


「矢の陣形ね」

 エリザベートは、その言葉の意味を知っている。

「以前にアーデルから聞いたことがあるわ。矢のように鋭い突撃を行うための陣形で、帝国では敵の包囲や防衛網を突破する際に多用される陣形よ」

「なるほど。そうすると、帝国の狙いは国境の突破であって国境線での勝利ではないわけですな」


「そんな! それでは帝国は王国内に入り込み、何かを狙っているということですか!?」

 マーガレットの言葉に、ミリカンら軍人組は頷いた。

「恐らくは、王の不在を帝国側も知っているのでしょう。であれば、主がいない王都に打撃を与えることは、有効な戦術です」

 王の居城が無くなれば兵士たちの士気も大きく下がる。


 それはグリマルディ王国や聖国でヴェルナーが行ってきたことであり、その効果は軍議の場にいる者たちも良く知っている。

「国境ですが」

 マーガレットが口を開くと、その場の全員の視線が集まる。

「なんとしてでもここで押さえなければ」


「斥候の数を増やして、具体的な侵攻ルートを制限いたしまししょう。兵の配置もそこへ集中させ、王妃殿下の兵器もそこに配備させていただきたく存じます」

 ミリカンが言うと、数名の騎士から「危険だ」という声が上がる。

 敵の攻撃が集中する場所に王妃を置くというのだ、護衛としては看過できないのは当然だった。


 しかし、当の本人であるマーガレットが了承する。

「望むところです。大勢を一気に食い止めるのに、私の“力”が最も役に立つのはわかっています」

「それじゃ、わたくしは後方で負傷兵の対応をするために待機ね」

 心得た、とエリザベートは先に休むと言って、護衛を連れて天幕を離れた。深夜にしても早朝にしても、戦闘が始まれば治癒で休む暇もなくなるからだ。


 それから作戦の取りまとめはすぐに終わった。

 元より迎撃の準備はしていたので、それを多少場所や規模を変える形になるだけだった。それぞれの部署がしっかりと自分の行うべきことを確認し終え、エリザベートと同様に休息をとるために陣地へと別れていく。

「あるいは、こちらから侵攻するべきかも知れないが……」


 誰もいなくなった天幕内で、ミリカンは軍議ではついに口にすることが無かった方法を声に出した。

 そして、首を横に振る。

 敵が終結する前に叩くことで有利になるのは間違いない。しかし、その時には王妃が陣頭に立って他国侵攻に立つことになるだろう。


 ミリカンは帝国出身のエリザベートの心境はどうなのだろうか、と涼しい顔をして退室していった彼女の様子を思い出していた。

「……詮無き事だ」

 もう一度首を横に振り、ミリカンも短い睡眠をとるために自分の天幕へと戻っていった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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