143.処罰
143話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーは宣言通り、焦って毒の混入犯を探そうとはしなかった。
それが逆に自分を追い詰める結果になるのではないかという危惧もあったが、それ以上に聖国の処理を半端にしたままでは、帝国が弱ったところで背後から反乱を起こされる可能性があると判断したというところが大きい。
ヴェルナーは聖国王都入りを果たすと、デニスらの到着を待たず主流派の面々と顔を合わせ、救国教の安堵と引き換えに恭順の意思を示させることができた。
さらにラングミュアの兵士たちや森の戦士たちを町中に定期的に巡回させ、聖国の者たちに“新たな変化”が訪れたことを示す。
同時に、町での買い物をさせて兵士たちに対する恐怖感を徐々に拭っていく。
「……で、こういう奴が出てくるんだよなぁ」
アシュリンに押さえつけられ、膝を突いているラングミュア兵の一人を見下ろし、ヴェルナーは小さく呻いた。
「この者が何をしたのか、説明を」
「はっ! 小隊長のレインズと申します。この者は聖国の民衆から物資を強奪したようです」
一人の兵士が、緊張に震える声でヴェルナーの問いに答える。
拘束されているのは、ラングミュアの兵士であるのはやはり間違いないらしい。
「捕縛の敬意を」
「はい。我々が定期の巡回途中に騒ぎになっていたため、状況を確認して彼を取り押さえました」
それはこのレインズの部下が、ヴェルナーが詰めている臨時の指令室へと報告に来た時点で伝え聞いた内容と同じだった。
「よろしい。この男が所属している部隊の小隊長を呼んで来い」
「はっ!」
走り出したレインズを見送り、アシュリンに取り押さえられている兵士の前に立つ。
ヴェルナーが何者であるか気付いたらしく、真正面から見据えられて兵士は目を逸らして歯噛みしている。
「今、レインズが話した内容は事実か?」
「……俺たちは征服者です。であれば、征服された側が支配者に対して何かしらの“贈り物”をして媚びを売るのは当然のことでしょう」
「何か勘違いしているな」
ヴェルナーは兵士の顎を掴み、力強く自分へと顔を向けさせた。
「支配者はお前じゃない、俺だ。俺が平和裏に併合すると言えばそうする。そうなる。破壊すると言えばそうする。そうなるんだ。で、お前は俺の意思を無視した」
傲慢ながら強大な力を背景にした言葉に、兵士は口をつぐむ。これが単に命令を下すだけの王であれば言い返す言葉もあるかも知れないが、目の前にいる王は自らが陣頭に立つ。
そして、得物は自分で討つ。
「もう一度聞こう。レインズの報告は間違いないか?」
「……間違いありません、陛下」
罪を認めた兵士は涙をこぼした。
「申し訳ありませんでした……」
「謝る相手が違う」
ヴェルナーは、状況を近くで見ていた被害者へと向き直った。
「俺の部下が悪事を働いたことを詫びよう」
彼がラングミュアの王であると聞かされているのだろう。四人家族が身を寄せ合って、ヴェルナーの前で慌てて膝を突いた。
「そう怖がることは無いんだが……」
これも支配者としての姿を見せるのに丁度良いか、とヴェルナーは考え直し、遠巻きに様子を見ている聖国の民衆たちをちらりと横目に見る。
「奪われた物は?」
「す、すでに返還していただいております……」
家長であろう男性が、視線を地面へとくぎ付けにしたまま恐る恐る答えた。
「破壊されたものは?」
「と、特には……」
「お父さん、ドアが……」
「しっ! 静かにしていなさい!」
子供が何かを訴えようとしたのを父親が押さえたのを見て、ヴェルナーは彼らの背後にある家に目を向けた。
子供が言う通り、扉は二つある蝶番の部分が無残に歪み、片方は完全に外れかけている。ヴェルナーが兵士たちに訓練で教えた通りに鍵の方ではなく蝶番の部分を壊し、扉を破ろうとしたのだろう。
ヴェルナーは小さくため息をついた。
壊れ方を見て、一人でやったわけでは無いことが分かったからだ。
「扉の修理代を……というより、俺の軍ですぐに修理をさせよう」
その言葉を聞いて、傍らにいたイレーヌがすぐに兵士を呼びに離れた。
軍隊というのは行軍の最中に様々なものを修理したり土木工事を行って道を作ったりする必要がある。扉の修理程度なら朝飯前だ。
「坊や、教えてくれ」
ヴェルナーはしゃがみこみ、父親に頭を押さえられている少年へと視線を合わせた。
「良い。顔を上げさせろ」
「は、はぁ……」
父親が手を放すと、少年はパッと顔を上げた。
「正直に教えてくれてありがとう」
ヴェルナーは少年の頭を乱暴に撫でまわし、ポケットから小さな飴玉を取り出して少年とその妹らしき女の子へと一つずつ手渡した。
「もう一つ聞くが、家に押し込んだ。あるいは押し込もうとしたのは、アイツ一人じゃないんだろう?」
ヴェルナーに指さされた兵士は「うっ」と小さなうめき声を上げた。
「それは……」
「そうだよ!」
初めて味わう飴の甘さに顔をほころばせながら、少年が父親の声をかき消すように声を上げた。
「兵士はもう一人いたよ!」
そうか、と言ってヴェルナーは再び少年の頭をなでると、その兵士の特徴を聞いて立ち上がった。
「迷惑をかけたな」
「と、とんでもございません!」
ぺこぺこと頭を下げる夫婦の後ろでは、早速兵士たちが修理に取り掛かっている。
「では、後程詫び品を贈らせてもらう」
踵を返したヴェルナーは、アシュリンの腕から逃れようと抵抗している兵士の前へと戻り、声をかける前にその頬を思い切り殴りつけた。
「がっ!?」
頭部ががくりと揺らされたが、アシュリンの拘束はびくともしない。
「仲間を守るのは、基本的には良いことだが……悪事を見逃してやるのは話が違う」
兵士の髪を掴み、無理やり自分へと向けたヴェルナー。その表情は先ほど少年に向けた柔和な笑みとはまるで違う、憤怒の表情だ。
「吐け。もう一人は誰だ?」
ヴェルナーの言葉が終わったところで、小隊長レインズが複数の兵を連れて来た。
そのうちの一人が、捕まった男の顔を見て顔を蒼白にしている。彼が小隊長らしい。
「へ、陛下……」
「部下の監督も小隊長の務めだ。知らなかったとは言わせんぞ」
「も、申し開きのしようもございません……」
事情をレインズから聞いたのだろう、小隊長は深々と頭を下げ、失態の責任がどのようなものでも受け入れると明言した。
「では、この男を適当な牢へぶち込んで反省させろ。棒給から被害者への補償を行う。しばらくはただ働きだと思え」
「部下への寛大なご処置に感謝いたします!」
再び頭を下げた小隊長。その周囲にいた兵士の中で、一人だけそわそわと落ち着かず、修理の様子を見ている家族の方へ視線を何度も向けている者がいた。
その様子を見て、ヴェルナーは思いついたように少年へと声をかけた。
「坊主、こいつらに見覚えはあるか?」
「えっ? ……あっ!」
振り向いた少年が声を上げると同時に、その兵士が背を向けて逃亡を始めた。
「呆れた奴だな」
ヴェルナーが呟くと同時に、補修作業を監督していたイレーヌから雷撃が迸った。
「あっ!?」
と、兵士はあっさりと身体の自由を奪われ、地面に転がる。
聖国の民衆たちからは小さな悲鳴が上がったが、作業をしていたラングミュア兵や、見ていた森林国の戦士たちからは拍手と喝さいが上がる。
「仲間はお前を庇おうとしたのになぁ……」
素直に認めた男は三日間独房で反省したのち、清掃作業などの奉仕を町で一定期間行うことで許されたが、逃げた男はそうはいかなかった。
その末路を、募兵しながらようやく王都へと到着したデニスたちが見つけた。
「あれは……」
崩れた正門前で簡素に組み上げられた処刑台。
そこに複数の人間が吊るされて死体を晒しており、それぞれの罪状も掲示されていた。その中に、件の兵士も含まれている。
「ちっ、馬鹿な真似をする奴がいたもんだ」
デニスと共にいたブルーノが兵士の罪状を読み、吐き捨てるように言った。
こうして、ヴェルナーは聖国の民衆に犯罪に対する厳しい姿勢と同時に、聖国民衆とラングミュア兵らの扱いに差をつけることは無い、と見せつけた。
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