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142.制圧

142話目です。

よろしくお願いします。

 森の戦士たちの動きは素早く、そして静かだった。

 高い塀に囲まれている聖国王都ではあったが、先日の砲撃による傷跡は大きく、正門周辺はかなりの部分が崩れたままになっている。

 陽が落ちた暗闇の中で、やる気のない見張りがいるだけの道など、彼らにとっては通過するのは造作もない。


 大人数だが、それぞれ少数に分かれて大部分が塀の外で待機しており、先に監視を潜り抜けて潜入した者たちが縄梯子を外へと投げることで全員が無事に侵入を果たす。

 侵入個所はそれぞれの襲撃場所近くに分散しており、うち一か所からアシュリンも乗り込んだ。

「では、自分には五人ついて。他はここで脱出路の確保を任せる」


 アシュリンの指示に、森林国の戦士たちが素早く分かれた。

 今回の作戦が上手くいけば脱出の必要は無いが、もし問題が発生すれば一時退避してヴェルナーの指示を仰がねばならないのだ。

「わかりました。この場所はお任せを」

 男たちを率いたアシュリンは、頭に叩き込んだ地図を思い浮かべながら、一か所の建物を目指す。


 その建物は地味な平屋の木造住宅であり、外見的には何の特徴もない。大通りに繋がる道の目印がなければ、アシュリンは見落としていたかもしれないほどだ。

「正面は自分が行く。逃げる者は任せた」

「わかりました」

 すっかり指示に慣れたアシュリンは、いつもの長い槍ではなく、短剣を握った。室内戦闘では槍は不利になるからだ。


「すぐに突入する」

 と、アシュリンは真正面にある木の扉を前蹴りの一発で吹き飛ばすと、そのままの勢いで中へと突入する。

 中は単純な作りで、入ってすぐに広い部屋があるだけだ。奥に小さな部屋くらいはあるかも知れないが、見た限りこの部屋が一番広いらしい。


「な、何者だ!」

 中には数人の人物がおり、突然躍り込んできたアシュリンに対して驚き、半数が椅子から立ち上がった程度で、ほとんど硬直に近い状況だ。

「静かに。抵抗しなければ殺しはしない。だが、無謀なて……」


 アシュリンが離している途中で、一人の男が走り出し、裏口へと向かう。

 そのまま逃がしても森の戦士たちに捕まるだろうが、アシュリンは彼らに頼ることはしなかった。

「ふっ!」

 小さく息を吐いて、手近にあった椅子を一つ投げる。


 身体強化魔法を使ったアシュリンの投擲により、木製の椅子は高速で一直線に飛び、逃げ出そうとした男の後頭部を痛打する。

「あっ……」

 言葉というより口から声が漏れたという様子で、椅子が砕けるほどの勢いで頭を殴りつけられた男は絶命した。


 倒れ伏し、鼻血を大量に流しながらピクリとも動かない男を見て、他の者たちは息を飲む。

「……無謀な抵抗をした場合、一人残らず殺しても良いと命じられている。長生きしたければ、大人しく両手を上げて外へ」

「い、一体何者なんだ?」

「それを知る必要は無い」


 アシュリンのグループは怪我人すら出さず、他のグループも負傷者は出しながらも問題なく反対派の制圧を終えた。

「全て完了。捕らえた者は聖国の協力者へ引き渡す」

 敵を瓦解させることが目的であり、移動を続けているラングミュア軍が余計な捕虜を抱えておくのは無駄だ、というヴェルナーの判断だ。


 覇権を争っていた相手に引き渡された者たちがどのような目に遭うかはわからないが、アシュリンはそのことについて考えないことにした。

 アシュリンは自分の騎士としての在り方を、ヴェルナーの考えることを達成するための腕だと考えていた。

 余計な口出しもしない。


 しかし、突然の捕縛騒動に騒然としている王都内から出たアシュリンたちがヴェルナーがいる本隊と合流した時に聞かされたヴェルナー毒殺未遂については、別だった。

「……すぐに追いましょう」

 怒りに震えるアシュリンの声が響くと、イレーヌがそっと両肩に手を置いた。

「落ち着いて。あたしたちは陛下の命を待つべきでしょう?」


 そうだった、とアシュリンは大きく息を吸い、ヴェルナーの言葉を待った。

 アシュリンが目を向けると、ヴェルナーは任務を終えた森の戦士たちの功績を評価し、信を置くと明言しているところだった。

 些か信用するのが早いのではないか、とデニスあたりがいたら注意をしそうなことだが、森の者たちが純粋であることはアシュリンもわかっている。


「疲れているところを悪いが、すぐに次の動きを行う」

「王よ。気遣いはありがたいが、あまり見くびらないでいただきたい。この程度の仕事で疲れるほど、森の戦士はヤワではない」

「そうか、これは悪かったな」

 肩をすくめたヴェルナーは、森の戦士たちとラングミュアの兵たち、そしてアシュリンら騎士たちを集めた。


 聖国王都の前で堂々と行われたことであり、朝日が昇り始めた眩しい光が満ちるころ、ヴェルナーの姿は神々しいまでに輝いていた。

「先ほどの曲者についてだが、今は放っておく。逃げた先もわからない状態で、大軍が無秩序に追いかけまわしても結果は出ない」

 だが、とヴェルナーは拳を握る。


「この俺や、その忠臣たる諸君を毒によって卑劣な罠にかけようとしたことを許すつもりは無い。いずれまた何かしらの方法で攻撃を仕掛けてくるだろうが、逆にその時こそ敵の尻尾を捕まえる機会だと思う。そして同時に、お前たちが戦功をあげる機会だ!」

 おお、と兵士たちがどよめいた。

 ヴェルナーは工作による攻撃を発見したことも戦果として認めると明言したのだ。


「砂漠国、そして森林国に続き、この聖国もラングミュア王国の軍門に下った。そして、それは今から聖国の民衆が知るところとなるだろう。だが、これは終わりではない。さらに強大な敵との戦いの始まりでもある」

 強大な敵が帝国であることは、誰もが承知していることだった。

「グリマルディがどう動くかはわからないが、敵になろうとも大した問題ではない。ただ、戦後に後悔するだけだ」


 ヴェルナーは毒殺未遂について考えた挙句、兵士たちを鼓舞する材料にすることに決めたのだ。

「策はすでに動いている。兵士諸君には俺の指示に従って動くことを期待する。兵士たちを捨て駒にするような策は採らない。また、無謀な突撃や馬鹿な玉砕を命じることもないと約束しよう」


 ヴェルナーは約束という言葉を使って、兵士たちに寄り添うように言葉を紡ぐ。

「勝利は当然の目標だが、必ず果たさねばならぬことは、諸君の無事な帰還だ。そしてすべてが終わったとき、帰郷して家族に伝えよう。やばり我が王国が最強であったと。自分がその一部として戦ったのだ、と」

 ヴェルナーは兵たちに背を向け、聖国王都へと目を向けた。


「では、これより聖国王都へと入る。堂々と、胸を張って入ろう。ここは聖国だが、同時に今は我々の国でもあるのだ。誰にはばかることもない」

 そう言って歩みを進めるヴェルナーに従い、一千名の兵士たちは整然と聖国王都へと入って行った。

 主流派の配下である門番たちは、彼らをただ敬礼のまま見送った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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