6-3
斬雄とクローディアが同時にオルランドから距離を取る。
オルランドは迷うことなく斬雄に向かって疾走した。
「チッ、俺か」
「小細工は得意だろう? 何かをする間もなく潰す」
その速度は鎧を身につけていることを全く感じさせないものだった。
鎧から反射する青い光が線を引く。
「炎閃」
クローディアがオルランドを狙い撃つ。
オルランドは迫り来る熱線を一瞥することすらなく、鋼鉄を溶かし尽くすほどの熱が直撃した。だが、外装骨格には傷一つ負わせることはできず、その速度を減ずることすらできていない。鎧を装着するまでは、通用していた魔術による牽制が全く機能していなかった。
これ以上の魔術は無意味と判断し、クローディアは地を蹴った。彼の狙いは明白だ。斬雄とクローディアは、個人の技量ではオルランドには敵わない。二対一だからこそ拮抗することができている。故に徹底的な各個撃破。壊剣が振り下ろされる。
斬雄は極限まで脱力し、揺蕩う霞のように、斬撃を受け流した。そして、相手の斬撃の力すら利用して回転、加速する。
――黒鉄逸刀流 漆之型 群撫子
加速した勢いで斬りつけようとした瞬間。
「ぐっ」
オルランドが剣を振り抜いた姿勢のまま、肩から斬雄に向かって突進する。
全身がバラバラになりそうな衝撃。斬雄の肋骨に罅が入り、痛みが走った。
しかし、オルランドの猛攻は止まらない。吹き飛ぶ斬雄に並走する。そして、態勢を整えられない斬雄に向かって、その暴虐の刃を叩き込んだ。
「……谺手繚乱」
大地から伸びた木の蔓で足を引っ張り、斬雄は斬撃から逃れる。そのまま地面を転がりながら即座に顔を上げた。その時にはすでに眼前に黒死の鉄塊が迫っている。
「白光ッ!!」
光の剣がオルランドの胴に向かって放たれる。しかし、彼はそれをわずかに剣を捻ること防いだ。無理な姿勢から魔法剣を放ったことで、クローディアの態勢が崩れる。そこに追い打ちをかけるように、オルランドの飛び蹴りが彼女の腹部を直撃した。
「かはッ」
クローディアが腹部から押し出された空気を吐き出し、吹き飛ばされた。
そして、オルランドはすぐさま斬雄の方を向き直る。ターゲットは未だ変わっていない。
収束する殺意。迫り来る冷たい死の連鎖。逃れ得ぬ逃走劇。
「どうしたッ! 蟲のように逃げ回るだけか!!」
逃げても逃げても、その黒い鋼は追いかけてくる。
「黒鉄斬雄! テメェには何も守れやしねぇッ!」
蹴撃、殴打、突進を受け、それでも大剣の直撃を避けることに全霊を尽くす。
だが、それだけでは事態を打破できない。活路が必要だった。
しかし、それを思考する隙すらない。眼前の死から逃げるために全てを使い尽くしてしまう。
「テメェの力じゃ、俺には届かねぇよッ!」
いや、それが何だというのか。隙があろうがなかろうが関係ない。それでも考えろと斬雄は前を向いて、刀を構え、思考を回す。
詠唱を省略する“略式詠唱”の魔術では外装骨格を貫通できない。本来、魔術とは“完全詠唱”あるいは複数人による“重奏詠唱”を以て真の力を発揮することができるものだ。略式詠唱は戦術的意義も高く、高等技術ではあるが、本来の威力と比べれば数段以上に出力が落ちてしまう。魔術で鎧を破るには、完全詠唱による高位魔術をぶつけるしかない。しかし、目の前の英雄はおそらくそれを最大限に警戒している。確実に詠唱の隙を潰しに来るだろう。
その隙を斬雄もしくはクローディアの一人で守り切ることは不可能だった。あの壊剣と打ち合うのは、周囲の被害を無視して、自身の身を守ることに専心してやっとできるどうかというレベルだ。
さりとて先程の爆発のような小細工が何度も通用するはずもない。それ以前にそのような小細工を弄する隙もない。今もなお殺意の車輪が回り続けている。
魔術では不可能。小細工は無意味。
ならば打倒する方法は一つしかない。剣技を以て目の前の怪物を上回ること。それこそが唯一の勝利への道筋に他ならなかった。
「ッ!」
斬雄は、オルランドの剣戟を迎え撃つように、全霊の一振りを放つ。
だが、不可能だ。
――巨大な断崖を幻視した。
受け止められない。受け流せない。オルランドの剣技は隔絶している。踏み込みが足りない。経験が足りない。力量が決定的に足りていない。斬雄の剣では後一歩が常に及ばない。
彼の刃が届く前に、虫のように叩き潰される。それでおしまいだ。
「はぁぁぁぁッ!」
──だが、そうはならなかった。
クローディアの斬撃が背後からオルランドの首を狙う。その時、斬雄とクローディアの視線が交差した。二人の刃が同時にオルランドを襲う。示し合わせたような完璧な連携。
「ああ」
それすらも無意味。絶望的な力の差。オルランドは上半身を倒し、クローディアの剣を易々と躱し、カウンターの裏拳を二人に叩き込んだ。弾き飛ばされた二人が建物にぶつかり、崩れ落ちる瓦礫に飲まれ、土煙に巻かれる。それでもなおオルランドは一切手を緩めることがない。彼は斬雄に向かって走り出し、土煙の中に向かってその大剣を振り降ろす。
「煙霞隠遁」
土煙を押しのけるように大量の霧が現れる。目くらまし。また小細工かとオルランドは構わずに大剣を振り抜いた。当たった感触はない。ならばとそのまま刃を振り上げ、霧を払う。
その隙を縫うように斬雄がオルランドの脇を駆け出した。逃げたわけではないだろう。一対一では敵わないからこそクローディアとの合流を図る。
「はぁ、妙な勘違いをさせちまったみたいだな」
オルランドはそう口にして、斬雄を追いかけた。
「二対一でもお前らじゃ俺には届かねぇよ!」
並び合う二人に向かって咆哮。滑るように肉薄し、その壊剣を振るう。そして、言葉に違わぬ光景が繰り広げられる。二人纏めて薙ぎ払う威力の斬撃。一人が二人になったところで、力を足して二倍にはならない。攻め手は増えたが、それだけだ。大剣の直撃を避けるので精一杯。凌いだところで反撃の手がなければ、勝ち目はない。
「体力勝負の持久戦なんてせこいことは言わねぇ。二人纏めてこの剣で沈めてやるよ」
勝機の見えない戦い。しかし、その只中にあっても、二人の目には強い闘志が宿っていた。斬雄とクローディアは再び駆け出し、その刃を振るう。
剣撃は激しさを増す。いつ死んでもおかしくない場面は幾度もあった。
それでもなお、斬雄とクローディアは生きていた。
鎧の奥底にあるオルランドの目に苛立ちが紛れる。
力の差は見せているはずだ。二度と同じ小細工は通用しないこともわかっているはずだ。勝ち目はもはやないと理解しているはずだ。
なのに、なぜこの二人は諦めない。絶望しない。立ち上がり続ける。
潰しても潰しても潰しても、わずかな死線の隙間を潜り抜けてくる。
二人の目には意志が宿っている。決して我武者羅に、無策のまま走る者の目ではない。嗚呼、その目を知っている。自らの力で世界を切り開くという意志。過ぎ去った轍を見る不快感。
斬雄がオルランドの大剣を受け流す。クローディアが切り込んでくる。二人の全身から汗が吹き出す。
一合を凌いでも、思考に避ける時間はたった0.1秒だ。
それでも思考は止めない。
0.1秒をいくつも重ねて、二人は敵を打倒する道筋を思考する。
そのために不要なものを削り取っていく。
無駄を削る。
眼球運動、筋肉の制動、剣を握る指先の擦れ。
呼吸を削る。
ひと呼吸を深く、短く、速く。それを忘れたように。
信念を削る。
雑念は不要だ。戦う理由など考えたところで何の意味もない。
ただ、剣を振るうことに専心する。
その度に二人の刃は細く、細く研ぎ澄まされていく。
──だから、だから何だというのか。
その程度で彼我の差は縮まらない。
オルランドはその悉くを捻じ伏せる。
剣戟が響き渡る。
一合、二合、三合、連なって、何十合と積み重なっていく。
未だ二人の剣はオルランドに届かない。




