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竜星は廻る。  作者: 雅也
序.連理の剣を持ちて比翼は舞う

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3-3

 再度訪れたガーダム孤児院は静寂を保っていた。


 クローディアが呼び鈴を鳴らす。


 応答がない。


 二度、三度押す。


 やはり応答がない。


 一度目の訪問時は職員がすぐに出てきて対応してくれたが、今、返ってくるのは反響するベルの音のみだ。


 ただ職員が出払っているだけなのかもしれない。憲兵隊はすでに進展なく帰ったのかもしれない。気のせいならばそれでいい。しかし、もしそうでないならば……。


「突入します」


「はっ」


 クローディアが心意によって、身体を強化する。


 何かがいるのであれば、こちらに注意が向くよう、大きな音を立てて扉を蹴破った。


 玄関から長い廊下が伸びている。大きな音が鳴ったにもかかわらず、やはり誰も出てこない。


 クローディアが指示を出そうとした瞬間、奥の突き当たりから人影が見えた。


 まだ十にも満たない年ごろの少年だった。クローディアはその少年の顔を見て、彼が孤児院から失踪した孤児の一人であると気づく。しかし、見つかった。と安堵することはできなかった。少年の瞳はどこか虚ろで、足取りもおぼつかない。明らかに様子がおかしい。


「マルセル」


 クローディアの言葉に頷き、マルセルは悪霊を探知する魔術を発動する。


「光索(シルカーレ)」


 中空に光の環が浮かび上がる。環が弾け、粒子となって霧散する。


「悪魔です」


 マルセルがそう言った時だった。


 少年の口が裂けるように開く。


 その奥底に目が見える。何かがいる。


 キヒヒ、キヒ、キヒヒヒヒヒヒ。笑っている。


 少年の口からコールタールのような汚泥が溢れ出し、その体を覆う。


 全身は黒く塗りつぶされ、背中からは黒い粒子が細くたなびき、それは翼と尻尾のようにも見えた。


 つるりとした顔に、ぎょろりと目が生える。金色の瞳。中心には山羊のような横長の黒い瞳孔。


 悪魔が砲弾のように飛び出し、クローディアたちに襲いかかる。


「風精霊の羽衣(シルフィードベール)!」


 エルヴィスは即座に前に出て、自らの力を解放した。風の衣が彼の身を包み、攻防一体の武器となる。


 抜き放った風を纏う剣と、黒い刃に変形した悪魔の手が激突する。


「な、なんだこの力は!」


 子どものものとは思えぬ尋常ならざる膂力。その異常を危険と判断した、エルヴィスは一切の加減なく、剣を振り払った。次いで吹き荒れる暴風が収束し、悪魔の身を穿つ。


 吹き飛ばされた悪魔の胴に風穴が開く。


 キヒ、キヒ、キヒヒ。


 悪魔は傷を物ともせず、不気味にケタケタ笑っている。そして、瞬く間に傷口から肉が盛り上がり、螺旋を描くように塞がっていく。


「光帯縛鎖(ルミナスカテナ)」


 クローディアが魔術を発動する。


 光の帯が鎖の形を描き、悪魔の方へ殺到し、その体を拘束する。


「マルセル、あれはどういうことですか?」


「悪魔が有する再生能力です。例えどれほどの重傷であれ、瞬時に再生する。悪魔祓いの口伝ではそう伝わっていますが、これ程とは驚きました」


 その声音には感嘆と畏怖が入り交じっている。


「しかも、あれは悪魔の中でも最も等級が低い存在です。出来損ないに近い。依代の肉体が未成熟な子どもなのが理由でしょう」


「なっ! あれがか!?」


 エルヴィスは驚愕する。


 眼前の悪魔はそこらの兵士をも凌駕する戦闘能力を有していた。大型の獣相手でも余裕をもって拘束できる程の強度を有する光帯縛鎖だが、悪魔がもがく力ですでに罅が入り始めている。


 このような怪物がマルセルが地図に打った点の数だけ存在するとすれば、あるいはより上位の悪魔が存在するのであれば、迅速な対処が必要だった。決して外に出すわけにはいかない。


「対処法はありますか?」


「悪魔を正面から滅するのであれば、一撃で全ての細胞を破壊する必要があります。オススメは燃やすことですね。逆に凍結はダメです。動きは止められますが、細胞が壊死するスピードより再生の方が速い」


 クローディアは奥歯を噛み締めた。一撃で消し飛ばす。その術がないわけではない。しかし、その方法で滅してしまえば、取り憑かれている子どもは見殺しになる。


「エクソシズムでは対処できないのですか?」


 覚悟はある。だが、その覚悟を示すのは、他の選択肢を全て検討してからだ。


「無論できますよ」


 そして、マルセルは肩透かしなほどにあっさりとそう言った。


「要領は悪霊退治と同じです。悪魔の中にあるその力を浄化すれば、取り憑かれた人物も救うことができるでしょう」


「なら、そっちを先に言え!」


 エルヴィスが思わず抗議の声を上げる。クローディアも呆れ顔だ。その様子にマルセルはくつくつと笑った。


「ははは、失礼しました。ではお二人とも下がっていてください」


 マルセルはもがく悪魔の前に立つ。


 十字を切る。十字は光輝竜信仰において最もポピュラーなシンボルである。


「光の御名のもと、私は汝に問う」


 聖句を告げる。光輝竜に捧げる祝詞。その完全詠唱。


「澄み渡る星の傷 清廉なる光の水 善と悪 内と外 清浄と汚濁 境界を分かつ線を引く」


 それは力の制御を助け、より高い出力の魔術行使を可能にする。


「――祓魔(ヴァーデレトロ)」


 迸る光が悪魔を包み込む。


「キヒッ!?」


 悪魔から笑みが消え、もがき苦しみ始めた。ペリペリと黒い外皮が白く変色し、変色した部位から消えていく。


 やがて悪魔の殻が剥がれ、元の少年の姿が露わになった。少年は気を失っており、そのまま地面に倒れ込む。マルセルはそれを抱き止め、呼吸を確認した。


「生きています。念のため完全詠唱を行いましたが、祓魔(ヴァーデレトロ)で無事に浄化できるようですね」


「……知らなかったのですか?」


「何分、初めて見るものですから」


「成程、理論と実践は別ということですね」


 クローディアは、対処法が確立できたことに、ホッと胸を撫でおろす。


「お嬢様、失踪した子どもが悪魔の姿となっていたということは……」


「やはり孤児の失踪と悪霊事件には関連性があったようですね」


 であれば、アイシャの件も何か関わりがあるのだろうか。


 いや、今は思考している時間ではない。


「皆、散開して内部を探索してください。何かあれば音で知らせるように。悪魔の相手はマルセルに任せ、遭遇した際は防御に専念してください」


「はっ!」


 エルヴィスとファミリーの構成員たちが内部の探索を開始する。クローディアとマルセルがその場に残された。


「お嬢様、私は一旦こちらで待機します」


「ええ、お願いします」


 クローディアは頷いて、自身も探索を開始する。気にかかるのは院長と職員、憲兵隊の行方である。一

直線で院長室へと向かう。院長室があるのは、一階の奥まった場所だ。


 部屋の近くに来ると、かすかに争うような物音が聞こえてくる。速度をさらに上げる。


 扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは鮮血だった。


 来客用の革張りのソファに倒れ込む、軽鎧姿の男が一人。その瞳孔は開き切っており、すでに絶命していることが一目でわかった。そして、その死体の先には悪魔と、その腕に腹を貫かれた別の男の姿があった。


 それを見たクローディアの判断は早かった。悪魔がこちらを認識するまで間もなく接近し、その腕を切断し、流れるように壁際に蹴り飛ばす。悪魔が壁に叩きつけられた衝撃で、近くの窓ガラスが大きな音を立てて割れた。


「光帯縛鎖(ルミナスカテナ)」


 さらに魔術によって悪魔を拘束する。


 そして、ポケットから出した緊急用のホイッスルを吹いた。ピィーッという音が院内に響き渡る。


 倒れ伏す男の様子を見る。心臓を貫くように腕が突き刺さっており、口元から多量の血が零れている。そして、その拍動は完全に停止していた。


 殺された男たちは二人とも、孤児院の前ですれ違った憲兵隊の者たちだった。


「……憲兵隊長はどこに?」


 クローディアは周囲を見渡し、奥の壁に倒れ込むコルマク・イスハークの姿を認めた。見た感じ、頭部から出血はしているが、それ以外に目立った外傷は見られない。


「ち、ぃ、か」


 コルマクは、引き絞るような声と共に、震える指先で一点を差して、そのまま意識を失い俯いた。


 クローディアは彼の近くに駆け寄り、脈を確認する。


「気絶しているだけのようですね」


 そう胸を撫で下ろす。彼女は羽織っているジャケットのボタンを外し、Yシャツの裾辺りを引き裂いた。それで出血部を縛りつけ、簡単に止血をする。患部はそのままの状態で心臓より高い位置にある。下手に寝かせるより、このままの姿勢の方がいいだろうと判断した。


 残念ながら、クローディアは治癒魔術を不得手としている。得意なのは攻性魔術で、拘束等は使えないこともないが、治癒となると、全く扱えない。後は治癒魔術を得意とするマルセルの到着を待つしかなかった。


 その間、クローディアは彼が指差していた先を確認することにした。そこには院長が使っているデスクがあったが、どこか違和感がある。その原因にはすぐに思い至った。一度目の訪問時に見たときと、デスクの位置が少し変わっているのだ。近くへ寄ると、デスクが元あった場所の床に、地下に続く階段があった。


 クローディアが階下の様子を探っている間に、悪魔が拘束を引き千切る。鎖は光で出来たものであったため、音は出なかった。悪魔が静かに、その指先を刃のように、鋭く伸ばした。獰猛に、嘲るような笑み。そして、背を向けたクローディア目がけて、その殺意を振り下ろす。


「お嬢様!」


 駆けつけてきたエルヴィスが大きな声を上げる。


 クローディアが背後を振り向く。眼前に鋭い爪が迫っていた。彼女はそれに対して眉一つ動かさず、その腕をするりと絡め取り、そのまま捻り上げ、地面に叩きつける。


「キヒッ!?」


 再度、クローディアは光帯縛鎖(ルミナスカテナ)を発動して、拘束する。


「お嬢様、ご無事ですか?」


 エルヴィスが駆け寄ってくる。遅れてマルセルや他の構成員たちも到着する。


「問題ありません。マルセル、彼を」


 クローディアが視線を向けた先を見たマルセルが、真剣な表情で頷き、コルマクに駆け寄って、治癒魔術を施す。クローディアはそちらはマルセルに任せて問題ないと判断し、ファミリーの構成員たちに指示を飛ばす。


「ブラッド、教会に行って援軍を呼んできてください」


「ネイサン、孤児院から悪魔が出ないように見張りをお願いします」


「デリック、この部屋の出入り口の見張りを。何かあれば即座に知らせるように」


 命じられた三人が指示に従って行動を開始する。


 エルヴィスがクローディアの傍に寄り、地下への階段の存在に気づく。


「悪魔はここから?」


「ええ、おそらく。子どもたちが消えた先も同様でしょう」


 謎の一つであった目撃者の不在は、何のことはない、そもそも外に連れ出していないから、ということだろう。


「院長たちの姿が見えませんね、もしや……」


「……確かに、彼らが犯人であれば、痕跡が残っていないことにも説明がつきますね」


 就寝中の子どもたちを起こし、ただここに連れてくればいい。孤児院全体がグルだったのであれば、証言についても問題は起こらない。


 しかし、疑問は残る。なぜここまで派手な行動を起こしたのか。


 この地下の仕掛けを知らなければ、真相に気づくまでかなり時間はかかっただろう。だが、クローディアたちが孤児院に何かあると感づいたように、三十人弱もの孤児の失踪という大きな事件となってしまった以上は、多くの捜査の手が入り、知られてしまう可能性は高まる。


 全く気づかれたくなかったのであれば、事件の規模を抑え、少しずつ気づかれないように消していくべきだ。それこそ独り立ちして、都市を出たということにしてしまえば、事件が表面化することすらなかったはずだ。ではなぜそうしなかったのか。


「気づかれても構わないと思っていた?」


 クローディアが周囲に聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。


 少しして、援軍が到着する。スーツに身を包んだ戦闘員が十人、修道士が五人だ。マルセルは、一通りの処置を終えたコルマクを修道士の一人に預け、そのまま悪魔の浄化を行った。


 悪魔の浄化が完了したのを確認し、クローディアは魔術を発動する。


「光球(ルクスピーラ)」


 空中に発光する球体が出現する。その光が地下へ続く階段を照らす。


「地下へ突入します。私に続いてください」


 構成員たちを率いて、クローディアが地下の階段を下っていく。程なくして、長い廊下に辿り着き、そこを進むと大きな空間に出た。


「ここは……」


 クローディアの呟きが壁に反響する。


 石造りの壁に囲まれたその部屋には薬品の匂いが漂っていた。置かれた棚には薬品の瓶が並び、テーブルの上には資料が散らばっている。何かの研究室のような部屋だった。


「お嬢様!」


 その大部屋から繋がる通路の奥から悪魔が次々と姿を現す。


「子どもたちは皆、悪魔にされていた、というわけですか」


 予想はしていたことだ。しかし、眼前にある現実にクローディアは嚇怒を抱いた。


「防御陣形! 迅速に全員を救います!」

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