15 カリストの想い(カリスト)
王女殿下の成人を祝う式典と舞踏会の日、邸に帰ったカリストは、玄関ホールで待ち構えていた義姉であり、公爵夫人でもあるアイダにつかまってしまった。
強引に応接室に連れ込まれる。
「あなた、アルベニス魔法伯にプロポーズしたんですって⁉ どういうことなのか、話してもらうわ!」
つい先ほど舞踏会で起こったことなのに、どうやって情報を得たのか義姉の耳の速さには脱帽だ。
「あなた、リズさんをずっと探してたじゃない⁉ 彼女はあきらめたということ? それとも、誰かに脅されでもしたの? いったいなんで急にこんな話になっているわけ?」
「落ち着いてください。順を追って話しますから」
全て話すまでは部屋から出ることを許さない、そんな圧を感じながら、カリストは、リズがいなくなった時のことを思い出すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
『カリスト、この子は、あなたの子どもじゃないの』
カリストは、その事実を知っていた。
だから、むしろ、そのことをリズの口から聞けたことに安堵した。
ここからだと思った。
ここから真実を聞き、リズがカリストに助けを乞うのならば、一緒に考えてやれると思ったのだ。
夜中に忍んで来たあの男は、恋人ではないかもしれないし、それを彼女の口から聞くまでは、希望があると思ったのだ。
『だましてごめんなさい』
けれど、リズはそれだけ言うと立ち上がった。
止める間もなかった。
追いかけるカリストの手をなんなくかわして、部屋を飛び出していく。
カリストが部屋を出た時にはリズの姿はなく、どちらへ向かったのかもわからなくなってしまった。
リズの部屋には、事情を書いた手紙が残されていた。
そこには、おなかの子どもがカリストの子どもではないこと、リズが公爵家の財産を狙って近づいたこと、王都の叔父と叔母は何も知らないのでどうか許してほしいと言うことが書いてあった。
リズの行動は、嘘がばれるのが怖くなって逃げ出したと考えるのが普通だ。
けれど、カリストはあきらめきれず、その手紙を誰にも見せずに懐にしまった。
そして、いなくなってしまったリズを探し始めた。
数か月の捜索を経てわかったのは、リズという存在は、あちこちで痕跡を残しているのに本人に会うことがけしてできないということだ。
(彼女の意思で身を隠している、ということだよな)
もう、認めるしかないだろう。
(彼女は、悪意を持って俺に近づいて、罰されるのが怖くて、逃げ回っているんだ)
そもそも、彼女は子どもができていなかったらカリストに会いに来ることすらしなかったはずだ。
子どもも、おそらく部屋に忍んできていたあいつの子どもに違いない。
(未練がましいな)
証拠がないから彼女の口から聞くまでは、とずるずると待ち続けていた自分に一番呆れ果てているのは、カリスト自身だった。
──そして、カリストは、リズを待つのをやめた。
◇◇◇◇◇◇◇
「なんですって、リズさんのおなかの子どもは、あなたの子どもじゃなかったですって⁉」
いつもはとりすました公爵夫人が、呆けた顔をしているのが新鮮だ。
「わからないわ、カリスト。それも、初めから知っていたですって? 知っていたのに、あなたは、リズさんにプロポーズをして、離れにまで住まわせて、いなくなってからも、こうやって、毎日手を尽くして彼女を探し回っていたってこと?」
「離れに連れてきたのは、義姉上です」
「おだまりなさい」
アイダは、手に持っていた扇をびしっとカリストに突き付ける。
「わかったわ。エクスデーロ公爵家をだました罪を問う必要があるかと思ったけれど、あなたが知っていたのならば、だまされたことにはならないわね。それに、追及しても、世間の笑いものになるのはあなただものね。未練がましすぎて、正直痛々しいわ」
(憐みの目で見るのはやめてほしい)
義姉の言葉よりも、その視線のほうが、ぐさりとくる。
「──それで、もうあきらめはついたということね」
「はい。もう、彼女は探さないことにしました」
「そうね、それがいいわね。私も見る目がなかったことを反省するわ。ちなみに、このことは、ロナンは知っていたのよね?」
「はい」
「そう、あの子ったら、報連相がなってないわね。しつけ直さないと」
(すまん、ロナン。犠牲になってくれ)
アイダの興味は、アイダの実の弟にしてカリストの幼なじみでもあるロナンに向かってくれたようだ。
ではこれで、とカリストはいそいそと立ち上がるが、扇でぱしりと肩をたたかれ、再びソファ座る羽目になる。
「お待ちなさい、質問はまだ終わっていなくてよ! それじゃあ、次の質問よ。もうひとつ私がわからないのは、そんなに馬鹿みたいにリズさんに夢中なあなたが、裏でイリス=アルベニス魔法伯と子どもを作っていたってことよ」
カリストはため息をついた。
どのみちこの義姉に隠し通せるとは思っていなかった。
「義姉上にだけは申し上げます。アルベニス伯の子どもも、俺の本当の子どもではありません」
「やっぱり」
「アルベニス伯が、王弟殿下に迫られて非常に困っていたので、彼女を助けるために、結婚することになりました」
「それじゃあ、あなたは人助けのために、結婚するって言ったの?」
うなずくと、アイダはあきれたようにカリストを見つめた。
「カリスト、あなた、二度も、他の男の子どもを身ごもっている女性と結婚しようとしたのよ……それも、魔法伯に関しては、愛してすらいないわ。あなたが心配よ、カリスト。自暴自棄になっているんじゃなくて? あなたがそこまで自分を犠牲にする必要はないのよ?」
(初めは、そう思ってお断りした。しかし……)
けがの治療を拒否した時の彼女の毅然とした態度、王弟殿下に迫られて困り切っている彼女の姿が、カリストの脳裏に浮かぶ。
「アルベニス伯は立派な方です。純粋に彼女をお助けしたいと思いました。彼女に手を差し伸べずには、いられなかったのです」
「過去の想いを残したままだと、魔法伯に失礼よ」
「もう、心の整理はできています。それに、彼女に抱いている感情は、義姉上が期待しているものとは違いますから」
(高貴な精神を持つ方をお守りしたいと考えるのは、騎士として当然のことだ。愛や恋とは違う)
そう言うと、アイダは、表情を緩めた。
「わかったわ。夫が外交で帰ってこられないのだもの。私が家門の代表として魔法伯にご挨拶するわ。予定を立てて頂戴」
「ありがとうございます」
(彼女に失礼のないように、ふるまおう。もう、リズのことは忘れて、俺は前を向くべきなんだ)
こうして、イリスは、公爵邸へ再び招かれることになった。




