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2-3話 俺は冒険をする

 モル姉に連れられて部屋の外に出る。

 俺が自室として借りている部屋は、ギルドハウスの2階。

 一番奥にある角部屋だ。


 実家はあるけどあまり行ってない。

 そこもモル姉が定期的に掃除してくれている。

 そのことについては、やっぱり俺の実家だし俺が掃除することを申し出た事があるんだけど、なんでも母さんとの約束だから自分がやるとモル姉が譲らなかった。


 朝食を食べに1階のテーブルの方へ歩いていくと、見覚えのある背中が見えた。


「あれ、リンドーじゃん!」


 リンドーがこっちを見る。


「おー、スタン。どうだ村のみんなからの依頼は順調か?」


 俺はリンドーの向かいに座った。

 リンドーの朝飯はみそ汁と焼き魚とご飯。

 俺はモル姉にお握りとみそ汁をお願いした。


「んー。普通の畑仕事とか荷物運びとかは問題ないんだけどね。」

「そうか。」

「よその村への買い出しに付き添ったりするとき、魔物に出くわすとどうしようもない…ね…。」

「だろうなぁ。聞いたぜ。スライム一匹に返り討ちにされたんだって?」


 嫌な事を聞かれた。


「うん。流石にスライムくらいどうにかなると思ったんだけどね…。」

「そりゃな。ステータス0じゃ殴ろうが蹴ろうが魔物に対してはダメージ0だろうしなあ。」

「なんだよ、そんないい方しなくてもいいじゃん!」


 つい、声を荒げてしまった。

 

「気持ちは分かるが落ち着け。怒ってもステータスは変わらねぇぞ。」

「リンドーはいいよな! 怪我が治ればまた冒険者に復帰できるんだからさ!」

「だから落ち着けって。冒険者はいついかなる時も冷静さが必要だって言ってるだろ。」

「俺はもう冒険者になれないって、リンドーが一番よくわかってんだろ!!」


 違う、そうじゃない。

 俺がもう冒険者になれないと思っているのは俺自身だ。

 リンドーは騒ぐ俺を気にも留めず、お茶をすすりながらそんな俺を見透かしてこう言った。

 

「なんだ、もう諦めたのか。何もする前から諦めるような奴だったとは流石に思わなかったよ。」

「ッ!!」


 気付かされた。

 確かに俺は、自分がステータスを封印されて以前のように戦う事ができない事を理解してから、何もしていない。

 状況を打破するための、現状を覆すための何かを何もしていない。


 リンドーは俺の底の浅さを指摘したんだ。

 冒険中に起きた絶体絶命のピンチに、お前は何もせず『もう無理だから』と諦めるのかとリンドーは言っているんだ。


「だからって、何を、何をどうしたらいいんだよ。」

「さぁな。ただ、一つだけ言えることは、危機的状況に陥った時に何ができるかどうかは、それまで何を考え『自分の引き出し』を作って来たかだ。今のお前は祖の引き出しに何も入っていないから途方に暮れてるってわけだ。流石にこの状況を想定していなかった事を責めたりできねぇが、空っぽなら詰め込んでいけばいい。」


 リンドーが俺にその言葉の続きを告げようとしたとき、とんでもない殺気を放ってモル姉が飛んできた。

 

「くぉんのぉ、脳みそ筋肉バカ剣士がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

「あっ…やべ…」


 リンドーの横っ面をモル姉が愛用のハンマー『鬼鉄塊』で捉え渾身の力で振り抜く。


「珍しく朝ごはんなんか食べに来たと思ったら、スタンちゃんに酷いこと言って! 今日という今日はミンチよりヒデェ状態にしてあげるわ!!」


 モル姉はその昔、リンドーと肩を並べるほどの冒険者で『クレイジーバーサーカー』と呼ばれていた。

 強さを追い求め、狂ったように目に映る冒険者に喧嘩を吹っかけて暴れまわり、一時期は冒険者協会から手配書まで出た人だ。

 ちなみに、母さんにボコボコにされてからは誰彼構わず喧嘩を吹っかけるのはやめたらしい。


「ぐぉぉ…いってぇ…。何しやがるんだこのゴリラ女!! 」

「チッ。相変わらずしぶといわね。」

「ふざけんな!! こっちはケガ人だぞ!!」

「だったら家で寝てなさいよ!!」

「怪我してる時くらい飯食いに来て何が悪い!!」

「スタンちゃんに酷いことを言うやつに食わせるご飯はないのよ!!」


 再びモル姉が鬼鉄塊を振り回し、真正面からリンドーを吹っ飛ばした。

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 リンドーは壁を突き抜けギルドハウスの外まで飛んで行った。

 え~、それ俺が直すことになる予感しかしないんですけどぉ…。

 いや、それは後回しだ。


「リンドー!!!! ちょっとモル姉やりすぎだよ!!」

「え、何? スタンちゃんあいつの肩を持つの?」

「ヒッ・・・」


 マズい、ヤバい。

 こうなったモル姉は台風が人の姿をしているようなものだ。

 なんとか怒りを鎮めなければ…。


「そんな事ないよ! 俺はモル姉が心配なだけなんだ!!」

「えっ、私が心配。」


 モル姉の殺気立った表情が少し柔らかくなる。

 いける・・・か?

 

「そうだよ、リンドーにこのままトドメ刺しちゃったらいくらモル姉でも捕まっちゃう。そしたらモル姉と一緒に暮らせなくなっちゃう。俺やだよそんなの・・・。」

「そ、そうね。そうよね。私ったら…ファウナ様との約束が果たせなくなるところだったわ。」


 モル姉は頬に手を当て『私ったらやり過ぎちゃったわね』と冷静になってくれた。

 どうやら、何とかなった…っぽい。

 よし、一刻も早くこの場を離れなければ…。


「スタンちゃん。」

「はいぃぃぃ!!」

「私はあの脳みそ筋肉を治療しておくから、その間に朝ごはんちゃんと食べてね。」


 いつの間にかみそ汁とお握りがテーブルの上に置かれていた。

 

「あ、うん。ありがとうモル姉。」

「それと、今来てる依頼はいつも通りクエストボードに貼っておいたからお願いね。ウドンコさんが急ぎで手伝ってほしいって言ってたわよ。」

「了解。あとさ…リンドーが起きたら伝えといて。心配すんなって。」


 そのままリンドーはモル姉が引きずって、ギルドハウス内の医務室に連れて行った。

 モル姉は回復系のスキルも使えるので、一応大丈夫だと思う。

 たぶん。きっと。メイビー…。

 

 リンドーは…、たぶん俺のことを心配してわざわざ来たんだと思う。

 よく考えれば長い冒険者生活でリンドーは朝ごはんくらいササっと自分で作れる。

 味付けもこだわるタイプだから、他人の作るご飯を食べる理由がそもそもない。


 冒険者は、常に冷静に自分の置かれた状況の把握と、その置かれた状況で己に何ができるのかを考え進み続けなければならない。

 極端な事を言えば、冒険するということはそういう事だ。

 それを伝えに来たという事にして、あとで謝っておこう。

 

「いただきます。」

 

 朝飯のお握りにかぶりつく。

 塩味のきいたお握りは旨い。

 そういえば、久々に飯が旨いと思った。


 飲み込んだお握りを、みそ汁で胃袋に流し込む。


「アッヂィィィ!!」


 ちょっと熱すぎた。

 だけど、その熱さで食べたものが胃袋に届いたことがわかる。

 

「不思議だな。旨いものを食べると、なんか力が湧いてくる。…気がする。」


 気のせいだろう。

 今の俺に力なんて何もない。

 でも、今の俺には気のせいでいいんだ。

 

 今は気のせいでも、いつか気のせいじゃなくせばいい。

 俺は冒険をする。

 それは、奪われた俺の冒険を取り戻すための冒険だ。

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