2-1話 戦う力を失って
翌日。
ギルドハウスの自室で目が覚めてから、何か自分の体にいつもと変わったような感覚はない。
だから、いつもと同じように訓練用の木刀を持っていつもの様に訓練場所に向かった。
いつもと違うのは、リンドーが居ないってくらい。
リンドーとの訓練は、基本的にリンドーとの打ち合いだ。
といっても、俺はリンドーの攻撃を防ぐのが精いっぱいで攻撃できたことなんてほとんどないけど。
リンドーがクエストで居ない時はいつもスラッシュの型を練習している。
実際にスキルを発動するのではなく、スキルを発動させスラッシュを打ち出すイメージで木刀を振る。
スキルを鍛えるのであれば実際にスキルを発動させて練習した方がいい。
だけど、それじゃぁスキルを使いこなすことに繋がらないとリンドーは言う。
ただスキルを出すだけじゃなく、目標に対しスラッシュというスキルをどう使うのかをイメージするのが重要だと言っていた。
例えば、通常スラッシュは上段から下段に振り下ろして斬撃を飛ばすけど、それを横に振って薙ぎ払うスラッシュをイメージするとか、通常とは逆に下段から上段に振り上げるスラッシュをイメージするとか。
そういう使い方をイメージしてスキルを発動する訓練を繰り返すことで、いろんな状況に対応したスキルの使い方ができるようになり、派生スキルの習得にもつながるらしい。
ちなみに俺のお気に入りは、片膝をついた状態で水平に木刀を振るやりかただ。
なんとなく、劣勢に陥りながらも逆転の一撃を入れているような気分になってカッコイイ。
「こんなもんかな。」
スラッシュの型を練習する以外にも、リンドーが居ない時にやっていたメニューをいつもより多少きつめにやってみた。
「体力的な部分はあんまり変わらないかな…」
きつくて最後までやれない可能性も考えていたけど、特にそういうことはなかった。
今まで鍛えていた分は失われていないっぽい。
それなら、やり方次第でどうにかなるんじゃないか?
「まぁ、それはおいおい考えるとして、昼ご飯食べに戻るかな。」
ギルドハウスに戻り昼ご飯を食べようとしたところ、畑仕事に行く途中のポルトさんに出会った。
畑作業で鍛えられたがっしりとした体だけど、とても明るくてにこやかなおじさんだ。
ポルトさんは、荷車を引きながら声をかけてくれた。
「おお、スタンじゃないか。今日も訓練か精が出るな。」
「うん。ポルトさんは畑に行くの?」
この荷車は、かつてポルトさんの家で暮らしていた浮魔が引いていた。
レース用の浮魔として生まれたけど、飛ぶことができず、性格もおっとりしていて競技には向かないと売りに出されたところを若い時のポルトさんが引き取ったそうだ。
その浮魔が数年前に亡くなってしまって以来、この荷車はポルトさんが引いている。
「そうだぞ。そろそろ収穫できる時期になってきたからな。」
「今年の作物っていい感じなの?」
「そうだなぁ。まぁまぁってところかな。そうだ。よかったら収穫を手伝ってくれないか? 魔物が畑に来るかもしれんからなぁ。」
ポルトさんの畑はリジェネア村からちょっと離れた川辺のところにある。
たまに魔物がでて作物を食べられたりすることもあるため、俺とリンドーで周辺の魔物を倒したりしていた。
魔物と言っても、畑の作物を食べるような魔物は体も小さく強くもない。
他に出てくるのも最弱のスライムくらいだ。
それくらい何とかなるだろう。
俺は、ポルカさんの手伝いをすることにした。
本当に戦う事ができないのか、やっぱり確かめたい。
「いいよ。」
「よし、じゃぁ頼んだぞスタン。」
ポルトさんの畑に着くと、俺はさっそく周囲の状況を確認してみた。
魔物対策用の柵も特に損傷してはおらず、今日はまだ作物を狙いに来た魔物はいないみたいだ。
年々不作に傾いているから、魔物としてももっといい食べ物を取りに他へ行ったのかもしれないけど。
「大丈夫そうだよポルトさん。」
「そうか、ならさっさと今日の収穫をやってしまうぞ。」
「うん。」
キャベツ、ニンジン、ジャガイモと収穫していく。
なんかカレーとかシチューとか食べたくなってくるな。
ポルトさんは今年の実りはまぁまぁと言っていたが、やっぱり去年と比べても若干不作気味といった感じがする。
「そんな心配するな。小さくて形も整ってないが食べればちゃんと美味しい。まだまだこの土地は元気だよ。」
今日はこのくらいにして帰ろうとポルトさんが村に戻る準備を始める。
畑の周囲にセットしてある魔物除けの囲いを再度チェックし、収穫した野菜を乗せた荷車を押す。
ポルトさんと世間話しながら村に戻る道を進んでいたが、突然ポルトさんが荷馬車を止めた。
「ポルトさん、どうかした?」
ポルトさんが腰でもやらかしたかと、駆け寄ると目の前にスライムが飛び出して来ていた。
「スタン。この子が飛び出して来てな。追い払ってもらえるか?」
「ああ、うん。任せておいてよ。」
スライムはその半透明な体を球体にしてジッとこちらを見ていた。
荷車に置いておいた木刀を手に取って、真正面からスライムと対峙する。
大きく息を吸って深呼吸をし、俺は意を決してスライムに向かっていった。
「はぁぁぁぁ!!」
掛け声とともに、スライムを叩き潰すように木刀を振り下ろす。
「な!?」
なんとスライムは半透明の身体を伸ばしてその体を変形させた。
丸い球体の本体から、人の腕のようなものが伸びてきて先端にはちゃんと手のもある。
そしてあろうことかその手で真剣白刃取りをしてきた。
「うっそだろお前!!」
流石にこれにはビビった。
ここで無用の長物と化した木刀に固執せず、木刀から手を放して距離を取ることができなかったのはやっぱり未熟なところだったと思う。
「ぐっ、木刀を放せ。」
掴まれた木刀を動かすことができない。
スライムの力なんてそんなに凄くないはずなのに。
「それならこうだ!」
掴まれたままの木刀を横に振ってスライムを横に吹っ飛ばしてやる。
しかしその瞬間スライムがつかんでいた木刀を手放す。
「わ!」
いきなり解放された木刀を全力で振り抜く形となり俺は姿勢を崩した。
倒れ込んだ俺にスライムが今度は拳を作って殴りかかって来る。
とはいってもスライムの攻撃だ、大したことはない・・・
「ぐぁっ!」
側面から強烈な打撃を喰らうと、そのまま背中に乗られてボコボコに殴り続けられてしまった。
うそだろ、スライムの攻撃が何でこんなに強烈なんだ?
このままじゃ、殺される。
「スターーーーーン!!」
駆け付けたポルトさんが俺の上に乗っていたスライムを両手で掴んで放り投げる。
「スタン! しっかりしろスタン!!」
「ポルトさん。ごめん俺・・・」
「いいから。すぐにモルデンさんのところに連れて行ってやるからな。」
ポルトさんは俺をおんぶしてギルドハウスに向かって走り出した。
ずっと『大丈夫だぞ、すぐ直るからな。安心しろ、大丈夫だぞ。』って声を掛けながら。
せっかく収穫した作物をそのままにしちゃって、全部俺のせいだ・・・。
武器や防具が使えなくたって、鍛えて鍛えて鍛え抜いたらどうにかなるって、俺はどこかでそう思っていたんだ。
どんなに鍛えたってこれじゃぁ、これじゃぁどうにも…どうにもならないよ。
俺は無力な戦う力を失った自分を思い知らされて、心の中から力が抜けていくような感覚に襲われた。
あとでわかった事だけど、ステータスを失うという事は魔物を攻撃する力も魔物からの攻撃を防ぐ力も失っているという事。
簡単に言ってしまえば、こっちの攻撃は0で向こうの攻撃はすべて致命傷といった感じだ。
いままでスライムに攻撃されても特にダメージを喰らわなかったのは、スライムの攻撃力よりこちらの防御ステータスが大きく上だったから。
同様に簡単に倒せていたのも、スライムの防御力をこちらの攻撃力が大きく上回っていたから。
このタイミングでそのことを知っていたわけじゃないけど、俺はどんなに鍛えても自分の力で魔物と戦う事はできないと理解した。
もう、父さんや、母さんや、リンドーの様に、強くてカッコイイ冒険者にはなれないんだ。




