48話 リルベア(5)
3人の騎士達が我に返り、リルベアは人攫いの男達は何か違法な薬物を吸っていたようだと供述した。
呆けた男達の様子から、その供述は疑われる事なく納得され、マル達は男達の使っていた馬車で帝都の騎士団の詰所へ帰った。
詰所では簡単な聞き取り調査が行われた。
唯一まともに話が出来た見張りをしていた男によると、男達の内の1人が木樹香の店の内装の工事に関わっていて、店に木樹香の媚薬があると考えたらしい。
それを盗んで売りさばくつもりだったが店を漁ってみても物がなく、タイミングよくマルとリルベアがやって来たので拐って媚薬と交換しようと考えたようだ。
4人はただのチンピラ達だった。
変な裏の組織が絡んでいたりしなかった事にマルはほっとする。そんなものが絡んでいたら開店前から店の評判が落ちてしまう。
今回は場当たり的な窃盗未遂と誘拐事件で処理されるようだ。
自分達と男の聴取が終わり、調書に署名をして騎士団の詰所を後にしたのはもう夕食時を過ぎた時間で、マルとクラウディオとリルベアはすっかり疲れてふらふらだった。
ターゼン家の馬車を呼び、3人でターゼンの屋敷への帰路へとついた。
リルベアは自分のアパルトメントへ帰りたがったがクラウディオが笑顔でそれを許さなかった。
「絶対にダメです。明日、レイモンド卿にも連絡して迎えに来てもらいます。今夜はうちに泊まってもらいます。」
「嫌よ。レイモンドに連絡しないで。」
「ダメです。さっき僕がどれだけマルを心配したか分かりますか?レイモンド卿の気持ちも考えてあげてください。」
「、、、、分かったわよ。」
クラウディオの気迫にリルベアはむすっとしながら同意した。
「ところで、魅了は効かなかったのにどうやってレイモンドはリルにぞっこんになったの?」
マルは人攫い達の民家にいた時からの疑問を聞いてみた。
「あの人は勝手に私に惚れたのよ。」
「あんなにすぐに騎士団を除隊するほど?」
てっきり、リルベアが魅了でレイモンドを釣ったのがきっかけだと思っていたのだが。
「そうみたい。引き揚げが近くなって、私も好きだったから魅了でも何でも使って引き止めようとしたら全然効かなかったんだけど、プロポーズされて、騎士団辞めるって言われたの。」
「へえ、知らなかった。それは素敵ね。」
「そうよお。あ、何だか会いたくなってきちゃったわ。」
リルベアがげんきんにそんな事を言い出した。
屋敷に帰り着き、リルベアを客間に案内してから、マルとクラウディオも部屋へと引き揚げる。ゆっくりと浴槽に浸かってさっぱりしてから寝室に軽食を用意してもらった。
そうして、後は部屋で寛ぐだけとなった時、クラウディオが全然笑ってない笑顔で口を開いた。
「さて、マル、食事の前に話をしようか。」
その笑顔にマルはひやっとする。
怒ってる時のやつだ。
本日の自分には怒られる要素がたくさんある。騎士団の詰所で散々1人で後悔して反省もしたのではあるが、、、。
マルはそろりとクラウディオの向かいのソファに座った。
「話とは。」
マルはとにかくしおらしくした。
反論しないぞ、と決意する。
「うん。僕、前に言ったよね?1人で出掛けるのは止めようって。たとえメインストリートであっても、ちゃんと護衛か供の者をつけて出掛けて欲しい、とお願いしたよね?」
「、、、、。」
確かにそう言われていたので、ぐうの音も出ないし、それについては物凄く後悔したのだ。
「お願いしたよね?」
「リルが一緒だったのでつい。」
「そのせいで、リルベア嬢が拐われたんだよ。何もなかったから良かったけど、何かあってからじゃ遅いんだ。」
クラウディオの声が低くなる。
「何かあったら、レイモンド卿に何て言うつもりだったの?」
「ごめんなさい。不用心でした。」
マルは俯いて謝罪した。
その通りだ。万が一の可能性もあったのだ。
「そうだね。これからはちゃんと供の者を付けようね。僕が監視を付けない内に。」
冷たい声で、クラウディオは少し怖い事も言ってくる。
「そうします。、、今回は本当に怖かったし、リルに申し訳なくて骨身に染みました。、、ラウにもすごく心配をかけてしまったな、と思ってる。」
俯いたままぽつりぽつりとそう言うと、クラウディオのため息が聞こえた。
「分かってくれたならいいよ。」
ちょっとだけ、声のトーンも穏やかになった。
「はい。」
ほっとして顔をあげると、やっぱり怖い笑顔のままの夫が居た。
あれっ?
「あと、何でしれっと侍従のままで騎士団の詰所に居たの?」
「え?それは、あの格好でターゼン夫人です、とは言いにくいし混乱させると思ったので。」
「詰所で、密室で、騎士達と居たよね?」
「いや、あれは、調書を作るためで、密室ではなかったような。」
「密室だったよ。扉、閉まってたしね。」
「ぐぬ、、、、、でも、騎士の方達からするとあの時、私は男の子だったし。」
「うん。そうだよね。レディと分かっていたらあんな扱いしないからね。騎士達に落ち度はないけど、マルは女性だよね、既婚の。」
「はい、いちおう、、、。」
「いちおう?」
「いえ、歴とした妻です。貴方の。」
マルがそう言い直すと、ほんの少しだけクラウディオの機嫌が良くなる。ほんの少しだけ。
「そういう所も、もう少し自覚を持って欲しい。」
「はい。」
ここでやっとクラウディオの空気が緩んだ。
マルは今度こそほっとする。
クラウディオは立ち上がるとマルの隣に座り、マルをそっと抱き寄せた。
「はあ、報せを受けた時は本当にぞっとしたよ。マルが怪我してないかとか、何かされてないかとか、リルベア嬢には悪いけど詰所に居るのがリルベア嬢でマルが拐われていたら、とか。生きた心地がしなかった。」
クラウディオはその時の気持ちを思い出して、マルの存在を確認するように、顔をマルの髪に押し付けて手で頬をなぞり、肩を抱いた。
「心配かけた事、本当にごめんなさい。」
「うん。」
クラウディオは一度ぎゅっと強くマルを抱き締めてから解放した。
「話は終り、食事にしようか。」
いつもの優しい笑顔だ。
そこから2人で軽い果実酒を飲んで、サラミとチーズをつまんだ。パンもサワークリームを乗せて食べる。
「そういえば、ラウはいつイアンに魅了の魔法をかけられたの?」
マルが聞くとクラウディオは少し気まずい顔をした。
「あー、うん。マルとの婚約前のターゼンでの顔合わせの時にね。体験してもらったら説明しやすいからって。」
「知らなかった。その、大丈夫、でしたか?」
聞いてもいいのかな、とも思ったが聞いておかないと不安だ。
「心配しなくてもイアンには何もしてないよ。僕はひざまずいてもないからね?イアンはすぐに解いてくれたし。」
「そうでしたか。」
マルはほっとする。
「古い盟約によって王室に魅了の使える者を届出してる、っていうのも聞いたよ。その時はイアンともう1人居るとだけ聞いてたけど、リルベア嬢だったんだね。」
「そうです。イアンよりもリルの方が魔法の力は強いの。」
「そういえば、マルは魅了の魔法にかからないんだね。」
「うん。ターゼンの人達は効かない人が多いの。たまにリルベアが本気出してどこまで大丈夫か、とかやってたなあ。」
「それには絶対に加わりたくないね。」
クラウディオが苦い顔でそう言って、マルは笑った。
「僕、もう1人の魅了が使えるのってマルなのかな、とも思ってたんだ。」
クラウディオが愛しそうにマルの髪の毛を撫でて指で弄りながら言った。
「私?」
「うん。」
「私がラウに魔法を使ったと思ってたの?」
「使ったの?」
「使えないもの。使ってない。」
「怒った?」
「怒ったわけでは、、、、」
「使われても気付かなかっただろうなって。レイモンド卿もそうなんじゃないかな。惚れてたから魔法をかけられても変わらなかっただけだと思うよ。」
「、、、なるほど。」
マルはクラウディオに髪の毛を弄ばれながら、ふむふむと頷く。
「確かに、、、そういう可能性はあるかも。」
既に好きになっている状態で魅了をかけられても様子が変わらないのはあり得る。
という事は、イアンの魅了はレイモンドにかかるかもしれないのかな、、、、等と考えていると、つん、と髪の毛を引っ張られた。
引っ張られた方を見ると、少しむすっとしたクラウディオがこう言った。
「マル、今の話のポイントは、僕は最初から君の魅力の虜だよってとこなんだけど。」
「はっ、え?そ、そうでしたか。」
クラウディオの言葉にマルはあわあわした。
そういう、甘い話だったのか。
顔が熱くなるのが分かる。
「そうだよ、もうずっと囚われているんだ。」
クラウディオはマルの髪の毛に唇を寄せた。
ぶわっと体が火照る。
「こういうの、全然慣れてくれないね。」
クラウディオの手が髪から離れてマルの頬をつ、となぞった。
いつの間にか半身を乗り出していてマルに覆い被さるようになっている。
マルは真っ赤になった。
「すごく可愛いけど、意地悪したくなるから困るな。」
クラウディオの顔が近付いてきて優しいキスをされた。
***
翌朝、初めて見る物凄く怒っているレイモンドが屋敷にやって来てリルベアはウィルス伯爵邸へと連れ帰られていった。
マルは後日、ソアラからリルベアのアパルトメントが引き払われて伯爵邸で過ごしていると聞く事になる。
騒動の1ヶ月後には無事に木樹香の店もオープンする事となり、お客様1号としてリンカがやって来てくれた。
こちらでまた完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
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追記
誤字脱字報告、ありがとうございます!
細かく読んでもらって嬉しいです。




