45話 リルベア(2)
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ブランシュ邸でのお茶会から2週間後、木樹香の店のレイアウト案が決まり壁の塗り直しと床の張り直しが行われた。壁は深い緑色で床は少し暗めの木材にした。
カウンターや小さなタンスはアンティークのものを置く予定だ。
壁と床の作業が終わってから、マルはリルベアに店を案内する事になった。
取り付ける棚と位置や数を、実際に店に立つリルベアに考えてもらうためだ。
「奥様、本当に1人で行かれるのですか?旦那様に怒られますよ。」
いつものように侍従の格好で出掛けようとしているマルに執事のオリバーが言った。
「大丈夫よ。すぐにリルベアと合流するから1人じゃないもの。」
「はあ。しかし女性2人でしょう?護衛か供をつけた方がいいかと。」
オリバーは頑張るが、マルには響かない。
「すぐ戻ってくるから、大丈夫。」
後でオリバーの忠告を聞かなかった事を後悔するのだが、この時のマルはまだそれを知らない。マルは笑顔で出掛けた。
木樹香の店の隣の、リンカの紅茶店の前でリルベアと合流する。
リンカに挨拶しようかと思ったが接客中だったので後にする事にして、鍵を開け、まずは店に入った。
「あれっ。」
薄暗い店の中はひどく散らかっているように見えた。明るい所から暗い所に入ったのですぐには目が慣れない。
バンッと店の扉が閉められ、マルは背後からいきなり羽交い締めにされた。口と鼻に布が押しあてられる。
何?
驚いてもがくがびくともしない。
すぐ隣ではリルベアも2人の知らない男に同じようにされていて、マルの目の前でリルベアが意識を失う。
え?
薬品だ。
すぐマルは気づく。この当てられてる布に何か染み込ませてるのだ。
しまった、もう吸ってしまった。
どうしよう、私もすぐに気を失う。
何か、誰かに、知らせないと、
早く、何か、
リンカさんにでも、
どうにかして、
何か残すとか、考えないと
考えて、
ん?
そこでマルは自分が全く意識を失う兆候がない事に気付く。
リルベアはとっくに気を失っているのに、マルだけぴんぴんしている。
変だ。
口と鼻を覆う布からは変な匂いなどはしていない。
私の方の布、薬品を染み込ませるの忘れてるんじゃ、、、、。
そういう結論に思い至る。
今、ここに居るのは大分詰めの甘い悪党のようだ。
なら、やる事は1つだった。
マルは気を失ったふりをした。
目を閉じ、体の力をだらりと抜いた。
羽交い締めしていた力が緩む。
「こっちは薬の効きが悪かったな。」
聞いたことのない男の声がして、マルはどさりと地面に置かれた。手が変な位置に来てしまって痛いが我慢する。
マルは気付かれないように薄目を開けて周囲を確認した。
自分とリルベアが床に横たわっていてそれを、囲むように4人の男達が立っている。
店の中はこの男達によって荒らされたようで資材が散乱していた。
心臓が激しく脈打つ。
マルは冷静に考えた。
今、大声でリンカを呼んでも聞こえないだろう。
男達の隙をぬって出口に行くのも難しそうだ。
一旦、このまま様子を見よう。このまま放っていってくれるかもしれない。
「店に媚薬がないのは計算違いだったが、こいつらは収穫だったな。」
男の1人が言う。
「こっちの女を連れて行って、媚薬と交換にするか。ターゼン侯爵家が出資してるって事はきっと侯爵の愛人かなんかだろ?そんな感じの女だ。」
「こっちの侍従はどうする。」
マルは頭を足で小突かれた。ついでにぐいっと手首を踏まれる。
痛い。
痛いし動けない。
「置いてくよ。」
「けっこう綺麗な顔だぜ?」
「男だろ。それにそいつは侯爵家の者だろ?1時間もすれば目覚めるだろうから愛人が拐われた事を侯爵様に伝えておいてもらわないとな、その方が交渉しやすい。」
そう言いながら男はリルベアを担いだ。
「急ぐぞ、外は人が多いからな。」
それを機に男達はさっと店から出ていった。
男達が出ていくとマルはすぐに店の扉横の窓から外を確認した。
男達は店の斜め前に停めてあった馬車へと駆け足で乗り込んですぐに出発した。マルは人攫いだと騒ぐ事も考えたが、そうなるとリルベアはあっさり殺されるかもしれない。リルベアが意識を取り戻すまでは男達を自暴自棄にしてはいけないと考える。
店からそっと出て全速力で走り去る馬車が見えなくなるまで目で追うと、すぐに隣のリンカの店へ駆け込んで事情を説明し騎士団へ通報してもらった。
リンカは帝都のターゼン家にも連絡を入れてくれる。
ほどなく、3人の騎士がやって来てマルに事情を聞き、荒らされた店の様子を確認した。マルは男達と馬車の特徴を出来るだけ細かく伝えた。
「拐われたのは店の従業員で、この店はターゼン侯爵家の出資で開く店だったんだね?ところで君は?ターゼン家の侍従かい?」
騎士の1人にそう聞かれて、マルはほんの少し迷ったがここは侍従でいく事にする。その方が話が早い。
「はい。私はターゼン家で侍従をしているマルといいます。」
「マルだね。分かった。通報があった時点で怪しい馬車の洗いだしと聞き込みをしている。まだ明るいし、遠くへ行く気がなければ見つかるかもしれない。君には騎士団の詰所に来てもらってもいいかい?このまま君を1人にするのは危険だし、調書も作成したいから。」
「構いません。よろしくお願いします。」
どのみち、何かしていないと落ち着かない。リルベアの意識が早くに戻っていればいいのだが。意識さえあればあの男達にリルベアがいいようにされるとは思えない。
媚薬と交換の人質にする、と言ってたから殺したりはしないだろうけど、あいつらが気を失ったままのリルに何かするほどのクズだったらどうしよう?
それについて考えるとマルは泣きそうになった。
オリバーの言う通り、護衛を連れてくるんだった。私のせいだ。
騎士達と詰所に行き、進められるままに椅子に座った。その間も悲観的な考えが頭の中をぐるぐる回るのを止められない。
「大丈夫、拐われた女性はきっと無事だよ。速度の早い馬車は目立つからね、すぐ見つかるよ。お茶どうぞ。」
悲痛な面持ちで座るマルに騎士の1人がお茶を淹れて、励ましてくれた。
「ありがとうございます。」
マルはお礼をいってお茶をいただく。
お茶を飲み、調書のために受け答えをしていると詰所の入り口から、今一番側に居て欲しい人の声がした。




