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侯爵様の愛しい侍従   作者: ユタニ


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44話 リルベア(1)

久しぶりの更新です。


「奥様、すいません。奥様宛にご友人だというご婦人がいらっしゃっているのですが。」

執事のオリバーがやって来て、少し熱に浮かされたような顔でマルにそう告げる。


その日、マルは屋敷の私室で木樹香の店のレイアウト案について1人で検討している所だった。


マルは不思議に思う。

本日、来客の予定は入っていない。

オリバーは真面目な執事だ、予定のない怪しげな人物を取り次ぐような者ではない。


「オリバー、ご婦人って誰なの?」

「それが、名乗られないんです。ですが、とても魅力的な方です。」


「、、、、、。」

オリバーの様子がいよいよおかしい。

名乗らない魅力的なご婦人?

オリバーでなくても、貴族の屋敷の執事ならそんな女を取り次いだりはしない。

ひょっとして、とマルは思う。ひょっとしてそれは、


「その女性は長い黒髪だった?」

「はい。とても艶やかな。」

オリバーがうっとりと言う。


「応接室にいるの?」

「いいえ、玄関ホールで待つと言われて。」


マルはすぐに玄関ホールへ向かった。


ホールには平民の格好をした、グラマラスな女が豊かな黒髪を波打たせて手ぶらで立っていた。肌が浅黒い。女はマルを認めると魅力的な笑みを浮かべて言った。


「うふふ、来ちゃった。」

「リル!」

マルも笑顔でリルベアを迎える。


来客は、マルが故郷のターゼンで姉と慕う人で、剣の師でありこの度ウィルス伯爵となったレイモンドの妻のリルベアだった。


「来るなら言っててくれないと。」

「本当よね、貴族ってめんどくさいのね。執事さん、全然通してくれなかったからちょっと反則したわ。ごめんなさいね。」

「あー、やっぱりそうよね。そうだと思った。」

「夕方には元に戻るから大丈夫よ。」

リルベアが妖艶に微笑む。


「今日こっちに来たの?」

「いいえ、1週間前よ。」

「ええっ、ちょっと前じゃない。えっ、どこに、ウィルス伯爵邸にいるの?」


「いないわよ、そんな所。私でも流石にそこは気を使うわよ。ずっと行方不明で好き勝手だった長男が帰ってきた所にその平民の妻まで押し掛けるのは無理でしょ。しかも私、行方不明の元凶よ。」


「いや、そんな元凶なんて、」

とマルは言いかけて、ソアラがレイモンドについて゛女にうつつを抜かしていただけよ゛と言っていたのを思い出した。つまり、それって元凶って事だ。


ちなみにソアラはつい3日前にようやく落ち着いたウィルス伯爵邸へと帰っている。


「私は気にしてないわよ。あっちが嫌がると思って。レイモンドの妹達に嫌な思いはさせたくないの。」


「でも、じゃあ1週間も帝都のどこに居たの?」

「普通にアパルトメント借りて住んでるわよ。ほら、木樹香の店の事もあるし店まで歩ける範囲で借りたの。」


「ええ!?何で相談してくれなかったの?ターゼン家の都合で来てもらってるんだし、うちに住めばいいじゃない。」


「ええー、嫌よ。貴族の屋敷なんてムリよ。ど平民なのよ。」

「でも帝都で一人暮らしなんて、、、、、レイモンドは知ってるの?」

嫌な予感がしながらマルが聞くと、リルベアはふんっと鼻で笑った。


「知らないわよ。保護者じゃあるまいし。」

「うわあ。」

うわあ、だ。


「リル、でも夫でしょう?」

「ふんっ、あいつ、手紙の1つも寄越さないのよ?そっちがそうならこっちだって報せないわよ。マルだけよ、いろいろ報せてくれたのは。」


「忙しいんだよ、毎日裁判所通って、皇宮も通って、爵位継承の手続きの書類作って、親交のある貴族達にお詫びして顔売って、騎士団にも知り合い多いから顔出して、でへとへとなんだよ。」

「それはレイモンドの都合でしょう。しかも今まで妹さんに押し付けていた事でしょう?自業自得よ。とにかく、私の気が済むまでは報せないわよ。マル?もちろんこっそり報せたらダメよ。絶交してやるから。」

リルベアが睨んでくる。

美人が睨むと怖い。


「分かった。報せないから住所は教えて。」


リルベアは住所は快く教えてくれた。

あんまり治安が良いとはいえない界隈の住所で、マルはますます気が重くなる。

まあ、リルベアなら大抵の事なら大丈夫ではあるが。


「ラウにはリルが帝都に来てる事言ってもいい?お店に出てもらう段取りついたら改めて挨拶もしたいって言ってたし。口はすごく固いと思う。」


「あの銀髪のイケメンの夫ね。いいわよ。私のせいでマル達が険悪になっても良くないもの。」


「あと、、、、。」

「なあに?」


「レイモンドの妹達はリルに会いたいって言ってるんだけど、、、。」


レイピアとソアラにも木樹香の店の事や、リルベアに店を任せようと考えている事は話している。

2人も店の段取りがついて、リルベアが帝都に来る事になればレイモンドの妹達として会いたいとマルは言われていた。


「あら。」


リルベアはふふふと笑い、「それならレイモンドに内緒でなら妹達には会うわ。」とすごく楽しそうに言った。






***


「それで、何故、うちでお茶会なんだ。」

午後の穏やかな陽射しの降り注ぐブランシュ邸の瀟洒なテラス席には似合わないげんなりした顔でランドルフは言った。


「ランドルフさん、もう始まってますし諦めましょう。ウィルス伯爵邸にはレイモンドがいるのでバレちゃうし、うちにレイピア卿が来るのは不自然なのでやっぱりレイモンドにバレちゃいます。なのでこちらです。ケイト様もすごい乗り気でしたし、絶対に顔を出すと言ってました。」

マルはてきぱきと説明した。


「貴方、手強そうねえ。」

リルベアがランドルフを興味深そうに見て言う。


「リル、ランドルフさんに手を出したらダメだからね。」

「あら、マルのお気に入りなのね。」

「そういう人じゃないの。ケイト様の夫だからダメなの。」


「ケイト様ってあの金髪の侯爵様でしょう?大丈夫よ、あの方ならそんな事は気になさらないわよ。」


「ぐっ。」

確かに、気にしなさそうだとマルは思った。ケイトがランドルフの浮気?ごときを気にするとは思えない。


「私が気にするから止めてくれ。」

ランドルフは呆れた顔でそう言った。



そこでマルは、まずレイピアとソアラにリルベアを紹介しなければならない事に気付く。自分が取り持たない事には進まない。マルは姿勢を正してレイピアとソアラに向き直った。


「レイピア卿、ソアラ嬢、こちらがレイモンドの奥さんのリルベアです。気は多いけど実は一途だから心配しないでください。そして事前にお伝えしていたように貴族のマナーは学んでいませんし、そういった事を嫌っているから失礼があるかもしれません。よろしくお願いします。」

そう言ってからレイピアとソアラに簡単にお辞儀をした。


「何でマルが頭下げんのよ?」

リルベアが不機嫌になる。


「リル、私いちおうターゼンの領主の娘。リルは領民。民の非礼は私の非礼です。」


「マル、そこは気にしないでください。会いたいと言ったのはこちらです。初めましてリルベア。私はレイピアと言います。兄のレイモンドがお世話になっています。今回はこちらの都合でレイモンドを引っ張り出してしまってすみません。」


レイピアが立ち上がり、リルベアの近くに来ると騎士の礼をした。

本日、レイピアは騎士服でやって来ている。ソアラとマルはデイドレスで、リルベアはこましなワンピースという出で立ちだ。


「ふうん?」

リルベアが値踏みするようにレイピアを見る。レイピアは不躾な視線に動じる事なく受け流した。


「なかなか素敵だわ。レイモンドにも似てるわね。」

じっくり観察してからリルベアはそう言った。


「ありがとうございます。」

レイピアが薄く微笑む。


「その笑顔も素敵ね。」

リルベアも妖艶に微笑んだ。




「、、、、強そうな姉が増えたわ。」

レイピアとリルベアの様子を見ながらソアラがぽつりと言った。マルも激しく同感だ。




ブランシュ邸のベテラン侍女、キティによって香り高い紅茶がそれぞれのカップに注がれる。


何だかんだでリルベアはその紅茶を優雅に飲んでいる。マルは感心してそれをリルベアに伝えると、「レイモンドの真似よ。」と嬉しそうに言われた。




「ところで、ソアラちゃん?さん?がイアンを狙ってるんだったかしら?」

落ち着いた雰囲気になりだした頃、リルベアがそう言った。


ぶほっ。

リルベアの言葉にマルは紅茶をちょっと吹いた。ランドルフがさっとハンカチを出してくれる。


ソアラは紅茶を吹いたりはしなかったが、変な所に紅茶が入ったようで咳き込みだす。


「リル、それは内緒でと、、、。」

マルはランドルフにお礼を言って口元を吹きながらリルベアを見る。


「あら、こういうのは宣言しておいた方がいいわよ。覚悟も決まるし。」

「いやでも、イアンは難しいし、ソアラも家の事とかあるし。」


「まずは!」

ソアラが少し大きな声を出して、リルベアとマルの会話に割り込んだ。

そしてリルベアをきっと見ながら続ける。


「私の事はソアラで結構です。ちゃん付けは絶対に止めてください。そして私は貴女を何とお呼びすればいいのかしら?姉のレイピアの事はレイピアと呼んでおりますので、義姉さんとお呼びする事も出来ますし、伯爵夫人と呼んだ方がよろしければそうお呼びします。」


伯爵夫人なんて、リルベアが最も嫌がるような呼び方だ。ソアラちゃん、と呼ばれた事がよっぽど嫌だったらしい。

マルは、ソアラが的確にリルベアにやり返したのだと気付いてちょっとはらはらする。


「伯爵夫人は絶対に止めてほしいわね。私の事はリルでいいわ、ソアラ。さっきのちゃん付けは失礼だったわね、ごめんなさいね。」

穏やかな笑みでリルベアが謝った。


「もう気にしてませんわ、リル。」

ソアラはにっこりしながら言った。



リルベアとソアラが互いに認めあったようだ。

おおー、とマルは思った。


ウィルス伯爵家の3人の女性を見る。

何だか個性はばらばらだけど、3人ともとても気が強いという部分が激しく一致している気がする。

レイモンドは大丈夫だろうか?この3人に囲まれて生活する日が来るかもしれないけど大丈夫だろうか?


ランドルフをちらりと見てみる。ランドルフは、私は無理だよ、というように小さく首を振った。




***


「遅くなってすまないね。」

リルベアがソアラにイアンの攻略法について教授している所へケイトが現れた。

こちらもレイピアと同じ騎士服だ。本日もしっかりと眩しい。


ケイトはまずリルベアの側に来た。


「久しぶりだね、リルベア。夜鳴き亭で会った貴女も美しかったが、こうして太陽の下で会うとその力強さに圧倒されてしまうな。」

そう言ってリルベアの手を取りかがんで唇を付ける。


「ふふ、お変わりないわね、侯爵様。本当に魅力的な方よね。」


「ケイト、夫の前で他の女性を口説かないでほしいな。」

ランドルフが苦言を呈す。


「ただの挨拶なんだが。」

「少し過剰だと思うね。」

「嫉妬深い男は嫌われるぞ、なあ、マル。」


「えっ?はい!、、、いや、そうとも言い切れないのでは。」

マルは反射的に返事をしてしまってから、クラウディオが嫉妬深いのを思い出してごにょごにょした。


「おや?嫉妬深い男が好きなのか?」

ケイトの笑みが深い。


「マルの夫、ややこしそうだものねえ。」

リルベアもそう言ってマルはかあっと顔が熱くなった。


「、、、一般論ですよ。世の中にはいろんな女性がいます。」

真っ赤な顔でマルはぼそぼそ言い返す。


「ケイト、リルベア嬢も、いい大人が小さい子をいじめるのは良くないと思うが。」


「ランドルフさん、私は大人です。」

今度はきっ、と強い声でマルは抗議した。

レイピアが珍しく、くすくす笑っている。



その後、リルベアとレイピアとソアラはレイモンドへの悪口というか、文句というかで盛り上がり、ケイトもかなりの部分で同意していた。


マルはせっかくなのでランドルフに木樹香の店のレイアウトについて相談にのってもらい、実りあるお茶会となった。







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