43話 文通
「やっと昨日あたりからもう父上はいないんだなあって実感できるようになってきたわ。」
レイモンドが帰ってきてから数日後のマルとのお茶の時間に、ソアラはぽつりとそう言った。
「急な事だったし、いろいろあったもの。」
「そうね。バタバタしたわ。兄も帰ってきたし。」
そこでソアラは一旦、黙った。
「レイモンドに怒ってるの?」
マルはそう聞いた。
「別に、怒ってない。レイピアが兄さんに怒ってないもの。元気そうで良かったと思ってる。でも、」
「でも?」
「父さんは違ったんだろうなあ、って。」
「うん。」
「私ね、レイピアは兄さんが家を出たことは割りきってたと思うの。でも、父さんは違ったんだろうな、って思う。でなきゃ、継承権残したままにしないわよね。生きてる間に会えてたらどうなってたかしら?」
マルは何と言っていいか分からず、黙った。
「ま、喧嘩別れでしょうね。」
「そうかなあ。」
「喧嘩別れはムリね、兄さんが泣き寝入りの夜逃げね。」
「何それ。そうかなあ。」
「そうよ。さ、しんみりしちゃったし、話題を変えましょう。マル、話題変えて。」
「私が?」
「マルが。」
「ええぇ、うーん、あ、イアンに手紙を書いてくれてるんだよね、ありがとう。」
マルがそう言うと、ソアラは真っ赤になった。
「あれ?イアンから聞いたんだけど、ソアラ?」
「ええ!外からの手紙が嬉しいっておっしゃっていたから!私、筆まめだし!せっかくだから!」
おや?とマルは思った。
「イアンは私以外の文通相手ができて、喜んでたよ。」
そう伝えると、ソアラはさっきとは違う切ない感じで顔を赤くした。
「あ、、、、えーと。」
おっと、これは、、、
「ソアラ、もしかして、イアンを好き?」
マルは、そろりと聞いてみた。
「、、、、まだ好きではないわよ。」
ソアラはぼそりとそう答える。
「そっか。あの、ソアラ、イアンはやめといた方がいいと、」
「分かってるわよ。大丈夫よ。恋人もいるでしょ?」
「え?それはいないと思うよ。」
「え?ターゼンで行った、酒場のウェイトレスの方でしょう。」
「えっ、違うよ。リルベアは違う、リルはレイモンドの奥さんだよ。」
「、、、、、は?」
「あっ、うわっ、私言ってよかった?これ。あの、ソアラ、なんかいろいろ情報が多くてごめん。だから、リルはソアラの義理の姉というか、、、、。それで、私とイアンにとっては、姉のような存在で、だから、リルはイアンの恋人では決してなくてですね。」
しまったあ、こういうのって、レイモンドから直接聞くべきだったよね、とマルは慌てた。
「なんで、あんな冴えない男が、あんないい女捕まえてるのよ。」
「うわ、ソアラ、口が悪くなってるよ。」
「ふん、だって、イアンの方が数倍似合ってるわよ。」
「レイモンドもちゃんとするとなかなかだよ。それに、イアンにとってリルは姉なんだってば。」
「どうかしらね。」
どうかしらね、って、何でここでそうなるのかしらね。
「そうなんです。変な三角関係にしないで。」
「ふん、じゃあ、それでいいわよ。でも、そういうことなら本気でいかせてもらうわ。」
「いやいや、だから、元に戻るけど、イアンはやめといた方がいいよ。足のこともあるし、結婚しないって決めてるの。外からのご令嬢にはすごい警戒するよ。昔、父が何かと画策してたけど、もう絶対、会いもしないの。」
「でしょうね。私も警戒されてたもの。ブランシュ侯爵にはしてなかったけど、まあ、あの方は男とか女を越えてるものね。」
ああ、ソアラの口がどんどん悪くなってる気がする。とマルは思った。
「ソアラ、むきにならないで。実際、イアンに恋しても傷つくだけだと思う。あの人、避ける時は本当に徹底的に冷たいから。」
「、、、、マルが心配してくれてるのは分かったわ。でも、大丈夫よ。避けられないくらいまで近付いてやるわよ。」
うわあ、ソアラの顔が怖い。
「近付くって、どうやって?」
「文通でよ。」
「文通?」
「文古今東西、男女の恋は文から始まるのよ。」
「そうなの?」
そうかなあ?
「そうよ。ゆっくりやるから大丈夫。」
ソアラはそう言うとにっこりした。
「、、、、お薦めはしないよ。」
そう言いながら、でも、イアンとソアラが会うことはしばらくないだろうしそんなに心配はいらないかもしれない、とマルは思った。
イアンは手紙を喜ぶから2人が楽しく文通することは問題ない。ソアラは恋文を送ったりはしなさそうだ。
マルは、自分もまずはリルベアにこちらの様子ついて手紙を書かなくてはと思い、イアンにもレイモンドのことを書かなくてはと思い、そういえば自分とクラウディオの恋に手紙はなかったな、と思った。
クラウディオの手紙は、とても甘そうだなとも思った。




