36話 結婚後(2)
「ふう、それで、もう1つの相談はなんだい?簡単なことだといいんだが。」
ランドルフはやっと紅茶をいただきながら聞いた。
「少し、言いにくいことなんですが、簡単なことではあります。」
マルはそう前置きして続けた。
「夫をよろこばせる方法を知りたくて。ここならそういった本があるかと思って来たんです。」
ランドルフは軽くむせた。
「え?」
「妊娠中の妻が、夫に浮気されないようにする教本が貴族の図書室なら必ずあるでしょう?うちはまだ図書室の本まで揃ってないんです。本さえお借りしたら、1人で読み込むので大丈夫です。」
「いやいや、待ちなさい。そもそも何故そんな本が必要なんだ?あいつは君にぞっこんだろう?」
全然、簡単なことじゃないじゃないか、とランドルフは思った。
「まあ、はい。」
「、、、もう、子供ができたのか?」
「違います。」
「じゃあ、どうしてだい?浮気を疑うような何かがあったか?」
ランドルフは優しく聞いた。
「愛を疑っている訳ではなくて、私の愛を知ってもらうためです。ラウは私が自分を愛してないと思ってて、最近、執着が強いんです。」
「執着?」
「私がランドルフさんの名前を口にしただけで嫉妬したりします。ヒューゴと仲良くするのも気に入らないみたいです。」
「うわあ、想像できるな。」
「不健康です。」
「まあ、生い立ちのせいもあると思うが。」
「生い立ちですか?」
「聞いている通りなら、まっすぐ愛されて育っていないと思う。」
「そうなんですか?」
「ローレンス公爵は、権勢の拡大と維持に一番の力を注いでいた人だからね。長兄に後継ぎとして全ての愛情と教育を注ぎ、次兄は家に早々に愛想を尽かして出ていった。三男のクラウディオ卿は、公爵にとっては手駒の1つとして扱われて育ったが、年の離れた四男は、遅い時期の子供だったせいで、可愛がられた。夫婦仲は良かったとはいえないと思うよ。実際、成人してからクラウディオ卿は公爵とほとんど関わりを持ってない。」
「知らなかったです。」
「まずは言葉を尽くして、ゆっくり気持ちを通わすべきだと思うんだがね。」
「私、愛の告白って苦手みたいです。タイミングもよく分からないし。」
「ははは、分かるなあ、私もケイトに全然相手にされなかった。」
「なら言わないでください。」
「それでも、きちんと伝えることは大切だと思う。」
「言葉も尽くすとして、時間はかかるでしょう?何か行動を伴った方がいいかと思うんです。手っ取り早いし。」
「手っ取り早いって。」
ランドルフは絶句した。
それから少し、間をおいてこう言った。
「そういうのを毛嫌いする男もいるから、よい策なのかどうかは、何とも言えないが、、、、。キティを呼ぶから、一緒に探して、いろいろ聞きなさい。」
ランドルフはキティを呼んでマルを図書室に案内し、探し物を手伝うよう伝える。
マルとキティを見送りながら、これはケイトには言えないなあ、とランドルフは思った。
そして、マルがこんな相談を自分にしたことをクラウディオが知ったら気まずい上にとても怖いので、キティにしっかり口止めをしておくことを決意する。
図書室で、目当ての本はすぐ見つかり、マルはじっくりと読みこんだ。
キティは熟練の侍女らしく、マルに具体的なことをいろいろ教えてくれた。
***
次の日、クラウディオの帰宅は遅かった。
マルは寝室で待つうちにソファでうとうとしてしまっていて、風呂からあがったクラウディオに抱き上げられた所で目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃったね。ソファで寝てたから。」
クラウディオが優しく言う。
私、やっぱり、この人が好きだな。とマルは思った。
そっとクラウディオの顔に手を伸ばし、マルからキスをした。
そういえば、私からキスをするのは初めてだ。
クラウディオは一瞬たじろいだ後、柔らかく受け入れた。
クラウディオはマルを抱えたままベッドに腰かけたので、マルは両手を首に回してキスを続けた。
「マル?寝ぼけてるの?」
唇を離すと、甘い息を吐いて、クラウディオはそう聞いてきた。
はにかむような表情だった。
マルは少し微笑みながら言った。
「寝ぼけてない。」
そのままクラウディオを押し倒した。
クラウディオが短く息を吐く。
嫌がってはないな、と思い、マルは続けた。
「マル、どうしたの?」
途中、そう聞いてきたクラウディオの顔はとろんとしていて、マルはドキドキした。
「黙ってて。」
マルは、本とキティの指南の通り事を進めた。
***
「マル。」
クラウディオはマルを呼んだ。
マルが顔を寄せると、シャツの袖でぬぐってくれた。
「ごめん。」
「大丈夫。」
「突然、どうしたの?」
「嫌だった?」
「いや、素敵だったけれど、ちょっと驚いた。」
「ラウが好きなの。」
「え?」
「強硬手段で伝えることにしたの。」
マルがそう言うと、クラウディオは泣きそうな顔をして、マルを抱きしめた。
「バカだなあ、こんなことまでしなくていいんだ。キスしてくれるだけで十分伝わるよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
マルは伸びあがって、キスをした。
「愛してるの。」
「うん。」
クラウディオは嬉しそうにうなずいた。
「私、上手だった?」
「上手だったよ。」
「たまにしてもいい?」
「、、、たまになら。」
マルはくすくす笑った。
マルは結婚初日に気づいた自分の気持ちについて、クラウディオに伝えた。
そういえば、デビュタントでリーゼットと踊っているのが嫌だったことを思い出し、もしかしたらその時には好きだったのかもしれない、と伝えるとクラウディオはまたすごく嬉しそうになった。
ここ最近では、というか、今までで一番幸せそうな夫の様子に、マルはずっと伝えられてなかった商売のノウハウを学びたいことを伝え、ランドルフの娘の店で働けるかもしれない事についても話した。
「もし、話がまとまれば、働いてもいい?」
「それを今言うのはずるくない?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。」
「つまり、いいってこと?」
「今ならどんなお願いも聞いてしまうよ。」
「じゃあ、ぎゅっとして。」
「可愛いお願いだね。」
クラウディオがマルをぎゅっとしてくれる。
「そういえば、ラウは、こうひー、って飲んだことある?」
「珈琲のこと?一度だけならあるよ。飲んでみたいの?」
クラウディオは、マルの ゛こうひー゛ の言い方が可愛くてくらくらしながら聞く。
「はい。」
「今度、一緒に飲んでみようか。でも、マルには早い気もするなあ。」
「どういう事?」
「大人の味なんだよ。」
「、、、、私は大人です。」
「ふふ、そうだね。」
クラウディオは指でマルの背中を甘くなぞった。
「ラウ?」
「大人っぽいことしようか。次は僕がマルをたくさん甘やかす番。」
「甘やかす?」
「うん。マルはただ僕に甘えていればいいよ。」
そう言ったクラウディオの目はどこまでも優しいけれど、同時に妖しくてドキドキする。
その晩、マルはたくさん甘やかされた。
***
夏の休暇がやって来て、マルとクラウディオはターゼン領へ向かう馬車に揺られていた。
マルの隣でクラウディオはうとうとしている。
こういうの、珍しいな、とマルは思った。
休暇を長く取るために、最近忙しかったからかな。
クラウディオは、普段あまり隙のようなものを見せない。
自分の隣でうたた寝するクラウディオが、マルは少し嬉しかった。
ターゼン邸に着いたら、 5日後には婚礼の宴がある予定で、ケイトとヒューゴとソアラがわざわざ来てくれることになっていた。
ソアラはずっと、マルと顔が同じはずの兄のイアンと会うのを楽しみにしている。
ローレンス公爵も出席予定で、マルは初めて顔を会わせるので、そこは緊張しそうだ。
公爵の出席については、クラウディオも動揺していた。
ランドルフから聞いた話だと、2人は確執があるようだったが、ヒューゴは歩みよれるのでは、と言っていたし、少しでも上手くいけばいいと思う。
休暇が終われば、マルは一度ランドルフの娘の店に顔を出してみる予定で、マルは今からワクワクしていた。
さしあたっての予定は楽しみなことばかりだ。
ターゼン邸に着いたら、まずはイアンに会って、ソアラの押しの強い感じについて伝えておかないと、とマルは思った。
完結まで読んでいただき、ありがとうございました。
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続きの話はちらちらあるのですが、まとまりそうならまた書こうかな、と思っています。




