25話 マルグリット嬢の婚約 (3)
午後、約束の時間通りにクラウディオはやって来た。
マルは応接室で、クラウディオの向かいのソファに座った。
「こうやって顔を見て話すのは久しぶりだね。」
にこやかな笑顔でクラウディオは言った。
笑顔なのに、怒っているのが分かる。
「怒ってますか?」
こんなクラウディオを見るのは初めてで、マルはびくびくしながらそう聞いた。
「なんで?」
うわあ、怒ってる。
「私がクラウディオ団長をやんわり避けていたから。」
「自覚はあったんだね。」
にこにこ。
「ごめんなさい。」
「いいよ。怒ってはないよ。ただ、未来の婚約者に避けられて傷ついていただけだよ。」
にこにこ。
うう、笑顔が怖い。
「どうして避けてたのか見当は着くんだけど、ちゃんとマルの口から理由を聞きたいな。」
にこにこ。
怒ってるよう。
マルはもごもごと切り出した。
「ごめんなさい。その、クラウディオ団長と結婚するのかも、と思うと何だか恥ずかしくなったんです。」
マルは言いながら顔が赤くなった。
「どうして?」
にこにこ。
「えーと、男の人だなあ、と思ってしまって。」
マルはもうクラウディオの顔は見れなくて、真っ赤になって下を向いた。
「すいません、1人で勝手に意識してしまって、避けてました。」
「好きになったとかじゃなくて、いや、好きは好きなんてすけど、」
「ごめんなさい、あの、私、ずっとクラウディオ団長はケイト様の恋人だと思っててですね。だから、何というか、」
マルがしどろもどろで続けていると、クラウディオが隣に座ってきた。
「うわあ。」
驚いてクラウディオを見ると、さっきとは違う笑みを浮かべてマルを見ていた。
「マルが僕を親戚のおじさんから手近な異性として見てくれるようになったのは嬉しいな。」
にっこり。
「でも、これからも避けられるのは困るんだ。正式に婚約者になるからね。」
「正式に?」
「君のお父上から、君の承諾を取れば、婚約することを許していただいた。僕と婚約してくれる?」
優しくて気軽な口調だった。
隣に座ってはいたが、マルとの間に適度な距離は開けていて、圧迫感はない。
「はい。」
マルは小さく返事をした。
断る理由はなかったし、クラウディオの気軽な口調はマルが感じていた結婚の重圧を少し軽くしていた。
クラウディオがほっと力を抜いたような気がした。
「よかった。」
優しい、柔らかい声だった。
「明日からは避けないでほしいな。まあ、避けたとしても、婚約者なんだしもう遠慮はしないけど。」
「がんばります。」
遠慮しない、とはどういうことだろう、とマルは思った。
嫌がらせみたいに、令嬢扱いされたらやだなあ。
そこでふと、マルは朝ケイトに言われたことを思い出した。
「あ、避けてたので伝えられなかったんですが、前にブラット卿と手合わせされた時、剣が強くて驚きました。かっこよかったです。ターゼン領では、最近、自警団を組織しているのですが、父も兄も、、、」
マルはそこで一度、言葉を切った。
クラウディオが顔を赤くして、すごく嬉しそうにしていたからだ。
耳まで真っ赤だし、目も少し潤んでいる。
こんなに喜ぶんだ。
マルはびっくりした。
あんまり剣の腕については褒められる機会がないのかな、トーナメントには出ないってレイピアも言ってたし。
それとも、お兄さんとの手合わせのことだから余計にうれしいのかな。
「クラウディオ団長?」
「わあ、ごめん、いきなり褒められたからびっくりしてしまって。ターゼン領の自警団のことだね?」
「あ、はい。8年前のこともあって自警団を組織しているんですが、父も兄も剣や武術は全然なので、クラウディオ団長に相談できると心強いと思います。」
「領地に伺った時に聞いているよ。僕の父も力になれると思う。」
そう言って微笑んだクラウディオは、いつものクラウディオだった。
あ、機嫌直った、とマルは思った。
ケイト様、すごいな。
「いろいろ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
「さて、婚約の発表の時期なんだけど、マルのデビュタントが終わった後にしようか、とターゼン侯爵とは話していたんだけど、いいかな?」
「デビュタントの前じゃなくていいんですか?」
こういう話は、発表してから2人で社交界に出てアピールすることが多い。
「そうすると、マルがケイトのエスコートを受けられなくなるだろう?僕の婚約者なんて、変な注目もされるしね。お父上も君には、デビュタントを楽しんでもらいたい、と言っていたよ。」
「そんな事、手紙には書いてなかったのに。」
「うん。侯爵の中ではマルは、まだ小さい女の子みたいだ。会場でいろいろ見せたり、食べさせてあげてください。ってお願いされてしまった。」
クラウディオはそう言うと、くすくす笑った。
マルは顔を赤くした。
食べさせてあげてください。って何だ。
17才のレディに言うことでは絶対にない。
「いろんな物、食べようね。」
「食べません。」
「そう?皇室主宰だから、規模も料理も全然違うよ。」
「大丈夫です。」
「ふふ、あと、結婚は春中に行って、結婚後は僕の仕事もあるのと、帝都に拠点があった方がいいから、こちらで過ごすことになりそうだよ。」
「はい、それは父より聞いています。ローレンス公爵家の所有している屋敷を借りる予定のようですね。すみません、うちの婿養子に入っていただくのに。」
「いいんだよ。誰かが住んでた方が管理しやすいから。そんなに広くないけど。」
「広すぎる方が困ります。」
「よかった。夏の休暇に、2人で少し長くターゼン領に帰ろうね。」
「はい。」
「話しておくことはこれくらいかな。さて、マル。」
クラウディオはマルに向かって、座り直した。
「はい。」
「少し早いけれど、君の誕生日に、デビュタントでつける髪飾りを贈ってもいいかな?婚約者として。」
そう聞かれて、これは断れないやつだとマルは思った。
「ありがとうございます。」
「ドレスの色とデザインが決まったら教えて欲しいな、合うものを作らせるよ。」
「えっ、既製品でいいですよ。」
宝飾品のオーダーメイドなんて、絶対、高価だ。
「マル。」
クラウディオが微笑んで言った。
「これ、断れないやつだからね。」
「、、、ありがとうございます。」




