23話 マルグリット嬢の婚約 (1)
年が明けたある日、ケイトは帰ってくるなりランドルフに聞いた。
「ランドルフ、皇室図書館に一度も出入りしていないようだが。何故だ?」
ランドルフはなんの事か分からず、聞き返した。
「皇室図書館?」
「君は皇室図書館に自由に出入りしたいから私と結婚した、と言っていただろう?入室記録を見たが、君の名前はない。」
「びっくりだな、まさか、あの言い訳を信じていたのか?」
「嘘だったのか?」
「嘘だよ。」
「本当になぜ結婚したんだ?興味本位か?」
「この結婚が嫌なのか?」
「そうじゃないが。」
反射的にそう答えてしまって、ケイトはびっくりした。
「私は今、否定したか?」
「否定してくれたよ。」
「はあ。」
ため息をついて、ケイトはランドルフの向かいに座った。
「紅茶でも用意しようか?」
「いや、いい。」
ケイトはしばらく黙ってから言った。
「そうだな、不思議なことにこの結婚は嫌ではない。私は君をいつの間にか受け入れているようだ。ただひとつ、君が求婚した理由が腑に落ちない。」
「何度も言っているんだがなあ。」
「私を愛している、というやつか?」
「ケイト、君を愛しているんだ。」
「はは、もうそう考えるしかないな。」
ケイトは力なく笑うと、棚からワインを取って、自分でついで飲んだ。
「この気持ちが迷惑なら、気取られないように気をつけよう。」
ランドルフは悲しそうにそう言った。
「いや、迷惑ではない。そもそも全然思いもしてなかったのだから、今から気をつけなくてもいい。そうではなくて、その、すまない。」
「構わない。特に傷ついてはいない。」
「そうか。」
ケイトは無言でワインを飲んだ。
「いつから私を慕っていたのか聞いても?」
「いつからかは分からないな、気が付いた時には、もう好きだったんだ。君はどこに居ても目立つから目に入るんだよ。」
「いつ気が付いたんだ?」
「さあ、何年か前だと思うが。」
「前すぎないか?何年も何してたんだ。」
「執念深い性質でね。私は恋愛に関しては一途で独占欲も強いんだ。だから君の一時の恋人になりたいとは思わなかったし、君の多くの浮き名をただ見てただけだ。」
「ただ想っていたということか?ちょっと理解できないな。」
「君の恋愛の傾向は、情熱的というか、劇場的だからね。」
ランドルフは苦笑した。
「そこからどうして、脅迫まがいの結婚になったんだ?」
「ローレンス家の四男を養子に迎えると発表があって、君が永遠にあの若者のものになるのは嫌だったからさ。」
「いくら私でも14才に手は出さない。そもそもヒューゴにそんな感情は抱かない。」
「6年もすれば20才だ。恋愛にならないとしても、義理の母として君を手に入れる。それでなくても、ローレンスの三男がもう君を手にしているのに。」
「ラウが恋人だったことはない。友人だ。」
ケイトは少し怒った声で言った。
「知っているよ。一番の友人だ。今までの恋人達は誰も彼に勝てない、いつでも彼が一番だ。君の中では、色恋より友情が上なんだ。今も君は友人を貶められたから怒っているんだろう?」
「はあ、まあ、確かにそうだが。いやはや、君がそんな風に思っていたなんてな。」
「要するに嫉妬だな。ちなみに、君と結婚した頃、クラウディオ卿は私に警告しにきたよ。あれは怖かった。」
「ラウが?」
「ああ、こないだはブラット卿も来た。こっちも怖かったが、クラウディオ卿の方が怖かったかな。」
「ローレンス家は、家族ぐるみの幼なじみなんだ。公爵は好きではないが、兄弟は皆好きだ。特にラウは同い年だから一番近しいんだよ。」
「分かっている。私は別にクラウディオ卿に勝ちたい訳ではないよ。でもこれ以上ローレンスに君を取られるのは嫌で、この春からのいろいろもあって、君の夫の地位を得た。」
「いろいろ?」
「いろいろあったんだ。」
ケイトと男妾だと噂されていたマルとの異常な距離の近さにやきもきして、
夜会ではケイトと踊った。
さらし事件の時は、壁際で息がかかる近さでケイトに詰め寄られて体が熱かった。
ケイトへの気持ちを恋だと知っていたが、年甲斐もないと思っていたし、プラトニックでいずれ薄れていくものだと思っていたのが、この春以降、徐々に生々しいものになってしまった。
夏の間、ランドルフは久しぶりにあの恋愛特有の苦しい思いをして、ヒューゴの養子の件があったのだった。
「私にとってのいろいろがあっての、結婚だった。」
「積年の恋がかなった男には全く見えなかったが。」
「私は、喜怒哀楽が分かりにくいんだ。」
ランドルフはにっこりした。
「こういうのは初めてで戸惑うな。」
ケイトは耳が熱くなるのを感じた。
「君のそういう顔は初めて見るな。」
ケイトはワインを飲み、深く息を吸って、顔を元に戻した。
「私は君の愛を嫌ではないようだ。」
「それは嬉しいな。」
ランドルフは優しく微笑んだ。
「ラウとヒューゴとは仲良くやってくれ。」
「そこはもちろん、夫となった今、仲良くするよ。」
「君に指輪を贈ろうか?」
ケイトは少し迷ってからそう提案した。
「、、、、。」
ランドルフは呆然とした。
「なんだ?要らないか?」
「いや、これでもとても喜んでいるんだ。」
「ふふ、全然見えない。」
「困ったな。」
ランドルフは全く困ってない様子でそう言った。




