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第十章 新しい人生と、毎月一日の家賃回収

巨大魔獣『ギガント・グランド・トータス』の襲来から数日が経過した。討伐の副産物である巨大な甲羅は、トリス不動産の資材置き場にて手際よく解体され、高品質な建材や防具の原料として高値で売却された。その豊富な資金を投入して行われた共用部の改修工事は迅速を極め、寒風が吹き荒れる十二月の到来を前に、「ハイツ・ゴブリン」をはじめとするトリス管理物件エリアの全客室には、最新型の「魔導温風エアコン」と強化防音壁が完備された。十二月最初の朝。澄み渡る冬の青空の下、街の街路樹にはうっすらと初霜が降り、キラキラと朝日に輝いている。「店長ー!お掃除終わりましたー!改修されたエアコンのおかげで、どこのお部屋の前を通ってもぽかぽか暖かい風が漏れてきますよー!」猫耳をパタパタと揺らしながら、ミアが誇らしげに報告してきた。手にしたバケツからは、ほのかに石鹸の爽やかな香りが漂っている。「ご苦労様です、ミア。住環境の快適性を維持することは、入居者様の満足度を維持し、長期的な入居率を担保するための基本ですからね」僕は受付カウンターで、静かに温かい紅茶を口に含んだ。窓の外に目をやると、そこにはかつての殺伐とした森や荒れ果てたダンジョン街の面影はなく、生き生きとした人々の生活の営みが広がっていた。



アパートの敷地内にある共同井戸の広場では、爽やかな朝の光を浴びながら、チート勇者ハルトが元・魔王ヴァルガとともに汗を流していた。「よーし!今日もひと汗流すぞ!ヴァルガ、準備運動はバッチリか!?」「ふん、無駄に元気な奴め。我が余興の体操に付き合ってやるのも、日課となってしまったな」かつて世界を滅ぼそうとした暗黒の魔王と、それを討伐するために召喚された伝説の勇者。宿敵同士であった二人は今や、同じ「ハイツ・ゴブリン」の一階と二階に住む隣人同士として、毎朝一緒に「ラジオ体操第一(異世界版)」を行っている。「ハルトさん、ヴァルガさん!おはようございますー!」通りがかったミアが手を振ると、ハルトが歯を見せてニカッと笑った。「おう、ミアちゃん!ネイル店長によろしくな!エアコンのおかげで昨日の夜もぐっすり眠れたよ。前いた世界のアパートより快適なんじゃないかってくらいだ!」「我が部屋の静音性も素晴らしい。深夜に魔導書を音読していても、一切周囲に迷惑がかからん。実に素晴らしい環境だ」ヴァルガも満足そうに頷く。ハルトはかつて「勇者」という重責に押し潰され、ただ戦うためだけの道具として扱われていた。しかし今、この四畳半の自分の部屋で、自分で選んだ家具に囲まれ、誰の命令も受けずにぐっすりと眠る平穏を得た。 ヴァルガもまた、「魔王」という孤独な頂点から降り、人間たちの小さな挨拶や日常の会話の中に、本物の安らぎを見出していた。二人は運動を終えると、仲良く共同ゴミ集積場へ向かい、決められた分別ルールに従って整然とゴミ袋を設置していくのだった。



一方、少し離れた場所に位置する「リノベーションダンジョン一号室」。 かつては冒険者たちを恐怖に陥れた死のダンジョンであったその場所は、今や緑豊かな庭園と温もりある木造アプローチを備えた、理想のデザイナーズ住宅へと変貌を遂げていた。「ツヴァイ様、朝食のご準備が整いましたよ」エプロン姿の元・聖女リリィが、愛らしい笑顔でダイニングテーブルへ料理を運ぶ。湯気を立てる温かいスープと、焼き立てのパンの香りが部屋いっぱいに広がっていた。「ありがとう、リリィ。……ふふ、こうして君と二人で、静かな朝を迎えられるなんて、以前の僕たちには考えられなかったな」漆黒の翼を背中に収めた魔族のツヴァイが、愛おしそうにリリィの手を取る。種族の壁と、聖職者と魔族という対立の歴史に引き裂かれ、世界中から追われていた二人は、トリス不動産と出会ったことで「誰にも邪魔されない我が家」を手に入れた。ダンジョン住宅の堅固なセキュリティと、ネイルが施した隠蔽魔法の契約のおかげで、二人は追っ手の恐怖に怯えることなく、愛を育むことができている。「ええ、ツヴァイ様。ネイル店長には感謝しても感謝しきれませんわ。ここが私たちの、世界で一番大好きな『居場所』です」二人は微笑み合い、温かいスープを口に運んだ。窓から差し込む朝の光が、二人の仲睦まじい姿を優しく包み込んでいた。



そして、新規分譲エリアの開拓現場。「おーい!セメントの配合、これでいいかー!?」「完璧だ!『錬金術』で硬化速度を三倍に調整したぞ!」「よし、『神速』で一気に塗って回るぜ!『空間魔法』で足場を移動させてくれ!」夜逃げを企て、こっぴどくお仕置きされた「滞納者同盟」の三人。ケンジ、ダイスケ、シンジ。彼らは巨大魔獣の討伐貢献によって借金を完済し、強制労働からは解放されたものの、自らの意思で「建築・土木ギルド」を立ち上げ、トリス不動産の専属業務委託パートナーとして働き始めていた。「なあ……俺たち、前世じゃ何をやってもダメで、チート能力をもらっても悪知恵しか働かなかったけどさ……」汗を拭いながら、錬金術師のケンジが遠くの街並みを眺めた。「こうやって自分の手で街を作って、誰かに『ありがとう』って言われるの……悪くないよな」「おう!俺の『神速』も、泥棒の逃走じゃなくて、資材の緊急搬送に使った方が百倍感謝されるぜ!」「僕の『空間魔法』も、ゴミの処理や安全な搬送に引っ張りだこだよ。ネイル店長に叩き直されなかったら、今頃俺たち、どこかの牢屋に入ってたかもな」三人は顔を見合わせ、爽やかに笑い合った。彼らもまた、異世界で「正しい評価」と「自分の役割」を見つけ、胸を張って生きる喜びを知ったのだ。転生者、勇者、魔王、異種族。居場所を失い、孤独や葛藤を抱えていた者たちが、「住まい」という小さな基盤を得たことで、互いを尊重し合い、新しい人生を歩み始めている。トリス不動産が提供したのは、単なる屋根と壁ではない。それらは彼らがこの異世界で「生きていってもいいのだ」と思える、掛け替えのない『承認』そのものだったのだ。



「ふぅ……」



店舗の窓からその光景を眺めていた僕は、温かい紅茶を飲み干し、静かにカップを置いた。街には笑顔があふれている。皆が互いの存在を認め合い、平和で温かな日常を満喫している。異世界転生ものの物語であれば、ここで美しい音楽とともに感動的なエンディングクレジットが流れる場面だろう。



……しかし。



僕はチラリと、壁に掛けられた木製のカレンダーに視線をやった。そこに刻まれた日付『十二月一日』。



カチリ。



静かな店内に、冷徹な時計の針の音が響いた。すーっ……と、僕の瞳から甘さが消え去り、研ぎ澄まされた「絶対的な不動産管理者」の光が宿った。「ネイル店長……?あ、あの……急に顔つきが変わりましたけど……?」ミアが察して、じりじりと後ずさりする。「ミア。感傷に浸る時間は終わりです。カレンダーをご覧ください」「カレンダー……あ!き、今日って……!」「ええ。本日、十二月一日は……我がトリス不動産のオープニングキャンペーン『フリーレント三ヶ月』が完全に満了し、全入居者様にとって『初めての家賃回収日』でございます」僕がパチンと指を鳴らすと、黒いレザーの小鞄と、分厚い「全物件管理台帳」、そして最新の算盤がデスクの上に召喚された。「これまでどれほど仲良くラジオ体操をしていようが、どれほど愛を育んでいようが、どれほど改心して社会貢献していようが……それとこれとは話が別です。家賃の支払いは、賃貸借契約における絶対の義務」僕は算盤の玉をパチパチと弾き、完璧な精度で今月の回収予定総額を算出した。「ハルト様、ヴァルガ様、ツヴァイ様、ケンジ様、ダイスケ様、シンジ様……その他すべての入居者様。一室たりとも、一コイントたりとも、滞納は認めません」「で、店長……みんな、あんなに幸せそうに暮らしてるのに、いきなり集金に行くんですか……?」「何を言っているのですか、ミア。幸せな日常を維持するための対価こそが家賃です。家賃を払ってこそ、プロの入居者というものですよ」僕は小さな鞄を肩に掛け、黒いマスターキーを手に取ると、極上のビジネススマイルを浮かべて店舗のドアノブに手をかけた。「さて、ミア。今月の家賃の回収に回りましょうか。……滞納は許しませんよ?」



パタン。



澄み切った冬空の下、小さな不動産管理者の足音が、静かに、しかし力強く街へと響き渡っていった。人々と異種族と転生者たちの、新しくも現金な「第二の人生」は、毎月一日の家賃回収とともに、これからもたくましく続いていくのである。




【エピソード一 完】





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