10 枢の下-1-
カイロウ隊はちょっとした騒ぎになっていた。
隊員のうち、三名が行方をくらませたのだ。
自宅を訪ねても不在。
家族に訊ねても不明。
騒ぎを大きくしないようにと、隊員たちはひそかに探し回ったが見つからず。
近々、地上活動禁止令が出されようというこの非常時に、いったいどこへ行ったのか。
隊長が不在ということもあって隊全体が浮足立っていた。
そこに突然、三人が戻ってきたのである。
しかも一人は拘束された状態で。
そのために騒ぎはますます大きくなってしまった。
「いったい何がどうなってンのか、説明してもらおうじゃねえカ」
とりあえず、とギトーが横目で見やる。
「なんでソイツは縛られてるンだ?」
隊員たちの奇異の目にさらされたキンケルは、もはやそれに反応する気も失せているのか項垂れたままだ。
「話すと長くなる」
ダージはことの経緯を説明した。
足らずはアナグマが補強し、外での一件を共有する。
「そうか……隊長が――」
彼らの一番の関心事はやはりカイロウの安否だった。
カイロウあっての隊だったから、誰もがその訃報に表情を暗くした。
中には彼の死を知り、明日の生き方を考えだす者もいる。
彼はたんなる頭目ではなく、隊員の心をつなぎとめていた、文字どおりの礎であった。
「亡骸はここにはないが、俺たちでお弔いしよう」
誰からともなくそんな声が聞こえた。
もちろん反対する者はいない。
「でも今すぐはまずいぜ。なんで隊長の死を俺たちが知ってるんだ、って話になる」
王からの命令はまだ下りていないものの、調査団も兵団も地上に出ることを自粛している。
ここで葬礼を執り行うと、あらぬうわさが広がってしまう。
それは避けるべきだという意見が数名からあがった。
とはいえひとつの区切りとして、なにより今まで導いてくれたカイロウへの感謝を表したい――という想いが隊の中に伝播する。
「今はおれたちだけで密かにやろう。失踪届を出して一定期間が経てば死亡として認定される」
そのときに改めて調査団合同で挙行しようということで落ち着く。
「それで、だ――」
陰鬱な空気になったところにダージがおずおずと切り出す。
「カイロウ隊長のご遺言の件だが」
アナグマは内心、助かったと思った。
後任を託されたと自分からは言い出しにくい。
「隊長はアナグマを後任に指名された。これは本人はもちろん、俺も……それからキンケルも直接聞いている。間違いない」
場がざわつく。
ささやき声と彼らが向ける視線は、アナグマにとって良いものではなかった。
「なんで新入りなんだ」
「聞き間違いじゃないのか?」
「納得いかねえよ。俺たちゃずっとカイロウ隊長の下でがんばってきたんだ。それが実績もない新入りを指名だと?」
「悪いが、はい分かりました、とはいかねえな。隊長は危篤だったんだろ? 気の迷いで言ったのかもしれねえ」
多くが否定的な意見だった。
心情的には理解できるだけに、ダージもアナグマもすぐには反論できない。
そのことが反対派の攻勢をさらに強めることに――は、ならなかった。
叩き割るほどの勢いで机を殴った者がいたからだ。
その音に全員の視線が集まる。
「情けねェ……こうでもしなきゃ静かになンねえのか」
ギトーだった。
「ダージよ、お前もなンで黙ってル? おおかたキンケルが縛られてンのも、それに関係してんじゃねえのカ?」
「それは……」
「後任の話になった途端、よそを向いタ。何かあると思うのが普通ダロ?」
「そう、なのかい?」
ソブレロが促す。
やがてダージは言った。
「アナグマを殺そうとした」
騒然となりかけた場をギトーが再び鎮める。
「こいつも同じだ。アナグマが隊長になるのが納得できなかったんだ。だから殺して成り代わろうとしたのを俺が止めた」
仲間を手にかけようとするなど、本来なら良くて追放、悪ければ死刑に処される大罪だ。
「ご遺言は俺も聞いていたからな。こいつは俺も殺し、ひとりで戻って隊長の座に就くつもりだったらしい」
「トンでもネェ奴だな……」
ギトーは軽蔑の視線を送った。
他の者たちもやりすぎだ、死刑にしろ、と口々に言い合う。
「ボクはアナグマ君でいいと思うよ」
そんな中で、水を差すような発言をしたのはソブレロだった。
柔和な顔つきの、おだやかな口調で発したひと言は、場の過熱を少しだけやわらげた。
「この雰囲気を見ていたらむしろ適任なんじゃないかな」
「どういうこったよ? お前は納得できるのかよ」
「みんなは納得できない、反対だと言うけれど、どうしてカイロウ隊長の御遺志を尊重しようとしないんだい?」
「それは――」
「自分の意見ばかりじゃないか。弔おうってさっき話したばかりなのに、ボクたちが最後に隊長にしてあげることがご遺言を無視することなのかい?」
「…………」
「少なくともいま騒いでいた人の中に"カイロウ隊長"の跡を継げる人がいるとは思えないけどね」
誰も何も言えなくなった。
彼の言い分は筋が通っていて反論の余地はない。
隊員たちは子どものようにわめいていた自分を恥じた。
「なんダ、オメーもけっこう言うじゃねェかよ」
からかうような調子で言うギトーに、
「思ったことを言っただけだよ」
彼は涼しい顔で返した。
こうなると今まで沈黙していたアナグマも口を開かざるを得なくなる。
「いいでしょうか?」
彼はたった今、覚悟を決めた。
「後任に指名されたとき、俺は迷ってました。自分には相応しくないのではないかと」
引き受けるかどうかではなく、どう辞退すべきかを、である。
ダージはこう言ったのだ。
辞退するなら全員の前で言え、そしてお前自身が次の隊長を選べ、と。
だから彼は数分前までそれを考えていた。
「でも決めました。託された俺自身が隊長の遺志に背くことはできません」
迷いを断ち切り、背中を押したのはソブレロの言葉だった。
「カイロウ隊長の遺志を受け継ぎ、俺がこの隊の――隊長を務めます」
着任式はひどく簡素だった。
司会者もいなければ、象徴となる斧鉞もない。
出席者の拍手すらなかった。
ソブレロの一声もあって、これ以上反対の声をあげる者はいなかった。
したがってこの着任を歓迎している者がどれだけいるのか、それは彼ら自身にも分からなかった。
明らかなのは、少なくともソブレロだけは彼を隊長と認めていることである。
「そら見ろ……」
キンケルは誰にも聞こえない声でつぶやいた。




