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6 枢へ-4-

「それは本当か?」


「地震から逃げる途中のことです。僕たちはただの地震ではなく、想像もつかないほど大きな何かの気配を感じました。そのときに――」


 暗闇の奥に何かを見た、と彼は言った。


「姿は見たのか?」


 王は――。


 気品を隠れ蓑にして冷たい視線をアナグマに注いだ。


 地上の獣のように怪しく光る双眼が彼を捕らえて放さない。


「いえ、見ていません。夜闇のかげろうのようなものでした。もしかしたら恐怖が見せた幻だったのかもしれません」


 実際、そうかもしれないと彼は思いはじめていた。


 夜の闇はたんなる黒一色ではない。


 遠くにあるものや空気の厚みによって微妙に濃淡を変える。


 視認できる差もあれば、気のせいと片づけられる程度の色味の差もある。


 自分はたしかに何かを見た。


 しかし本当に見たのか?


 見た気になっているのではないか?


 彼は分からなくなった。


「そうか、見ていないと申すのだな?」


「はい」


 アナグマがひかえめに頷くと、王はふっと息を漏らした。


「そうか」


 仕草に安堵が見える。


「実は各所より報告があってな。地上には巨獣とは異なるおそろしい怪異が潜んでいるというのだ」


「怪異、ですか? しかし調査団や兵団にはそのような話は聞こえておりませんが……」


 ソブレロが慎みながら言った。


「それは運がよかったのであろう。地上には王室の兵たちも出ておる。彼らが言うにはきわめて危険な存在であるらしい。犠牲者も出ておるのだ」


 そこで、と王は咳ばらいをひとつした。


「安全が確認できるまで、調査団および兵団の地上での活動を禁ずる」


「…………!?」


「このことは近日中に正式に下知する。諸君も軽率な行動は慎むよう」


「お、お待ちください。我々の生活は地上での活動の成果により成り立っております。禁じられますと生きる糧を失ってしまいます」


 ソブレロが慌てて撤回を求めた。


 が、王は首を縦に振らなかった。


「諸君は知らぬであろうが、我が国は平時より糶糴斂散ちょうてきれんさん制を進めておる。”枢”には充分な蓄えがあるゆえ、これを三層に流そう」


 王が言うには、非常時に備えて主食となる食糧を価格が安い時期に買い上げているという。


 これを民に放出することで、当面は生きていくには困らないというのである。


「では調査団としての仕事は……」


「他にも業務はあろう」


 これが決定だ、と言わんばかりに王はソブレロの訴えに取り合おうとしない。


 アナグマたちは顔を見合わせた。


 調査団の活動場の大半は地上だ。


 それを禁止されれば手足をもがれたも同然である。


 この点、彼らのボディガード以外にも多くの任務を抱えるズィロやユーリは、さほど危機感を抱いていない様子だ。


「心配はいらぬ。地上に出られぬ間、諸君には別の仕事を与えよう。国家のために役に立つ仕事だ」


 王はにこやかな顔つきになった。


「では私たちが呼ばれたのは……」


「地上の様子の聞き取りと、仕事の案内のためである。地上への出入りができぬとなれば不安だろうと思うてな」


 ソブレロは視線をさまよわせたが、やがて深々と頭を下げた。


「王様のご叡慮とお取り計らいに心より感謝いたします」


 彼が後ろ手にそっと合図すると、アナグマたちもそれに倣った。

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