6 枢へ-1-
何もかもが分からない。
それが彼らに共通の想いだった。
アナグマは俯き加減に辺りを見回した。
地下と地上を行き来している彼にとって、ここはそのどちらとも異なる、第三の世界のようであった。
堅牢な石造りの壁に囲われたここには――。
”贅”があった。
過酷な現実から切り離された楽園。
したがって居心地が悪い。
というより生きた心地がしない。
なにしろ周囲には兵士――実際には武装した集団――がずらりと並んでいるのだ。
「これはどういう状況ですか?」
アナグマはソブレロに訊いた。
「どちらか、だね」
「――というと?」
「きわめて良い状況か、とんでもなく悪い状況か」
「なぜそうなるんですか?」
「ここに連れてこられるときは褒賞か懲罰と決まってるんだ」
「信じられないですね……」
彼は多くの意味を込めてつぶやいた。
地下世界には、もうひとつの世界があった。
上層、中層、下層と分けられていた、アナグマたちが住むのとは別の世界だ。
上層よりもさらに上の――どの層にも属さない、「枢」と呼ばれる場所。
王族、貴族、華胄が住まう地である。
労働とは無縁の華奢な体つき。
不必要に着飾り、気取った態度。
そして明らかに三層を見下している目つき。
ここにいる者は誰もがそうだった。
農民も、商人も、調査団も、兵団も、誰もが体を張り、命懸けで生きている。
だが彼らはちがう。
彼らは体を動かさない代わりに、金を動かす。
三層に道具を買い与え、働かせ、自分たちはその恩恵を買い取って生きている。
この地下世界の最も高い場所にあるのと同じく、彼らは地下世界の誰よりも高い身分でその営みを謳歌していた。
彼らが三層と交わることはほとんどない。
たいていは両者をつなぐ仲介役がやりとりをおこなう。
特権階級にあるこの者たちにとって、三層と直接顔を合わせることは耐えがたい苦痛なのである。
そんな世界にアナグマたちが赴かざるを得なかった理由――。
これはきわめてシンプルだった。
招かれたからだ。
文書にはそう書かれていた。
しかし実際のところは呼び出しである。
それも一般的な意味ではなく、より限定的で、もっと強権的な――。
「………………」
アナグマは呼吸を整えた。
あの日。
あの時。
命からがら逃げ出し、拠点に戻ってきた彼らを待ち受けていたのはさらなる苦痛の連続だった。
捜索に出た他の隊の半数ほどが消息不明となっていた。
かろうじて帰還した隊員たちも、ゴモジュ隊の安否は確認できなかったという。
大きな打撃を受けた調査団、兵団は今後の方針を協議することとなる。
ゴモジュ隊を含め、今回の捜索で消息を絶った隊員らのために再び捜索隊を派遣するか?
喪失した人員をいかに補充するか?
地上での活動範囲や手段等について、厳格に規定するべきではないか?
結論の出ない議論を重ねるうち、一部で両団の間に軋轢が生じ始めた。
調査団に同行したせいで兵団に犠牲者が出たのではないか、という声がささやかれたからだ。
その性質上、兵団が調査団の護衛として同行することはあっても、その逆はない。
今回の捜索も調査団だけで解決するべきだった、と言う者さえある。
こうした静かな対立の中にあって、追い打ちをかけたのが”枢”からの召集だ。
カイロウ隊――彼は不在だが――はただちに出頭せよ。
たった一枚の紙切れは、きわめて簡素で高圧的な文面だった。




