第22話 『身を潜めて待つ間』
街の大門を出てしばらく街道を歩き、その道沿いに広がる林の茂みにプリシラとエミル、そしてジャスティーナは身を隠していた。
ジュードが水や食糧などの物資を調達して戻ってくるまでここで待つのだ。
その間、プリシラは両手を何度も握ったり開いたりして体の感覚を確かめていた。
(力が戻りつつある……まだ握力は万全じゃないけど。足は動く)
プリシラは曲芸団の団長に強烈な刺激臭の薬品を嗅がされて意識が朦朧とし、体に力が入らなくなってしまった。
だが、その後ジュードから同じような刺激臭の薬品を嗅がされて彼女は意識がハッキリとしたのだ。
そこからプリシラの体は元の調子を少しずつ取り戻していた。
プリシラは両手を組み合わせて握力を確かめながら、すぐ近くにいる赤毛の女戦士に目を向ける。
「ジャスティーナ。ここはもしかして公国領のアリアド?」
「ああ。そうだ。あんた、だいぶ体が戻ってきたみたいだね」
ジャスティーナは茂みの中で木の幹に背中を預けながらそう言った。
休息を取りながら、それでいてしっかりと周囲を警戒している。
先ほどの天幕の中での立ち回りを見ても分かるように、彼女はかなり手練れの戦士だった。
ダニアの女らしく体つきも屈強であり、その顔からは勝ち気な性分が見て取れる。
プリシラは彼女のことが気になって尋ねてみた。
「ジャスティーナ。あなたはどこで生まれたの?」
「会ってすぐのあんたにペラペラと素性を話すつもりはないよ」
すげなくそう言うジャスティーナに、プリシラの隣でエミルは少々ビクビクしていた。
プリシラは弟の気弱さに内心でため息をつく。
「それもそうね。あなたみたいな立場のダニアの女に初めて会ったから、つい気になってしまって。ごめんなさい」
そう言うとプリシラは逆に自分の知っていることを話し始めた。
新興国家である統一ダニアには今や3万人を超える赤毛の女たちがいて、男たちを含めるとその人口は5万人近くに登る。
それだけの人数が住むには岩山の上に建てられたダニアの街は狭いので、共和国内の各主要都市に合計で1万人規模の女たちが派兵されていた。
「あなたみたいな人は珍しいけれど、別にダニアの血筋だからって皆が統一ダニアに所属しなければならないわけじゃないものね」
ジャスティーナはその話を聞くともなしに聞きながら、腰帯に差していた短剣の鞘をプリシラに差し出した。
「丸腰じゃイザという時に困る。持っておきな。ダニアのお姫様なら使い方は知っているだろ」
プリシラは短剣を受け取りながら顔をしかめる。
「そのお姫様っていうのやめてくれる? アタシはお貴族様のご令嬢じゃないわ。蛮族女王の娘なんだから」
一国家となった今でもダニアは蛮族と蔑まれている。
プリシラの母である第7代ブリジットの若い頃までは、商隊などを襲って略奪をする盗賊稼業で食いつないでいたのだから仕方ない。
しかしプリシラは蛮族と呼ばれることにむしろ誇りを持っていた。
共和国とは同盟関係にあるがそれは対等な立場であり、自分たちは決して飼い慣らされた犬ではなく狼の群れなのだという自負がダニアの女たちにはある。
「勇ましいね。けど、そんなお上品な装いじゃ格好つかないよ」
そう言うとジャスティーナはプリシラの衣服を指差した。
汚れてしまってはいるが、上等な布で作られた、貴族の娘が着るような服だ。
ジャスティーナから指摘を受けたプリシラは思わず恥ずかしそうに顔を紅潮させる。
「仕方ないでしょ……こんなことになると思わなかったし着替えなんてないから」
「まあ、ジュードは察しのいい奴だから、2人の服も適当に見繕ってくるだろう。目立たぬ旅装用のやつを」
これから国境を越えて共和国のビバルデに戻らなくてはならないわけだが、街中ならともかく野原を行くのにプリシラとエミルの服装は目立ち過ぎる。
野盗らに襲ってくれと言っているようなものだ。
「ありがとう。助かるわ。後でその分も請求して」
プリシラはそう言うと自分たちがたまたまこの2人に助けられた幸運を噛みしめつつ、いまだに曲芸団で囚われの身となっている先ほどの女たちの身を案じた。
彼女たちはこれから奴隷として売られていく。
そのことを思うとプリシラはたまらなくなり、意を決してジャスティーナに声をかける。
「……ジャスティーナ。面倒をかけている身で言えたことではないけれど、同じ奴隷商人に捕まえられていた人たちを助けたいの。もちろんあなたには面倒をかけないよう、アタシが連中を叩きのめすわ。だから武器を一つ貸してもらえないかしら」
ジャスティーナは短槍の他に長剣や短剣を身に着けている。
先ほど預かった短剣の他に長剣を一本でも借りられれば、プリシラは相手が男10人だろうと片付けられる自身があった。
だが……ジャスティーナは冷めた目をプリシラに向ける。
「奴隷として売られる連中を助けたい? なぜだ? そいつらはあんたの身内なのか?」
「え? いや……身内じゃないけど……でも彼女たちは困っていたのよ!」
「フン……自己満足の正義感か。やっぱりあんたはお姫様だよ。世間知らずのね」
ジャスティーナは冷然とそう言い放つのだった。