第23話 『厳しい現実』
「奴隷として売られる連中を助けたい? なぜだ? そいつらはあんたの身内なのか?」
「え? いや……身内じゃないけど……でも彼女たちは困っていたのよ!」
「フン……自己満足の正義感か。やっぱりあんたはお姫様だよ。世間知らずのね」
ジャスティーナに冷然とそう言われ、プリシラは胸に怒りがこみ上げる。
「あ、あなたは知らないでしょうけれど……彼女たちは体に障害を負っているわ。それなのに奴隷だなんて。ロクな目に合わないに決まっている!」
アリアドの奴隷商人が、体に障害を負った奴隷を専門的に扱っていることはジャスティーナも知っている。
それでも彼女は冷たく言い放った。
「かわいそうだから助けたいってことかい? ならやめておきな」
「ど、どうしてよ? アタシとエミルのことは助けて、彼女たちを助けないのは道理が通らないわ!」
「道理が通らないのはあんたのほうだ。奴隷売買は公国では正式に認めらている商売だ。そして奴隷たちは商品さ。あんたの言っていることは、豚や鶏を売る家畜商から、かわいそうだと言って豚や鶏を勝手に逃がしちまうのと一緒さ。ただの営業妨害だよ。そんなことしたらあんた警吏の奴らに捕まるよ」
ジャスティーナの冷然とした言葉にプリシラは愕然とした。
あの困っている人たちを解放したら、自分の方が犯罪者になってしまうとジャスティーナは言うのだ。
「だ、だけどアイツらは共和国で奴隷商売をしていた。共和国でやっていたことは明確な違法行為だわ。罰を受けるべきよ!」
「ここが共和国ならね。でも残念ながらここは公国だ。公国の規則に従うしかない。確かに私らはあんたらを助けたが、あんたらは正規に仕入れられた奴隷とは違うだろう?」
プリシラとエミルが誘拐によって奴隷商人たちに身柄を拘束された経緯は、先ほどジャスティーナとジュードに話した。
ジャスティーナらがプリシラたちを救い出したことは違法には当たらないのだ。
「正規な仕入れ……」
「そうだ。奴隷商人たちはその奴隷たちをどこかで金を払って仕入れているはずだ。仕入れ値を払っている以上、その奴隷たちの所有権は奴隷商人たちにある。それを勝手に解放するのは盗人のやることだ」
プリシラは悔しくて思わず唇を噛んだ。
同じ馬車に乗せられていた彼女たちの絶望し切った表情が今も脳裏に焼き付いて離れない。
「それにね……そうやって五体満足でない者たちを解放したとして、その後はどうする? どこへでも行って好きに生きろとでも言うのかい?」
「それは……」
「そりゃあんたみたいに若くて元気で金にも困っていないなら、どこで何をやったって生きていけるだろうさ。でも、そういう者たちは仮に、一時の自由を手に入れたとしても、また別の者に付け入られて奴隷になったり、自分では生きていけなくて自ら再び奴隷の身分に甘んじたりするんだ。人間、生きて行くためには飯を食わなきゃいけないからね。飯にありつく方法が奴隷しかないなら、そうなる他ないだろう」
「そ、そんな……」
厳しい現実を突きつけられ、プリシラは絶句した。
世の中が甘くないことは母から教わって知っているつもりだった。
だが奴隷としてしか生きていけない者たちがいることに、プリシラはこれまで生きてきて思い至ったことがなかった。
あの同じ馬車に乗っていた者たちがその体の不自由さゆえに他では食い扶持を見つけられず、奴隷として生きていくことしか出来ないのならば、自分が彼女たちにかけた言葉がいかに上辺だけの正義を押し付けるものであったのか。
(アタシは……独りよがりだった)
プリシラは己の不明を恥じた。
私たちはあなたとは違う。
彼女らの1人がそう言った。
その言葉が胸に突き刺さったまま忘れることが出来ない。
彼女がどんな思いであの言葉を口にしたのかと思うと、プリシラは胸が苦しくなるのを抑えられなかった。
そしてあの奴隷の女たちの行く末を思うと、この世の非情さに無念を覚えるばかりだった。
そんなプリシラにジャスティーナは言う。
「世の中にはどうにもならないことのほうが多いんだ。そうして気に病んでばかりいても損するだけさ。しょせん人は自分の人生を必死に生きること以外、大したことは出来ないんだからね。自分を救うために刃を研ぎ続ける。それが人の一生だと私は思っているよ」
そう言うとジャスティーナは腰帯から抜いた短剣を砥石で丹念に研ぎ続ける。
プリシラはそれ以上、何も言い返すことが出来ずに、刃が砥石の表面を滑る音を聞き続けるのだった。




