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魔剣の話をしよう その2


 乱入者は、若い女だった。意志の強そうな切れ目の瞳。後頭部から延びるは濡れ羽色のポニーテール。花山院学園中等部のものとも違う白の半袖セーラー服。紺のプリーツスカートはひざ上で、日に焼けていない真っ白な足をつま先まで見せている。


 入り口で、ぐるりと道場を見回した。その途中で麗奈と五十鈴、二人の姿を認めただろうが動きを止めず、端から端までを見終わると、その場で丁寧にお辞儀をした。


 麗奈と五十鈴に向けて、ではない。道場に向けての礼だった。神棚があれば恐らくそちらにも頭を下げたのだろうが、獅子王家の道場に神棚は無い。


 そして、


「たのもぉーーー!!!」


「いや聞こえてる。聞こえてるから。なんでもう一回やった」


 思わず五十鈴が突っ込んだ。


「道場破りって、実在するんだな……」


「わたくしも、宅間のお爺様の与太話だと思っておりましたわ……」


 とりあえず、麗奈と五十鈴は道場の出入口へと足を向ける。


「申し訳ないのですが、当道場は既に閉場しておりまして」


「うん? 何を言っているのだ、貴様たち二人がいるではないか。それなのに閉場しているなどと噓も休み休み―――」


 ピタリ、と来訪者は言葉を止めた。首元から顔全体を真っ赤に染め、麗奈と五十鈴を交互に指差し、



「きききき貴様ら真逆(まさか)、閉場したとはいえ神聖な道場でなんと破廉恥なことをぉーーー!!?」



「違う違う違う!!!」「変なこと想像しないでくださいます!?」


「だが二人して汗だくではないか!? 男と女。密室で二人。何も起こらないはずがなく……」


「なんも起こってねぇよ!!」「鍛錬してたから汗くらいかきますわよ!?」


「す、済まない。私も二人の逢瀬を邪魔するつもりはなかったんだ。ええっと、二時間くらいあれば済むだろうか?」


「なんも済まねえよ!?」「なにも済みませんわよ!?」


「なんと!? 二時間では足りないと……! た、確かに私の友達の友達も一晩中愛されたという話だったし、では、九時間後にまた……!!!」


 身を翻した少女に二人は全力疾走した。麗奈は背中から少女の腹に抱き着いて足を止め、その隙に五十鈴が少女を回り込んで扉を閉めて鍵までかける。このまま変な勘違いをさせて行かせるわけにはいかないと、実に息の合ったチームプレイは、


「な……! ま、待て! 真逆(まさか)一人では飽き足らず私まで毒牙にかけるつもりか!? こ、これが高校生の恋愛!? なんとふしだらな……!」


 少女に全く別の勘違いをさせることになった。


「五十鈴ゥーーー!!!」


「俺は悪くねえだろ今のぉー!!!」


≪乱入者が落ち着くまで、今しばらくお待ちください≫


(他人事だからってなんて能天気な……!)


 マリアの言葉を無視する余裕は、麗奈の中には残って無かった。


   ●


「失礼をした……!」


 綺麗な土下座だった。


 実に十分余りの時間をかけ、麗奈と五十鈴は少女の勘違いを正すことにようやく成功していた。


 土下座する少女の前に、麗奈と五十鈴は二人して正座で対峙していた。すると、少女はそそくさと、まだ赤みの残る顔を上げ、


「改めて、私は東郷(とうごう)麒麟(きりん)


 そして勢いよく立ち上がり、竹刀袋から竹刀を引き抜くと、その切っ先を眼前二人の間に向け、


「道場の看板をかけ、いざ尋常に、勝負していただきたい!!!」


 どうするよ、という視線で五十鈴は麗奈を見た。


 そう言われましても、という視線で麗奈は五十鈴を見返した。ふぅ、と小さくため息をつき、


「よいでしょう。わたくしはここの道場主、獅子王麗奈。そしてわたくしに挑みたければ、まずはこのわたくしの下僕たる鷹谷五十鈴に勝利して見せなさい!」


「オイコラ誰が下僕だ誰が」


「うふふ、63連敗しておきながら、よくもまぁそんな口が聞けたものですわね」


「グギギゴギギ……!」


「ふん、当て馬という訳か。私は構わん。…………あの、ところで」


「なんですの?」


 麒麟は再び顔を赤らめ、両手の人差し指をツンツンとしながら視線をそらし、


「その、当て馬ではあっても、種馬ではないよな?」


「「ちーがーいーまーすー!!」」


「あとそれと、私が女だからといって、手加減するようなことはしないでいただきたい」


「その、東郷さん?」


「ああ、麒麟と呼んでくれ。名字は呼ばれ慣れてないんだ」


「ああ、はい、それで麒麟さん? 種馬云々よりもそっちの方が重要なのでは……」


「し、仕方ないだろう! 気になってしまったんだから!」


「んで麒麟よ、……オイなんだそのツラ」


「……いや、特に親しくない同世代の男子に名前を呼び捨てにされると、勝手に彼氏面されてるようでなんだか嫌な気分になるな、と」


「テメエどっちだコラ……!? クッソ、本当に本気でいいんだな!?」


「うん? だからさっきからそう言っているではないか」


 苦虫を嚙み潰したような顔になった五十鈴はそのまま麗奈を見る。すると麗奈はうん、と一つ頷き、


「道場破りは全身全霊をもって叩き潰すのが礼儀である。宅間のお爺様もそう仰っていらしたでしょう?」


「……分かったよ」


 そういうと、五十鈴は道場内に見える場所にある竹刀立てではなく、奥の扉、倉庫の方へと歩き出した。そのことに麒麟が首を傾げていると、


「麒麟さん、見たところ防具は持参してないようですけれど、わたくしのもので良ければお貸ししますわよ?」


「いや結構。気持ちだけありがたく受け取っておこう。防具を付けるというのは、負けを意識していることに他ならない。道場破りとは必勝の気構えで挑むものだ。故に防具など不要! それに、次は貴様と戦うことになるのだぞ? 対戦相手から防具を奪うわけにもいかんだろう」


「あらあら、気合十分ですわね。……五十鈴の自慢の一品を見て、萎えなければよろしいのですが」


「うん? そういえば、あの男は一体何をしに―――、な……!?」


 言葉の途中で、麒麟は思わず絶句していた。五十鈴が再び道場へと姿を現したからだ。より正確に表現するならば、五十鈴が肩に担いで持ち込んだ、非常識極まりない代物を見て、顎が外れんばかりに驚愕していた。



 五十鈴の身長の倍ほどもある、特注の()長竹刀であった。



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