魔剣の話をしよう その1
―――魔剣の話をしよう。
様々なファンタジー世界において、多種多様な魔剣、あるいは聖剣と呼ばれるものが登場する。
例えば、イギリスのアーサー王伝説に登場するエクスカリバー。現実には同じ銘を持つドール・マキナ用イギリス王族専用剣が300振り余りも製造された記録があったりもするし、歴史を更に紐解けば、これはアーサー王が乗りこなしたというドール・マキナのアーキタイプに付けられた機体名に由来するものである。
―――魔剣の話をしよう。
RPGなどのテレビゲームにおいて、炎をまとったり、雷をまとったりしている特殊な武器が登場することがある。これらもまた、魔剣と言えよう。
ということは、だ。ビームソード、あるいはプラズマ・スキンを刀身に展開した実体剣も、ある意味では魔剣と言えなくもないのではないだろうか。
―――魔剣の話をしよう。
しかしてそれらとは別、術理としての魔剣という概念が存在することも、忘れてはならない。
例えば、佐々木小次郎の燕返し。
例えば、沖田総司の三段突き。
例えば、小笠原長治の八寸の延金。
使用者も流派も時代も全く異なる者たちが振るいしこれらの技もまた、統べて魔剣と呼ばれるものである。
すなわち魔剣とは、如何にして相手を確実に絶命させるかを各々が確立せしめた、その手段の総称に他ならない―――
●
花山院学園が夏休みに突入してから数日。その日は、朝から激しい雨が降っていた。漆黒の空からは、時折りゴロゴロと猫の喉元のごとき鳴き声が聞こえてくる。しかしてその音を意に介さず、
「シャアアアッ!!!」「キェアアアア!!!」
快音一発。二人の若者たちが向かい合いから突進し、互い違いに横に抜けた。白の防具を身に着けた獅子王麗奈が振るった竹刀は五十鈴の面を打ち、逆に紺の防具を身に着けた鷹谷五十鈴の振るった竹刀は麗奈の面をわずかに擦るだけであった。
獅子王家が保有する剣術道場にて、夏休みに入ったことをいいことに、二人は連日、朝から稽古に励んでいた。以前はもう少し人がいて賑やかだったこの道場も、雨音が無ければ耳を打つほどの静寂に満たされて―――
「おーっほっほっほっほ!! これでわたくしの63連勝ですわね~~~!」
「く、そ、がぁぁぁ~~~!」
―――いる、はずが無かった。面を外した麗奈は長い金髪をなびかせながら得意げに高笑いをし、面を付けたままの五十鈴は悔しげに、防具を装着したまま器用に床の上を転がっている。
もしこの場に大人の指導者がいれば、二人ともに正座をさせて長い説教が始まること間違いなしの態度だった。なにせ剣道とは、礼に始まり礼に終わるものである。勝者がガッツポーズを取るだけで一本取り消しどころか無礼沙汰として反則負けになる程に。今この場にいる二人の態度は、明らかに礼を失している状態であった。
大人の目が無くなって三ヶ月余り。年若い子供二人だけではこうなるのも当然といえた。互いに互いをライバル視しているので乳繰り合ったりこそしてはいないが、このまま二人きりの時間が長く続けば、五十鈴に送られたコンドームの封が開けられるのも時間の問題なのかもしれない。麗奈の護衛兼秘書兼自称お姉ちゃんの在須有栖などはそうなることを期待して道場へは同行しない始末だった。護衛なのに。秘書なのに。
麗奈は先ほど外したばかりの面を見る。五十鈴の竹刀がわずかに擦れた部位を。
(……慢心したかしら?)
62連勝。今日までは、僅かなりとも触れさせることも無かったはずだった。無論、この異様な勝率は正当な手段で獲得したものではない。
パンテーラ。3月末日に麗奈が先祖マリアの幽霊に取り憑かれた際に獲得した、超高速思考能力。
普通にズルだった。武士道精神もクソもない。
高潔さに反するこの能力ではあるが、麗奈は「まぁ五十鈴に負けて悔しい思いをするくらいなら勝ってもにょった方が幾分かマシですわね!!」と、使うことに躊躇わらなくなった。とはいえ、スイッチのようにオンオフを切り替えられるわけではないのだ。集中すれば勝手に発動してしまうので、単に自分を納得させるための言い訳という要素も含まれている。
≪いいぞ……もっとだ、もっと力を使え……力におぼれてこその悪役令嬢だ……≫
相変わらず意味の分からない取り憑いた幽霊の声を無視するのにも、最近はすっかり慣れたものだ。
真剣勝負は、一日一度まで。負けず嫌い同士が向かい合えば疲労困憊で動けなくなるまで戦い続けることが目に見えていたので、早々に二人の間で決めたルールである。
今日の分は決着がついたので、二人はともに防具を外し始めた。獅子王流機介剣術はかなり特殊な剣術流派で、防具を付けたままでは行えない鍛錬も多い。そして二人は道場の壁にある収納棚に移動してそれぞれの防具を収納し、
「今日は何すっかな。しばらくやって無かったし、トランポリンでも引っ張り出すか?」
「二人であれを持ってくるのは中々に億劫ですわね……。有栖がいれば簡単なんですが、この雨の中で呼ぶのは気が引けますし」
二人の言うトランポリンとは、家庭用に多い直径1メートル前後のちゃちなものではない。大人二人が飛び跳ねながら竹刀を振り合うことすら可能な、10メートル近い大きさがある特注品だ。
ぴかりと、窓の外が一瞬光る。ブツンブツンと天井の蛍光灯が明滅する。朝来た時よりも心なしか雨足が強くなったかな、と二人して同じことを考える。
ふと、何と無しに見つめ合った。二人の身長はほとんど差が無い。青目と黒目が同じ高さで釣り合っている。
七月も終わり際、セミの声の代わりに、雨の音が辺りを満たしていた。冷房なんて便利なものが剣道場にあるはずがなく、熱気と湿気が融合した、じんわりとした不快感が身体に付きまとう。先ほどタオルで汗をぬぐったのに、すぐに新しい汗が沸いて頬を伝う。
≪行け! そこでチューだ! 抉り込むようにチューだ! 抱けーッ! 抱けーッ!!≫
麗奈はマリアの言葉を無視した。思わず目元がチベットスナギツネみたいになりそうなのを意志の力で対抗する。
そこに、
「たのもぉーーー!!!」
第三者が、ある意味では不穏な、ある意味では道場に相応しい叫びと共に、登場した。
ブックマークや評価、お待ちしてます!




