UFOの日の真実 Cパート
六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ。
一九四七年六月二十四日、場所はアメリカ合衆国ワシントン州。アメリカ人ケネス・アーノルドがレーニア山付近高度約三千メートル上空を、自家用飛行機で飛行していた時のことである。
午後二時二十九分、ケネスは見た。レーニア山上空、北から南へ向けて高速で飛行する、九個の奇妙な物体を。それらはソーサーのような形状をしており、ジェットエンジンの音も聞こえず、飛行機ともドール・マキナとも思えぬジグザグ飛行を披露し、時おりオレンジ色の光をまといながら、やはり飛行機ともドール・マキナとも思えぬ速度で移動していたという。
公的記録において、世界で初めてUFOが観測された日である。
これこそが、かの有名なケネス・アーノルド事件。そして、この事件をもって、六月二十四日は、全世界的に、UFOの日となったのだ。
――――――嘘である。
真実はこうだ。ローズ・スティンガーの研究データから、とある機関が製造された。その名を、反重力発生装置という。ケネス・アーノルドが見たのは、ディーン・ドライブの稼働実験中に起きた事故、その一部だったのだ。
時が悪かった。ほんの二年前に発生したローズ・スティンガーの暴走事件、通称ポツダム事変によってアジア大陸朝鮮半島の先住民族が全滅したことは記憶に新しく、それに端を発したアメリカ・ヨーロッパ両大陸における人の手によるアジア人大量虐殺は、誰もが知る事であった。
さらに、その制御方法にも問題があった。ディーン・ドライブは手動による操作ができるような物ではなく、薬物投与によるE.S.P.的能力の発現が不可避であり、この薬物投与によって廃人となる者が続出した。
すなわち、ローズ・スティンガー由来の新技術が、ローズ・スティンガーによる恐怖と非人道的行為の両面から、民意によって封印されることを、また、糾弾されることを、時の政府は恐れたのだ。
そこから、アメリカ政府による涙ぐましい情報操作の日々が始まった。
政府側が用意した『UFOの目撃者』に黒服を派遣させることで、目撃者が言っていたことは本当だと錯覚させ、地域住民によってUFOの噂が広まるように画策した。
わざわざ偽物のUFOと偽物の宇宙人を用意して、それをロズウェルに墜落事故のように偽装工作までして、新聞社に写真を撮らせたりもした。
ある時はミステリーサークルを作り、ある時は牛の内臓だけを抜き、薬物投与で廃人となった者たちも有効活用した。それらの偽装工作は形を変えつつも、半世紀が過ぎた今もなお世界各地で行われている。
全ては、ディーン・ドライブの存在を隠すために。
しかしながら結局のところ、ディーン・ドライブは封印されることとなった。他ならない、アメリカ政府そのものの決定によって。
薬物投与によるE.S.P.的能力の強制発現は、同時に被験者の自我を著しく錯乱させる。そもそもとして偽装工作を行うきっかけとなったケネス・アーノルド事件も、錯乱による暴走が原因だ。本来は、あんな場所を飛ぶ予定は無かったのだ。
この問題を米軍は解決できなかった。怪物から生まれた怪物を、操縦者が暴走させるリスクが残った。
そして、ディーン・ドライブは、アメリカ軍のどこかの基地のどこかの地下深くで、封印されることになったのだ。
約十年前、米軍の実施したある作戦の最中に確保され、米軍の基地へと護送されたとある少女が、偶然か必然か、ディーン・ドライブを稼働させる、その日が来るまで。
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「そんな面白いことになっていたなら、私も参加すればよかった……!」
翌週の月曜、6月26日のことであった。放課後になってからようやくガーランと詩虞はとりあえず異文化部の部室へと顔を出し、何が起きたのかを雑談交じりに報告し、それを聞いたライナスが実に悔しそうに言ったのが、冒頭の言葉である。
「ああ! どうして過去の私はたかが戦闘機二機程度ならどうでもいいなどと思ってしまったのか! 昔の私を殴ってやりたい!! というわけでガル、作ってください」
「何を?」
「タイムマシンに決まってるじゃないですか!」
「作れるわけねえだろ!!! あいっででで……」
ガーランがうめきながら頭を両手で押さえた。二日前に妖精の目を酷使したことによる頭痛は、刺すような痛みこそ無くなったものの、頭の奥底に鈍い痛みを未だに残していた。
妖精の目が見せる人のオーラというものは、普段から視えるものではない。よほど強く集中しなければ分からないし、個人の特定をするのであればオーラを見ずとも顔を見た方が遥かに速い。そして長時間にわたって妖精の目を使い続けたガーランは、実に丸二日も寝込む羽目になったのだった。学園に戻るのが放課後になったのもこれが原因だ。
(クソッ、この分じゃ、サウスアイランドに乗り込んでの調査は無理だな……)
ガーランたちを助けた新たなフー・ファイター、ブラックスワンについて、ガーランは当然ながら米軍原子力空母サウスアイランドに情報提供を求めた。だが、返ってきた返答は、
(何が「何も知らない」だ、ふざけやがって)
確かにラプソディ・ガーディアンズは、複数の国が協力して生まれた多国籍部隊である。けれどもそれは、あらゆる情報をオープンにするという訳では決してない。例えばイギリスはライナスの機体の動力については隠蔽しているし、ドイツもイクス・ローヴェの性能の全てを開示している訳ではない。
米軍からの返事を聞いた時には見学という名目でサウスアイランドに乗り込んで、妖精の目を使ってブラックスワンのパイロットを見つけよう、とも考えていたガーランだったが、こうも反動の頭痛が長引くようではそれも難しい。かといって、まさか無理矢理に軍艦の中を調査することなんて出来るはずもない。
「クソッ」
懐から煙草状薬を取り出して火をつけた。鼻の中に通るハーブの香りとともに、盛大に白い煙を鼻から噴射する。ちらりと視線を移せば、詩虞から話を聞いていた五十鈴が、呆れたように麗奈を見ていた。
「じゃあ何か? お前結局何もしてねえのかよぉ!? うっわ役立たずゥーーー!!!」
「う、うるさいですわね! わたくしだって反省しておりますわよ!」
「そう言ってやるな、五十鈴。獅子王ばかりを責めるわけにもいくまい。オレたちも先行せず、ローズ・スティンガーと合流するのを待つのが正解だった」
否、逆だ。ガーランは口にこそ出さなかったが、詩虞とは全く逆の意見だった。確かにローズ・スティンガーと同行していれば、T・ナーゲルもものともせず、全て撃墜してしまったフー・ファイターを一機どころか四機全て鹵獲することも容易かっただろうし、敵の目的は分からず仕舞いでその正体も未だ不明のままという事態にもなっていなかっただろう。
だが、そうなっていた場合、ブラックスワンが出てくることは無かったのだ。
顎を突き出し、今度は口から上へ向かって白煙を吐き出す。煙とサングラス越しに室内を見て、はて、と何か足りない感じに気付く。
春光は詩虞から聞いた話をレポートにまとめている。有栖は落ち込む麗奈を慰めている。
インド人兄弟はT・ナーゲル搭載機と戦うことになった場合の対処法を、片方は口数多く片方は口数少なく議論している。
エレオノーラは我関せずと本を読みながらも、ときおりドアの方に意識が向いている。
そのドアが勢いよく開け放たれ、
「Hooooooooo!!! やっと解放されまシタ! お久しぶりデース!!!」
頭痛を悪化させそうな、キンキンと響く大きな声。思わず眉間にシワが寄るのを、ガーランは止められなかった。
「フン、うるさいやつが戻って来たわね」
「Oh、エレン! 寂しくなかったデスか? ワタシはさみしかったデース!!」
「寂しいわけないでしょ! 静かで清々してたわよ! ああもう、抱き着くな! 空気がジメジメしてるんだからうっとおしさ3倍よ!!」
引っ付こうとするエーリカの顔に、エレオノーラが腕を押し付けて引き剥がそうとしている。残念ながら腕力不足らしい。インドア派とアウトドア派では、身体能力の差は顕著だった。
「そういやだけど、エーリカは何で学校来れなかったんだ?」
「聞いてくださいイスズ! それがデスね、未確認機の狙いがワタシかもしれないからって、SouthIslandから出るのを禁止されちゃったんデスよ! OhBohデスOhBoh! こんなことならエレンも一緒に連れて行けばよかったデース」
「絶対に、お、こ、と、わ、り、よっ! くっ、全然引き剥がせないぃぃ~~~っ!」
ガーランはふと思う。ひょっとして、エーリカ・レムナントこそが、あのブラックスワンのパイロットなのではないだろうか、と。サウスアイランドにエーリカが戻っていたというのであれば、可能性はゼロではないのだ。
サングラスを外し、目に集中すればすぐに判明する。けれども、ガーランはそうはしなかった。理由はいくつかある。妖精の目を使えば、確かにガーランは確信を得られる。けれどもそれは、客観的な証拠とはなり得ないのだ。追及する手札としては余りに脆弱だった。反動で激しい頭痛に襲われるという億劫さもあった。T・ナーゲルを使える恐らくは希少な人材を、こうして野放しに学園に来させるはずがない、という分析もあった。
何よりも、と、白煙を吐き出しながら、ガーラン・リントヴルムはこう思う。
(この脳みそハッピー女に、あのT・ナーゲルが使いこなせるとは思えねぇ~~~……)
ガーランが憧れるドイツの英雄マリア・フォン・ゴルディナーだけが使えたというT・ナーゲルへの偏見が、その判断を誤らせた。麗奈が聞いたら噴飯ものの判断理由だった。
そしてドイツの天才皇子は、あと少しのところで、真実に手を掛け損ねた。




