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賑やかな会議と失われた魔術の話




冬が緩み始めると、季節の盤上や祝祭の運行、時間の座に連なる人ならざる者たちの権力分布にも変化が現れる。


特別な日や条件で階位を上げる者達はそれによって得る恩恵も大きいが、同時に、相性が悪い条件が整い大きく力を欠く時期もある。

そして、時間という座を司る真夜中の精霊は、変化を有する側であった。



「リカル、リベルフィリアから冬至にかけての報告はもういいのだな?」

「ああ、こちらは以上だ。年明けの報告についつは、まだ全ての情報を取りまとめきれていないけれど、それは他の時間の座でも同じだろう」



新月のこの日、大きなドーム状の天井いっぱいに精緻な天井画が描かれた議事堂の中には、多くの人ならざる者達が集まっていた。

本日のこの場所に集まったのは、時間や季節に応じて変化を有するが故に、同じ領域の者達との調整や協議を必要とする者達ばかり。

一年に一度開かれる会議の場には、時間を治める精霊と季節の代表者に加え、祝祭の王達も集まっていた。


本来であれば、真夜中の精霊からはノインが出席するべき会議だったが、今年は少しばかり込み入った事情があり、リカルが参加している。

声をかけてくれた黄昏の精霊に頷きかけると、それではと進行役の精霊が声を上げた。



「であれば、そろそろ今年の一番の議題に入る頃合いだろう」



今年の会議の進行を任されているのは、冬の代表者だ。


季節を代表する者達は、それぞれの季節から参加者を持ち回りで決る。

今年の冬の代表者は雪の精霊で、場を取りまとめるのが上手く、会議の進行などには長けている人物だ。


なお、秋は豊穣の魔物、夏は海の妖精で春は春風の竜が参加しているが、開始から居眠りばかりしている春風の竜のように、中には会議での発言に向かない者もいる。

それでも参加することに意義を持たせるのは、このような会議が魔術の理に応じて開かれるものだからだろう。



「うん。やっと僕の話になりそうだね。なにしろ二十年に一度の白夜の夏至祭だ」


進行を受けてにっこりと微笑んだのは、夏至祭の王のサーレルだ。

本日は漆黒の盛装姿で、儀礼用の聖衣に似たその装いは、僅かな不穏さを感じさせる夏至祭の王の美貌に良く似合う。


サーレルが円卓についた者達を見回すと、季節の巡行の通りなら次に話しをする筈だった春の祝祭がおろおろしていたが、秋の祝祭達に夏至祭の後にしようと慰められていた。

そんな様子を見守りながら、リカルはこの先に続くであろう議題を思い、小さく息を吐く。



(………夜の系譜が階位が力を削がれる時期というのは幾つかあるが、その中でも一番に厄介なのは、夜隠しの国が夏至祭を迎え入れる年の祝祭期間だろう)



そして今年は、その二十年に一度の白夜の夏至祭がやって来る。



恐らく、この場にいる誰もが、白夜の夏至祭についての議論こそが一番重要な議題であると承知しているだろう。

今年はただでさえ大きな災厄を齎しがちな夏至祭が、よりにもよって祝祭の起源の地である夜隠しの国に滞在し、最も力を強める年なのだ。


二十年に一度で済むことには感謝するしかないのだが、それでも頭の痛い問題として周知されているのは、夜隠しの国が対外的には多くの問題を抱えているからだろう。

白夜の魔物が王として治め、美しく豊かな土地ではあるが、秘密の多いかの国には何かと不穏な噂がついて回る。

また、古い時代の魔術が残る土地の危うさもさることながら、夜隠しの国という国名を聞くまでもなく、白夜の魔物は真夜中の精霊にとって最も相性の悪い相手であった。


そんなこともあり、真夜中の精霊達は、白夜の夏至祭になると深く暗い夜の最奥に留まるのが常なのだが、ノインと彼が庇護した少女はそうもいかないだろう。

何しろあの少女は、長年咎人の国であるファーシタルに暮らしてきたせいで魔術の所有地が未だに低い。

どれだけ準備を急いだとしても、夜の魔術の最奥に留まれるような状態になるまでにはこれから数年はかかる筈だ。


(…………だからきっと、ノインもその日をどうやり過ごすかを考え始めているのだろう。サーレルにわざわざ会いに行ったのもの、せめて、交流のある夏至祭の王だけは牽制しておかなければならなかったからだ)


サーレルもかなり扱い難い人物だが、食楽との関係を蔑ろにすることが出来ないという足枷がある。

そんなサーレルは、こちらの懸念を知ってか知らずか、こちらを見て微笑みを深めた。



「今年の夏至祭は、僕の故郷の夜隠しの国で宴を開くからさ、何かとびきりのお楽しみを探そうと思うんだよね。何か、いい余興になりそうな話題はないかい?」

「こちらを見て問われるのならば、それは何かを示唆してのことだろうか?夜の系譜から勝手にケーキを持ち去るような真似をするのなら、今後、真夜中の精霊の管理する資質からの恩恵は得られないと思った方がいい」


案の定、早々に夏至祭の王に絡まれたリカルがそう言えば、サーレルは肩を竦めて微笑んだ。

リカルが先んじて手を打ったことで顔を顰めてこちらをちらりと見たのは、これからの季節で階位を上げる黎明の精霊である。


「残念だけれど、私達はこれからの春の祝祭に向けての準備で忙しいの。遊び相手が欲しいなら、お気に入りの夜の系譜か、獲物の多い秋の系譜から貰ってはどうかしら」

「さりげなく夜の座を巻き込むのはやめて欲しいな」

「あなた達は、夏至祭と仲良しじゃない」

「どうだろう。夏至祭としては、関係のいい真夜中の精霊達を不愉快にするのは避けたいかな。大切な宴をする彩りも、その為のご馳走もみんな夜の系譜からの提供だ。………そう言えば、黎明の系譜が僕達に何かをしてくれたことって一度でもあったっけ?」


どこか皮肉交じりに問いかけたサーレルに、黎明の誠実を治める精霊がむっとしたように眉を寄せている。

黎明の精霊は柔らかな金糸の髪に琥珀色の瞳の少女の姿だが、老成した眼差しや成熟した女性らしい色香も併せ持つので、この精霊の祝福や庇護を好む人間は多い。

リカルが親しくしている人間の聖職者によると、彼女達の佇まいは、人間が考える聖なるものにとても合致し易いのだそうだ。


それは、かつてファーシタルという国に閉じ込められた亡国の魔術師の一族も例外ではなかった。

彼等が別れを強いられたのは、豊かな魔術の恩恵を受ける暮らしばかりではなかったのだ。



(人間は物好きだな………)


それが、リカルの率直な感想だ。

ファーシタルという国に閉じ込められた人間達らしい浅慮さには、苦笑するしかない。


黎明の精霊は美しい乙女の姿をしているが、黎明の規律に反するものを許さないような苛烈さを持つ。

何しろ、美しく優美な夜闇を力ずくで払おうとするような、自我の強い乙女達だ。

そのくせ、自分達の行いの全ては清く正しいと信じて疑わない。


かつては夜明けに咲く花々や朝露の煌めく森を愛していた夏至祭の系譜の者達を、享楽を好む罪人として夜に追いやったのも彼女達で、サーレルとは未だに仲が悪かった。

案の定、冷え冷えとした応酬を始めたサーレルと黎明を一瞥し、リカルは隣に座った友人の方を見る。



「正午の君はどうだい?」

「困りましたね。夏至祭の王に提供出来るような楽しいものが、正午の座にあるかどうか。祝祭の王のご所望なのですから、季節の盤上から提供して貰うのが本来の形なのでは?」


おっとりと微笑んだのは正午の精霊の一人。

今代の正午の精霊王のすぐ下の妹にあたる、正午の中でも冷静を治める女性だ。

サーレルの問いかけを参加者達が聞き流さないのは、祝祭が供物を必要とするものだからだろう。

祝祭の王が何か余興をと言えば、それは少なからず誰かのテーブルから持ち去られることになる。


「確かに、供物を提供するというのであれば時間の座の役割ではないだろう」

「ええ。豊かさや実りに差こそあれ、季節の盤上では様々なものが得られますから」


さり気ない所作一つでも、優雅さの何たるかをよく知っている正午の精霊は、柔らかな栗色の髪によく似合う、青緑色のドレス姿である。

リカルはずっと昔にこの友人に恋をしていたことがあるが、残念ながら彼女には仲のいい婚約者がいてさっさと結婚してしまった。


とは言え、幸いにも今は良い友人になっているので、時折仲睦まじくしている姿を見る夫君に対し、何かを投げつけたくなるくらいだ。

そう思いはするが、彼女に相応しい相手であることはしっかり理解している。



「ところで、………ノイン様が、かの咎人の国から伴侶となられる方を保護されたとか」

「そちらにまで噂が届いたとなると、お得意様には口の軽い商会あたりかな」

「ふふ。かもしれませんね。………リカル。夜の系譜の守りは硬いでしょうが、黎明には気を付けた方がいいでしょう。もう随分と昔のことですが、ジラスフィの慧眼のせいで、真夜中の精霊にお気に入りの魔術師達を取られたと、随分とむくれていたのを覚えていますか?」

「確かにあの国の人間達には、黎明の精霊の加護を持つ者が多かった。発端となったのが死の精霊でなければ、こちらにも火の粉が飛んできたかもしれないね」


死の精霊に追われたファーシタルの民が逃げ延びることが出来たのは、一族を、親しんできた黎明の精霊の土地ではなく、それまで何の繋がりもなかった真夜中の精霊の土地へ逃がしたジラスフィの一族の策があってこそだと言われている。

だが、その結果彼等が生き延びたのだとしても、お気に入りの人間達から救いを求められなかった黎明の精霊達はその出来事を快く思っていなかった。


(その選択の結果死ぬのだとしても、最後まで誠実であるべきだと考えるのが、黎明の嗜好だからな)


とは言え、これまではそんなことはどうでも良かったのだが、ノインが選んだのがジラスフィの末裔だとなればそうも言っていられない。

死の精霊のツエヌを見ていても分かるように、精霊はとても執念深い生き物なのだ。


「…………それにハディアは、ノイン様のことがお気に入りだったでしょう?」

「だから今回の会議は、弟の代わりに来たんだ…………」


それが、今回リカルが会議に出席しなければならなかった事情であった。

ただでさえ、こちら側の者との約定を違えた人間の評判は、散々たるものだ。


ファーシタルと言えば、死の精霊に呪われた咎人の地だという認識が強く残る中で、弟のノインが選んだのは、黎明の精霊達の大嫌いなジラスフィの一族の娘である。

本来は罪を犯していなかったジラスフィの一族とは言え、共に責任を負いファーシタルに残った以上は同じ咎人の国の民であるし、ただ、ファーシタルという履歴だけを拾い、そこまですら考慮しないような者達が殆どだろう。


おまけに黎明の誠実を治めるハディアは、夜の食楽の王を伴侶にと考えていたらしい。

リカルの弟は、本人がどのような認識であれ、女達にとってはこの上ない伴侶候補であった。

数ある系譜の中でも最も豊かな王の一人であり、多くの生き物にとって無視し難い要素を治める弟は、その階位故に飛び抜けて美しい精霊の一人でもある。


(加えてあの面倒見の良さだ。だからこそ、社交の場では女性の扱いも上手かったからな…………)


この先に起こりそうな騒ぎを思って溜め息を吐いたリカルに、友人は気の毒そうに眉を下げた。

いくら弟だからといってもここまで面倒を見てやる必要はないのだが、如何せんあのディアラーシュという少女は、まだあまりにも脆弱過ぎる。


(復讐の為に刃を研いだ苛烈さは、弟を捕らえるには充分だっただろう)


もしかしたらその様は、他の誰かでも魅了するに値したかもしれない。

だが、これからはどうだろう。

自分の命を代価にするつもりだった者は、その手の中にどれだけの力を残していることか。

安堵してから先を見据えれば、生き続けるということは、存外に忍耐を強いられるものである。


あの少女はまだ、ファーシタルという国を生きて出ただけ。

酷な言い方をすれば、どれだけの思いでそこに辿り着いたのだとしても、まだそれだけなのだ。

恋を知り、庇護者を得たとて、それだけで誰もが幸福な結末を得るというものでもない。



(……………こちら側には、良く知られたことだが、人間を相手に選んだ者の恋は、成就しないことの方が多い)



人ならざる者との婚姻は、魔術の儀式だ。

それが叶うかどうかさえ、あの少女が無事に魔術の負荷に耐えられれる状態になれるかどうかにかかっている。

勿論、ノインはどうなっても彼女を手放しはしないだろうが、足元が危うくなれば脅かしに来る者達は少なくないだろう。



「加えて今年は、夜隠しの国の夏至祭がありますから、あなた方は、少しでも不利益のないように立ち回っておいた方がいいでしょう」

「……………まったくだ。ただでさえ、白夜という頭の痛い問題があるのに、この上、黎明の私怨で面倒が持ち上がらなければいいんだが」

「ええ。本このまま、無事に終わればいいのですけれど」


思わず二人でサーレルにやり込められている黎明の方を見てしまい、なぜか巻き込まれて項垂れている春の祝祭の王の様子に顔を見合わせた。


「あらあら、春の祝祭の王がまた巻き込まれているわ」

「相変わらず要領が悪いんだな。隣に座っていた秋の代表は、さっさと飲み物を取りに行ってしまったのに」

「秋の盤上を治める方々は、日頃から、忙しい秋の祝祭の王達との交渉が多いので要領がいいのでしょう」

「もう少しすると、雪の精霊が黙らせてくれるだろうからそれまで我慢して貰うしかない。それに、このまま彼が巻き込まれていてくれた方が、こちらに火の粉が飛んでこないかもしれないね」


下手に口を挟むと面倒なことになるので、リカルは、別のテーブルに用意されている飲み物を手に戻ってきた秋の代表者と収穫祭の王を交えて話をすることにした。

話題はやはり白夜の夏至祭についてであったのは、夏に続く季節として、夏至祭でどれだけの被害が出るのかを彼等も懸念しているからに違いなかった。



(ノインがあの剣の魔物をディアの護衛騎士に命じたのも、彼であれば、夏至祭という祝祭を正しく警戒することが出来るからという理由もあるのだろう)



正直なところ、あの少女がまだ脆弱なファーシタルの人間の要素を残している内に、白夜の夏至祭がやって来るというのは運が悪いとしか言いようがないとリカルは考えている。

互いに信頼は育てているようだが、リカルの目から見ればまだしっかりとした愛情で結ばれているとは言い難い段階であるのも不安材料だ。

とは言え、そのようなものを早急に取り付けようとすると、得てして異種族間の愛情は壊れやすい。


リカルは、初めて出会った時にこちらを見て、何て綺麗な毛並みなのだろうと目を輝かせた人間の子供をとても評価していた。


(僕は、ノインが伴侶にと望んでいるからというだけではなく、あの子供を結構気に入っているのだけれどなぁ。…………無事にこれから訪れるだろう様々な困難を乗り越えてくれるだろうか)



夏至祭の王は、世界中の様々な国を巡りながら、毎年違う国で夏至祭の宴を開くことでも有名だ。

そして、二十年に一度、祝祭の起源である夜隠しの国に戻る。

それは、夏至祭が力を強めることで白夜が世界中に広がり、真夜中の精霊が最も力を落とす年。


その祝祭期間ばかりは、夏至祭の祝福を借りて真夜中の精霊の力を凌ぐようになる白夜の魔物は、古くから真夜中の精霊との折り合いが悪い。



(特に、食楽を治めるお陰で白夜の中でも比較的動けていたノインは、結果的に白夜の魔物との接触が増え、関係もあまりいいとは言えないのが問題なんだ。…………しかも、懸念があるのはそこばかりじゃない。そもそも夏至祭が力を強めるからこそ起こること。つまりは、階位を上げた夏至祭そのものの影響も世界各地に大きく現れる年になるだろう)



弟は白夜の魔物との相性が悪く、白夜の中では、夜の系譜の者達は大きく力を削がれてしまう。

片やあの少女は、無垢で弱い生き物を好む夏至祭の生き物達にとってこの上ない獲物になる。

どちらに転んでも危うい上に、ディアにかかる負担を思えば避難すらも容易ではない。




「おまけに、咎人の国の人間を召し上げようとしているとなれば、食楽の王の伴侶の座を狙っていた女達の中には、面白くない者も少なからずいるだろうね。ノインが力を落とし、相手の人間にとっては最も危険な夏至祭の祝祭期間は、絶好の機会とも言えるだろう」

「わざわざ言われなくても、弟も対策は取ると思うよ」

「だからさ、その間は僕の近くにいるのが、一番安心だと思うんだよね。彼にもそう伝えたのだけれど」

「…………普通に考えれば、そこには白夜の魔物もいるのでは?」


会議が終わってから声をかけてきたサーレルは、よりにもよって弟達を夜隠しの国へ招待したらしい。

一部の問題に於いては理にかなった提案だが、その利点は白夜の魔物の存在で台無しになる。



「彼なら、夏至祭の当日までの間は国外に出ていることが多い。全ての土地に白い夜が訪れる祝祭期間は、二十年に一度の、有利な状況で広く動ける貴重な機会だ。それを無駄にするような男じゃない。せめて、白夜の魔物が国外に出ている間だけでも、僕の近くにいた方が安全だと思うのだけれどなぁ」

「どうして君が、そんなに心を砕いてくれるのかな」

「それはもう、うっかり夏至祭の系譜の生き物が、ノインのお気に入りの人間に何かをしたら、責任を取らされるのが僕になりそうだからだよ。おまけに、またリーシェックに恨まれるのも出来れば避けたい」

「……………ああ。それは確かにそうなるだろうな」

「そうだろう?これでも、それなりに考えた上での提案なのだけれど」



だが、困ったように笑いながらも、サーレルは楽しそうに目を煌めかせている。

例えどんな凄惨な顛末になるのだとしても、退屈よりは事件を好むのが夏至祭の王なのだ。



「……………そう言えば、ジラスフィの一族がどんな魔術を使っていたのか、君は知っているかい?」


ふと、サーレルにそんな質問をされ、リカルは目を瞬いた。


「いや。ノインは知っているのではないかな」

「どうも知らないようなんだよね。…………まぁ、もう血が薄まってしまっているから、一族の固有魔術なんて受け継いでいないだろうけれど、……………ずっと昔の約束もね」



最後は何かを小さく呟き、サーレルはにっこりと微笑むと長い衣の裾を翻してふわりと夜闇に消えた。

いつの間にかシャンデリアの明かりを落とした議事堂の中は暗闇に包まれており、会議の片付けをしている妖精達の手には燭台があった。



「いつの間にかすっかり夜になっていたようだ。まぁ、その方が帰り道を開きやすいけれど」



そう呟き、リカルはぽふんと音を立てて本来の姿に戻った。

視界は各段に悪くなるが、やはりこの姿の方がずっと落ちくなと思いながら、夜の魔術を開いて扉を立ち上げる。


(そう言えばなぜ、サーレルはジラスフィの一族の過去などを気にしていたのだろう?)



ふと、夏至祭の王の最後の質問が気になったが、それは帰ってから弟に手紙を出せばいいだろう。


思えばファーシタルの人間達が暮らしていた大きな国は、世界中から魔術師達の集まる豊かな国であった。

ファーシタルの起源となった始まりの魔術師とやらは、その国の中でも名門と呼ばれる一族の長だったとは聞いていたが、問題の事件を起こした人ならざる者達の集まりに招かれるくらいには力のある者だったのだろう。



だが、それはもう遠い遠い、昔話だ。

魔術師達が継承してきた叡智と術式も、今は何世代にもかけてファーシタルの森の養分になってしまった。

それが祭祀としての役割を引き継いできたジラスフィだとしても、きっともう、何も残ってはいないだろう。




どこかで、何か得体の知れないものと約定でも交わしていて、それを忘れていない限りは。







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