ミルカエルゼ・神弓の勇者
「喰らえッ!」
叫びと共に放たれた矢は、その悉くが避けられる。
神弓の勇者が敵対するのはミルユという名の小柄な女。
ただの女という訳ではなく、軟体族という変わった種族の女である。
矢が脳天へと向かえば手で自身の髪を引っ張り無理矢理首を稼働、曲がる筈の無い方向へと腕を動かし回避、身体を雑巾絞りのように捻ったと思った次の瞬間、反撃の投げナイフ連投。
正直相性が悪いとしか言いようの無い相手は、矢が刺さったとしても柔らかすぎる皮膚が伸びて矢の勢いを殺ししてしまい、殆ど効果が無い。
まさにどこかのゴム人間と闘っているような気分だ。
神弓の勇者は舌打ちしながら矢を放つ。
まだ、この女だけと闘っていられるなら攻略法はいくらかある。
問題はもう一人、否、二人の方だ。
ミルユの背に紛れるように移動するのは冬子ととつめ。
この二人の連携から放たれるとつめの必殺逆鱗の眼光が強力すぎる。
間横を通過した光の奔流は生命の危機を感じる威力だった。
まず間違いなく、当れば一撃死だ。
目の前のミルユに注意しながら致死の一撃を今か今かと警戒しなければならないのだ。心の負担はかなりきつい。
逃げてしまいたい。遠くから狙撃するのが自分のスタイルなのだ。馬鹿みたいに姿を現すのではなかったと今更ながら後悔するが、後の祭りである。
「届ク!」
「甘ェ!」
迫るミルユの腕を弓の弦で弾き、反撃の近射攻撃。
至近距離ならばと放った一撃を、膝を折ったミルユが人外的動きを行い矢を避ける。
腰から上を思い切り反ってサバ折りでもされた姿で避けた次の瞬間、接射された矢を吹き飛ばし、ミルユに当るすれすれの場所を逆鱗の眼光が通過する。
今のは焦った、
本能でしゃがまなければ神弓の勇者は今の一撃で死んでいただろう。
だが、彼の危機はまだ終わっていなかった。
「捉エタ」
がしり、腕が掴まれる。
マズい。慌てて逃げようとするが遅かった。
腕を螺旋を描くように這い進む蛇の如く、ミルユが身体を軟化させて襲って来る。
慌てて腕を振りほどこうとするが、既に腕に張り付いたミルユはまさにスライムのように神弓の勇者の身体に纏わりついて来た。
「ひ、ひぃぃ」
「ムゥ、乙女ニ張リ付カレテ悲鳴上ゲナイ」
むっとした声を出しながら、神弓の勇者の背中に回り、暴れる神弓の勇者の背後へと回る。
再び姿を露わしたミルユは両足で神弓の勇者の背中から身体を固定し、背負われた格好で実体化する。
両手は神弓の勇者の頭を頭上に右腕、顎したに左腕を設置した状態。
両手で神弓の勇者の頭を持つ。
「我ガ夫直伝暗殺術、ご照覧あレ」
ゴキャッ
「がっ……」
物凄い音が鳴った。
神弓の勇者からミルユが飛び退く。
倒れる神弓の勇者に、ダメ押しの逆鱗の眼光が襲いかかる。
迫る光の奔流を、神弓の勇者は全く見ることは無かった。
無防備に倒れる身体へと、迫り、その全てを飲み込み消し去って行く。
後には彼が存在した痕跡として影だけが残った。
「シマッタ、弓、回収すればよかった」
「ああ、それは確かに」
今更ながら戦利品まで消失したことに気付いたミルユが残念そうに顔を伏せると、今気付いたとでもいうように、近寄って来た冬子が同意する。
その腕の中でとつめだけが意味が分からず小首をかしげていた。
「助っ人行く?」
「当然!」
訪ねてきた冬子に頷くミルユ。どこが危険かと視線を向ければ、丁度フィエステリアの元へ美音奈とノエルが近づいている所だった。
「あの勇者、受け入れられてる?」
「マタ浮気カ!?」
慌てて彼らの元へと向かうミルユ。
遅れて冬子がとつめを抱えてゆっくりと後を追って来た。
「夫ヨ!」
「ん? ああ、もう終わったのかミルユ。お疲れ」
「その女ハ!?」
「え? あー、えっと、新しく仲間になったノエルだ」
「あ、あぅ、呼び捨てにされた」
紹介されたノエルがボッと顔を耳まで赤らめ慌てて両手で隠していた。
「さすがフラグ建築士」
「冬子、変な二つ名付けないでくれ」
「え? それすでに付いてる二つ名でしょ?」
美音奈が素で指摘し、マジか!? と驚くフィエステリア、四つん這いになりそうになった彼だったが、続く真剣な美音奈の言葉に、額に手を当て天を仰ぎ見た。
「薬藻君。折角のフラグ建築能力なんだから有効活用しよう。ボックスと連金の勇者は女性だからノエルみたいに落としちゃって!」
「ナント!?」
「おお、また人員追加? 新たな火種で巻き起こる派閥争い。そして伝説へ」
冬子の言葉に反論できないフィエステリア、仰ぎ見た空は無駄に青く澄み渡っていた。
「あ、あの、それって、フィエステリア様が危険なんじゃ……あの二人をナンパで落とすなんて、そんなの無理だと……」
「大丈夫よ。彼、そういうの特化型だし」
「言い得て妙」
「コノタラシ!」
むっと膨れたミルユがぽかぽかとフィエステリアを殴るが、フィエステリアは困った顔をするしか出来なかった。だが、彼女達が認めている以上やらない訳にも行かなそうで、さらに言えば一番楽に闘いを終える方法でもあるのがまた頭痛の種だった。




