ミルカエルゼ・猛毒の勇者1
「クソっ、クソっ、クソっ! 何故だ!? 基本能力は俺の方が上の筈だ。動きは鈍い、速度もそこまでじゃない。確かに人間よりは動くがチート化した俺程じゃ……」
猛毒の勇者は焦っていた。
それもそのはず、剣撃の悉くを小石一つで受け止められ、一撃たりとも有効打を与えられない。
それだけではなくフィエステリアから絶えず受ける威圧、顔からの圧迫感。全身の気力がごっそりと奪われている気さえする。
「またっ!? どこに」
加え、少しでも意識から逸らすとフィエステリアは消えている。
最初は背後を取られた。
次は上を取られた。
その次は側面を、真下からの奇襲だってあった。
まさに暗殺者。少しでも気を抜けばやられるのは猛毒の勇者である。
一撃、それだけ当てれば猛毒で相手を殺せるのだ。
なのに押されているのは自分の方。重圧に押しつぶされそうになっている。
「くそっ! どこ行きやがった!?」
「ここだよっ」
現れたのは足元。
いつの間にそこに居たのか、フィエステリアが立ち上がり際にボディーブローを叩き込む。
「ごばぁっ!?」
丁度息を吐ききった瞬間の衝撃に肺がせり上がる。
胃液が口から溢れ酸っぱい味に呻きながら、なんとか距離を取る猛毒の勇者。
よろめきながらフィエステリアの姿を探す。
また見失った。
「卑怯だぞっ! 姿を見せろっ」
「アホかテメーは」
背後から聞こえた声にゾクリとする。
「敵対者に律儀に正面から打ち合うわけねーだろ。特に俺は、暗殺特化なんでな」
腕がうなじに触れる瞬間、ぎりぎり前に飛び込み逃げる。
殺される。油断すれば確実に殺しに来る。
猛毒の勇者は体勢を整え剣を構える。
今度はなんとか正面に捉えることに成功した。
「強ぇ、流石魔王フィエステリア。俺一人じゃやっぱりキツい。ノエルッ! さっさとそっち片付けて手伝いやがれ!」
「ぼ、ボエ~~~~」
返答するように音波が来た。
打ち消されていた今までと違い、美音奈からの打ち消しが無い。
もしかして本当に撃破出来たのか?
思った次の瞬間、
「∽¬∴∝――――っ!」
声にならない音波が歌の勇者の声に重なる。
やっぱり打ち消されるか。落胆した次の瞬間、猛毒の勇者は不思議な感覚に囚われた。
全身が震える。
まるで地震でも起きたかのように、自分の身体だけが急激に震えたのだ。
「なん……」
ドロリ、鼻から熱い液体が流れだした。
こんな時に鼻水? 思わず鼻を押さえた手には鮮血。
ドロリ、目から熱いモノが溢れだした。
ゴフリ、喉から駆けあがった熱い液体が口から零れる。
鼓膜が破れ音が消えた。
耳から熱い液体が噴き出す。
「ゴプ?」
全身の血が沸騰する。
血液の流れが止まらない。
駆け巡る血は出口を求め、無数の出口から噴出する。
「あ……な、にが……?」
がくり、立っていられなくなった猛毒の勇者が膝を突く。
自身に起こったことが分からず両手を見ながらどぅと倒れた。
それは共振。丁度猛毒の勇者が居る場所で最大の振動と成るように、歌の勇者と美音奈の声が合わさった結果だった。
全身を急激に揺さぶられ、原子から発熱した猛毒の勇者が大地に伏す。
あまりにも強力でえげつない攻撃に、流石のフィエステリアも追撃を行おうとは思わなかった。
ピクリとも動かなくなった猛毒の勇者に、頭を掻いて構えを解く。
「すげぇな美音奈」
「え、ええ。ボクもさすがにここまで強力になるとは思わなかった……かな。ノエルさんとは相性いいのかも」
「へ? そ、そんな。私なんて……歌下手だし」
「そんな事ないよ。音程のズレなんて直ぐに直せるモノだし、それだけの発声量なら直ぐに上手くなるよ。後でレッスンしよ!」
「え? え? あの……本当に、歌、上手く?」
戸惑う歌の勇者に、美音奈は笑みを浮かべる。
「ええ。発声方法の矯正って時間もそんなに掛からないんだよ。半月もしないうちに治るよノエルさんなら」
「嘘……」
たったそれだけの期間で長年の音痴が治る?
信じられない思いと嬉しさが込み上げる。
ならば今までの自分はなんだったんだ?
やるせなさと憎悪が募る。
けれど……
「その内さ、二人でライブしよう。薬藻君に聞いて貰いましょ」
フィエステリアに歌を聞かせる。上手くなった自分の声で聞き惚れて貰える。
そう思うと、憎悪は一瞬で霧散した。
本当に自分の歌が上手くなるのだろうか? もしも上手くなるのなら、女神の権能などいらない。歌っていられればそれでいい。
「本当に、歌、上手くなれますか?」
「保障する。いいえ、ボクが上手くしてみせる。ボクは炎野美音奈。これからよろしく」
「わ、私は、歌のゆ……いいえ。ノエル。音無ノエル。よろしく、お願いします」
歌の勇者は恐る恐る、美音奈の差し伸べた手を取った。




