アンゴルモニカ・霊体の勇者2
「ふぅ。もう、サイアク!」
霊体の勇者は憤慨しながら叫ぶ。
別の森へと逃げてきた彼女はアナトミーたちの姿を侮辱しながら森の中を歩いていた。
当然、霊体のままであるため歩くというよりは浮遊する。だろうか。
こちらの森はアナトミーが居ないようで、周囲を動物が闊歩している姿が見られる。
霊体の彼女に警戒心を抱かないのだろう。間近を歩くのはヘラジカだろうか? 木の枝にはリスが居り、あるいはテング鼻の猿が枝に腕だけでぶら下がっている。
自然溢れる森は、見る者が見れば感動モノだろう。残念ながら霊体の勇者にとっては周囲の自然などどうでもいいものだった。
だから気にせずに歩く。もともと霊体であるためクマが襲って来ようとすり抜けるので安全面は問題ないのだ。
無警戒に歩く霊体の勇者は、ふぃに風切り音を聞いた。
気付いた時にはすでに自分の体を矢が一本、通り抜けた後だった。
幸い霊体に効果のある破魔矢ではなくただの矢であったため大事には至らなかったが。
「チィッ、アクアク、狙いが逸れたのではないか!?」
「チョムチョム様、今のは直撃コースです。どうやら奴に物理は聞かぬようで」
「面倒だな」
森の奥から現れたのは二人の女。
劇団の男役をやってそうな女がチョムチョム。アクアクは森の住人といった様子で、しなやかながら鍛えあげられた細マッチョタイプの女性だ。
突然やってきた二人に、霊体の勇者は警戒を見せる。
「何よあんたたち」
「アマゾネスの族長、チョムチョムだ。こちらは副長の……」
「アクアクです」
敵だ。即座に判断した霊体の勇者はニタリと笑みを浮かべる。
見たところこの二人に霊体に対する攻撃能力は見られない。あればおそらく最初の一矢で霊体の勇者は死んでいただろう。
つまり、この二人に関しては、霊体の勇者は無敵なのだ。
「女神の勇者。申し訳ありませんが来て早々、この世界より退去願います」
アクアクは走りだす。
投げナイフを飛ばして来るが、霊体の勇者は避けることなくその場に悠然と佇む。
度胸だけはあるのだ。否、負けるはずがないのだから避ける意味もない。
内心心臓はバクバク鳴っているが、自身をすり抜けていくナイフにふぅと息を吐く。
「ふふ、効かないっつーの」
「物理が効かない!?」
「同じこと繰り返してンじゃねーよタコッ!」
アクアクの腹に蹴りを入れ、霊体の勇者は初めて戦闘らしい戦闘を行う。
相手にダメージを与えられないのにこちらはダメージを喰らったアクアクが呻く。
「むぅ、下がれアクアク!」
「くっ。悔しいですが私では無理なようですね。物理特化では無理ですか」
「援軍を呼びに行くがいい。私様が相手してやろうではないか。はーっはっは」
チョムチョムが残り、アクアクが援軍を呼びに向かう。
援軍が来られるのはマズい。特にあの丹月という名の老人や、トルーアと呼ばれていた弓使いは危険だ。
早々にこのチョムチョムを駆除して逃げなければならないだろう。
「悪いけど、死んでも恨むなよ?」
「それはこちらの台詞だな。だが、既に死んでおるから今の状態が呪いの類になるのか?」
「残念。あたしは生き霊って奴よ!」
すぅっと接近して何も出来ないチョムチョムの首を両手で掴む。
抵抗するかと思ったが、チョムチョムはクックと不敵に笑っているだけだ。
「何をしてるの? 抵抗しないと殺しちゃうわよ?」
ぐっと力を入れるが、反撃すらして来ない。
「殺す? 殺す、ねぇ。首絞めて絞殺かね?」
「ええ。人間って首絞めると簡単に死ぬのよ? そしてあなたにあたしの攻撃から逃れる術はない」
ニタリと醜悪な笑みを浮かべる霊体の勇者。しかし、チョムチョムは不敵に微笑む。
「人間なぁ。それは、こんな身体でも有効かね?」
ぎゅるり、押しつぶそうとした喉が捻じれる。
驚くほど抵抗力が無くなった霊体の勇者が驚くより早く、チョムチョムの首が捩じ切れた。
そこまで強く押したつもりの無かった霊体の勇者。掴んでいた指先から肉を押し込む感覚が消える。
ぼたり、目の前に落下した首が転がった。
「え? え……?」
見開かれた目が合った。
さすがに首が取れるなど思いもしなかった霊体の勇者。彼女に恐怖耐性などなかった。
ぞくりとした霊体の勇者に、チョムチョムの首は、表情を笑みに変えた。
「クケケケケケケケッ」
「ひぃぃっ!?」
仰け反った霊体の勇者の身体を突き抜け、チョムチョムの首だけが飛び上がる。
「な、え? ひっ!?」
「クックック、ハーッハッハッハッハ! この私様を首絞めだけで倒せると思うなよッ」
驚く霊体の勇者をチョムチョムの身体が通過する。
びくりと驚いた彼女の目の前で、チョムチョムの身体が一瞬にしてバラける。
腕が足が、胴体が、パーツに別れ宙に浮いて行く。
「ひ、ひえぇぇぇぇぇっ!?」
いきなりのバラバラ殺人事件+ミステリー現象の遭遇に、慌てて霊体の勇者は逃げ出した。
アマゾネスの森に戻ってきたアクアクと丹月は、既に霊体の勇者が逃げた後と聞いて落胆したのを、霊体の勇者が知ることはなかった。




