アンゴルモニカ・霊体の勇者3
「ああもう、最悪さいあくサイアクッ!!」
霊体の勇者は目の前の壁を蹴りつけ蹴りつけ、さらに蹴りつける。
地団駄踏んでいるようにも見え、八つ当たりに壁を蹴り壊そうとしているようにも見え、しかし壁に足がすり抜けている。
それでも構わず壁を蹴る動作を繰り返す霊体の勇者。
「何を、してるんですか……」
「何っ! 全く思い通りにいかないこの世界に地団駄踏んでンのよ! ああもう、なんでこの世界選んだかなっ! 他の世界行ってりゃ絶対霊体無双だったし!」
「それは、ないんじゃないでしょうかねぇ」
呆れた口調の男に、霊体の勇者は噛みつかんばかりの勢いで振り向く。
反論しようとして、気付いた。
自分は今、誰と話していたのかと。
振り向いた先には二人の男。ひとりは冴えない優男。もう一人はいかにも兵士然とした男だ。
「なによ、あんたたち」
「あ、はい。僕は松下連合軍田中領領主の田中一。こちらは駑領大名代理の鎮蘭さんです」
「女神の勇者が一人とお見受けするが、合っておりますかな?」
「またかっ! またこの世界の住人なのね! しかも私たちを探してる腐れチートどもっ」
腐れチート? と小首を傾げる田中と鎮蘭。二人は別に彼女を探していた訳ではなかった。
一緒に探索していた二人の男とはぐれてしまったので探していたに過ぎず、その過程で彼女を発見したに過ぎない。
その為霊体の勇者に対する武器はどちらも持っていなかった。
「よくわかりませんが、他の方々と違って私達に攻撃意思はありませんよ。何処へなりと逃げてください」
「田中殿、よろしいので?」
「だって、別に被害出してないみたいだし、ここで壁蹴ってるだけなら問題ないでしょ?」
「ふざ、けるなッ! あたしは雑魚じゃない。いらない人間じゃない。あたしはっ!!」
壁を蹴る動作を止めた霊体の勇者が田中向けて襲いかかる。
驚く田中を突き飛ばし鎮蘭が前に来る。
突き出されたのは鎮蘭の持つ槍。しかし霊体の勇者はこれをすり抜ける。
驚く鎮蘭に霊体の勇者が手を掛けようとした瞬間だった。
「ホーリークレスト」
霊体の勇者の全身が焼けつくほどの痛みを発した。
慌てて逃げようとするが彼女を中心に出現した光の柱が彼女自身を焼いて行く。
「な、何よこれっ!? ギャアアアアアアアアアアアアアアア」
「ご無事ですかな」
背中を押されながら田中達の元へとやってくる偉そうな態度の貴族風おにぎり。
おにぎりの頭にちょび髭、ステッキを持つそいつは、緑色の肌を持つ二足歩行の恐竜に背中を押されてやってきた。
人型恐竜が急がそうとしているのだが、彼はあくまでゆっくりと歩いて来る。
「ボックルさん、おにぎり男爵さん」
「すみません、この人が遅すぎるせいではぐれてしまいましたっ」
「かまわんよボックル君。私は全く待ってない」
「あなたが遅いんですってば!?」
人型恐竜ボックルは、おにぎり男爵の言葉にキレ気味にツッコミを入れた。
「はっはっは、御冗談を」
「……この人は」
英雄じゃ無ければ殴ってる。ボックルはむぅっとしながらも消えゆく霊体の勇者に気付く。
「おや、そちらで消えそうになってるのは?」
「ああ、女神の勇者さんらしい。丁度僕等に襲って来ようとしたところをおにぎり男爵さんに倒されたみたいだよ」
「正直我々ではどうにもなりませんでしたな」
「鎮蘭さん、それはいいですが僕を庇うのはいただけませんよ」
「なに、この身は死んで当然の身ですからな。身代わりにできるなら喜んで飛び込みましょう」
駑国は昔、ナーガラスタに組みすることで松下連合軍に反旗を翻したことがある。
ほぼほぼ返り討ちにあってしまったが、鎮蘭は生き延びていたのだ。そのまま彼が大名として駑の代表にされてしまった。
正直有難迷惑なのだが、任されてしまった以上それが罪だと思い全力で取り組むのみである。
「た、たすけ……」
顔と腕を残し光に浄化された霊体の勇者が消えていく。
伸ばされた手は空を切り、田中に届くことなく消え去った。
一瞬彼女に視線を向けた田中だったが、哀しげに俯くだけで彼女を見送るしか出来なかった。
「ごめんね。僕に君を救う術はない。あったとしても敵を救う程お人好しじゃないんだ」
消え去った霊体の勇者に彼は踵を返す。
おにぎり男爵が踵を返し、鎮蘭がそれに従う。
ボックルは一瞬だけ消え去った霊体の勇者に視線を向け、落胆の息を吐く。
「霊体として生存できる生命体……研究して見たかったですが仕方ありませんね。さようなら名も知らぬ女神の勇者」
ボックルもまた踵を返す。
後には誰も残らない。
ただ、彼女が先程まで蹴っていた壁だけがそこに悠然と佇んでいた。
「……なんてねー」
その壁から一度だけ顔を出す霊体の勇者。敵性存在が居なくなったのを確認し、彼女は別の場所へと逃げるのだった。




