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立ち入り禁止の1週間が明け、学園ダンジョンに再び生徒たちの姿が戻ってきた。
一階層を抜けた信也、夏希、勇希、実花の4人は、緊張感を漂わせながら二階層へと続く下り階段の前に立っていた。
「……空気の重さが、やっぱり一階層とは全然違うね」
夏希が細心の注意を払いながら、周囲に冷気の魔力を纏わせる。その後方で勇希が『百目』の視界を展開し、数十メートル先の暗がりをくまなく索敵していた。
「異常なしと言いてえところだが……前方の空間、魔力の澱みが昨日までとは桁違いだ。来るぞ、二階層の魔物どもだ!」
勇希の警告と同時に、紫色の闇の向こうから複数の低く濁った唸り声が響き渡った。
ガサリ、と岩肌を引っかくような音が響き、闇を切り裂くようにして姿を現したのは、通常の個体を遥かに超越した巨体のゴブリンたちだった。一階層の式神やスライムとは格が違う。二階層の環境に適応し、闘争本能だけで生きる狂気の群れだ。
「数は5体! 前衛、頼むぜ!」
「任せろ!」
勇希が一歩前に踏み出し、杖を固く握りしめた。
「(土)我が意に従え、大地を割りて壁となせ――土塁!」
勇希の呪文と共に、ゴブリンたちの突進ルートを塞ぐように、通路の左右から分厚い土の壁が轟音を上げてせり上がった。しかし、二階層のゴブリンの怪力は尋常ではない。先頭の巨体ゴブリンが棍棒を振り上げ、ガツンと土壁を強烈に殴りつける。一瞬で壁に亀裂が走り、土煙が舞い散った。
「くっ、硬いな……! でも、足止めにはなる!」
「私に任せて!」
勇希が耐えているその隙を逃さず、後方に陣取る夏希が前に出た。彼女の背後で『雪女』の守護神が青白く冷たい光を放つ。夏希は一呼吸置き、鋭く澄んだ声で呪文を詠唱した。
「(水)冷たく凍てつく刃よ、敵を貫け――水槍!」
夏希の杖の先端から、圧縮された高圧の水流が鋭い槍の形へと変化し、一直線に飛び出した。それはただの水魔術ではない。雪女の冷気によって温度を奪われ、先端が半ば氷結した致命的な一撃だった。
**ドォォンッ!!**
直撃を受けた先頭のゴブリンが、甲高い悲鳴を上げて派手に後方へと吹き飛ぶ。しかし、残りの4体は怯むどころか、仲間の死骸すら踏みつけにして怒狂の突進を再開した。
「実花ちゃん、頼む!」
「はいっ! (光)その身に祝福の光を、限界を超えた力を――剛力!」
後方から実花が掲げた両手から、温かくも力強い光の粒子が放たれ、信也の身体を優しく包み込んだ。筋肉の繊維一本一本が覚醒し、全身の血流が爆発的に加速していく。
実花のバフを受け、信也の瞳が鋭く据わった。
「――隙だらけだ」
信也は勇希が土壁を完全に解除したその瞬間、弾かれたように地を蹴った。
もはや人間の動体視力の限界を超えた超加速。信也の身体は宙に青白い残像を引くだけで、視界から完全に消え去った。
先頭に立っていたゴブリンが何かを察知して棍棒を振り下ろすより遥かに早く、信也はその死角――懐のど真ん中へ滑り込んでいた。
1週間、夜な夜なダンジョンに通い詰め、脳裏の「戦士の剣筋」の残滓を狂気のように追い求めて辿り着いた境地。骨格の連動、重心の移動、空気の抵抗すら味方につけた、無駄を削ぎ落とした極致の一撃。
「おおおおおッ!!」
信也の木剣が、実花の剛力のバフと自身の全体重を乗せて、ゴブリンの急所へと叩き込まれる。
**バキィィィンッ!!!**
まるで巨岩が粉砕されるような凄まじい衝撃音が二階層の洞窟に轟いた。
信也の放った一撃は、ゴブリンの厚い皮膚と筋肉の鎧を完全に貫き、その内部の魔力核を一撃で粉々に打ち砕いた。一瞬の静寂の後、ゴブリンの巨体が泥の泡のように崩れ去り、光の粒子となって消滅していく。
「嘘だろ……一撃で……!?」
勇希が目を見張り、後方で夏希が息を呑む。
「信也くん、すごい……!」
実花が両手を合わせて感嘆の声を漏らした。
だが、感傷に浸る暇はなかった。残る3体のゴブリンが、仲間を殺された怒りに狂い、一斉に信也へと襲いかかってくる。
「調子に乗るなよ、ここからは俺のターンだ!」
勇希が地面に杖を突き刺し、追撃の呪文を放つ。
「(土)重力よ我が拳となれ、敵の足を泥に沈めよ――重泥!」
勇希の魔術によって、信也を取り囲もうとしたゴブリンたちの足元の床が突如としてぬかるみ、粘着質な泥の罠へと変化した。足を取られ、わずかにバランスを崩すゴブリンたち。
「いいよ勇希! 私が動きを完全に封じる! (水)凍てつく枷よ、その足場を縛り上げろ――氷結拘束!」
夏希が杖を大きく振るうと、地面の泥ごとゴブリンの下半身が激しい冷気で凍てつかせられ、ガチガチの氷の足枷となってその場に完全に固定された。
「――仕留める」
信也の姿が、再び闇の中に溶けた。
実花の光のバフ、勇希の足止め、夏希の拘束、そして信也自身の研ぎ澄まされた極限のスピード。4人の息が完全に一つに噛み合う。
信也は残像を纏いながら3体のゴブリンの間を疾走し、その脳裏に焼き付いているあの戦士の剣筋をなぞるように、無駄のない連続の軌道を描いた。
パンッ、パンッ、パンッ――!
乾いた破裂音が連続して響く。
信也が通り過ぎた後、残りのゴブリンたちは一瞬だけ動きを止め、その身体の中心から一斉に亀裂走らせた。
**ドガラァァァンッ!!**
3体の巨体が同時に粉々に砕け散り、二階層の奥に静けさが戻った。
戦いは終わった。
「ハァ、ハァ……っ、やった……!」
信也は木剣を地面につき、荒い息を整えた。
かつては自分一人でボロボロになり、命からがら逃げ惑うことしかできなかった二階層の魔物たちを、今のチームは完璧な連携と、信也自身の圧倒的な成長によって完全になぎ倒したのだ。
「すっげえぞ信也! お前のその踏み込み、マジでもはや人間の域を超えてるぜ!」
勇希が満面の笑みで駆け寄り、信也の肩を強く叩いた。
「うん、完璧な連携だったわね。私たちの魔術が、信也の剣の道筋を完全に作れた」
夏希も安堵の笑みを浮かべ、実花は「怪我、ありませんか?」と小走りで近づいてきて、信也の体を治癒の光で包み込んでいく。
仲間の温かさと、確かな実力の手応え。
しかし、信也の視線は、粉々になったゴブリンたちのさらに奥――二階層のより深い闇へと向けられていた。
あの時、神藤を絶望の底に突き落とし、自分自身も死闘を演じたあの「ゴブリン変異種」が潜む、真の深淵へと。
(まだだ。こんな雑魚を倒したところで、あいつには届かない……)
信也は胸の奥で静かに闘志を燃やしながら、仲間たちと共に、さらなる高みへ向けて歩みを進めるのだった。




