少女たちは街に集って
私は追われていた。大きな二つの脂肪のかたまりのせいで走るのが苦手な私は、人ごみにまぎれる作戦を採用し、不自然じゃない程度の早足で街を行く。
ショーウィンドウの前でおしゃべりする女の子たち、幸せそうな家族連れ、忙しそうなスーツ姿の人はヒールを鳴らして過ぎ行く。もちろん、妖精と一緒にいる人もたくさんいた。週末の八汰はいつも通りの賑わいだ。
雑踏の中、私は鋭く視線を飛ばして追跡者の気配を探る。今のところは平気、かも……?
先週末のRFの大会に向けた準備と、激戦の連続で疲れ切っていた私は、今週分の記憶が曖昧だ。一応学校には行ってたし、度肝を抜かれるようなこともあって、その辺りは覚えている。けど、ほとんど眠って過ごしたようなものだった。
そして今日、なにか用事があったはず、と曖昧な記憶の命じるままに八汰の駅から出た私は呆気にとられていた。
圧倒的オーラを放つ美人と、人形のように整った容姿の少女、やたら偉そうな妖精らが、劣化ウラン弾を撃ち合うような破滅的舌戦を繰り広げていたからだ。しかも八汰はRFプレイヤーが多い。先週末の大会の入賞者たちが集まって、なにやらもめている、という見方をする人もいるだろう。目立ちまくっていた。
「なになやって……あ、私が……」
フラッシュバック。卒倒しそうになった。遊びに誘われて、夢うつつのまま適当に都合いい日時を答えた気がする。三度ほど。いや、あの三人のことだ、私が弱っているところを見計らって誘いに来たに違いない。とにかく最悪に厄介な三人を、最悪の底が抜けたような経緯で集めてしまった。
舌戦を見物していた一人が、私を見て声を上げた。三人の視線が私に集中する。それに釣られた見物人たちの注目もまとめて浴びる。
あの三人と私を瞬時に結びつけるということは、この子もRFプレイヤーかなぁとか、決勝戦の動画の再生回数また増えてるのかなぁとか、あの大会のせいですっかり有名人だなぁとか、しばしの現実逃避を楽しむ。
そしてもちろん、私は逃げた。
すぐに追いかけて来る、鬼気迫る気配と喚き声。角を折れて、折れて、ビルのエレベーターや裏口を駆使して、なんとか追跡を撒くのに成功した。
「どうするのこの状況。ていうか、あいつらはなんでいつも戦ってるの……?」
人ごみにまぎれて大通りを足早に行く。
頭の中で警報が鳴った。反射的に飛び退く。雑踏から、細い腕がぬうっと伸びて、さっきまで私がいた空間を掴んだ。
「優奈、どうして逃げるの?」
細腕に続いて現れたのは人形のように整った智子の顔。ただしその目は欲望が沸騰したような光を宿している。
「自分の胸に手を当てて聞いて!」
引き返してすぐそこの角を曲がる。誰もいない脇道をしばらく進んでの十字路。どっちに行くべきか……いや左はもう塞がれている。この気配は間違えようがない。
藤野先輩が、圧倒的オーラを放ちながら近づいて来た。その足取りは優美で獰猛。獲物を狙う恐竜の歩みだった。
藤野先輩との賭けの報酬、実は考えていなかった。特にアイデアもない私に、レイシャが提案したのは藤野先輩を下僕にするというものだった。ドン引きする私とは裏腹に、藤野先輩は楽しげにオーケーしてしまった。
レイシャは先輩御用達の紅茶を飲めてご満悦のようだけど、私のほうはたまったものじゃない。毎朝起こしに来てはレイシャや智子とやり合っているし、その時の格好がメイド服なのだ。さすがに初回は度肝を抜かれて一発で目が覚めた。
学校のスターである藤野先輩は、表立って誰かを特別扱いすると問題が発生する。つまり私が一人で行動している時を狙って藤野先輩がやって来る。しかもお嬢様とメイドプレイを要求してくるし。やっぱりこの人よくわからない。
「お嬢様、どちらへ行かれるつもりですか?」
穏やかな微笑みなのに、舌なめずりしてるように見えるのはなぜだろう。
「心の平穏を求めて旅に出ます!」
十字路を右へ、行こうとして小さな影に気づいた。上から降りてきたのは、やたら偉そうな妖精だ。
「いい加減捕まりなさい!」
レイシャのエメラルドグリーンの目が三角になっている。憤っているようだけど、私の今の状況のほうがよっぽど理不尽だと思う。
「自分の死刑執行書にサインしろって!?」
もう正面しかない。辛いけどがんばって走って、別の大通りへ出た。途端、子どもにぶつかったような軽い衝撃。思わず抱き止める。腕の中には金髪の天使がいた。
「アイリスちゃん?」
「か、鏡島さん……こんにち……あうぅ……」
すでにアイリスちゃんの顔は湯気を吹きそうなほど真っ赤になっていた。
がさっとした物音。サクラが空中で紙袋をキャッチしていた。紙袋には、フレッシュフォルティッシモのロゴ。そう言えば少し前に紹介したっけ。
サクラがにやにやしたまま、私の後ろを見る。私は観念してため息を吐いた。
智子に右腕をがしっと掴まれる。
「絶対に逃さない」
藤野先輩が左腕にしなだれかかってきた。
「どこまでもお供しますよ、お嬢様」
頭の上になにか乗ってきた。この重みはレイシャだ。
「あなたは私の下僕よ!」
アイリスちゃんが服の裾を握っていた。
「あ、あの鏡島さん……私……はうぅ」
サクラはなにがおかしいのか、声を上げて笑っていた。
「今日も楽しそうだな」
「……そう見えるの? これが?」
「もちろんだとも」
「そうかなぁ」
苦笑いしてしまう。うーん、楽しい? かもね?




