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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
終章 日常の始まり
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終章 日常の始まり 01話

 あの日から二週間が経った。この二週間の間に多くのことが、まるで他人事のように耳に入ってきた。

 あの後、葛生は警察に捕まった。早乙女はおれ達が葛生と対峙している間に、警察に駆け込んでいたらしい。口達者な早乙女は、女児誘拐未遂だの未成年暴行など、真実であるが多少曲がった事実を警察に説明し、葛生はお縄についたのだ。それと一緒に楓たち子うさぎを捕まえ、おれ達を襲った不良たちも捕まった。

すると、葛生の今までの悪事が芋づる式に見つかった。「日輪」を不当に動かしたことによる器物損壊の罪はもちろんのこと、裏金まであったことが判明した。あの人当たりのよさそうな顔を利用し、不当にお金を受け取っていたんだろう。これで当分、葛生は刑務所暮らしになりそうだ。

 だが、もう葛生のことなんてどうでもいい。

 二週間経った今でも、おれは楓たちを消してしまった後悔の念に駆られていた。

 どうやらおれは、楓達が消えてしまった後すぐに気を失ったらしい。気がついたのは杜芝市の病院のベットの上だった。警察への証言とやらは、鈴美音さんたちが全部やってくれた。そのおかげでおれ達は事件の被害者として扱われ、病院でかかった治療費も全て払わなくて済むことになった。

 病院には一週間入院する羽目になった。葛生によって思い切り踏まれた右の足の骨にひびが入っていたのだ。妖怪探求会の中で一番怪我がひどかったのは、明らかにおれだった。   

病院のベッドの上で、おれはいつもボーっと窓に映る杜芝市の景色を見ていた。見舞いに来てくれたのは、守屋と早乙女だった。守屋も葛生によって怪我したもののおれほどではなく、たちまち元気になっていた。相変わらず元気な声を出し、多少の皮肉を言いながらもおれに向かって励まし続けていた。早乙女は見舞いに定番の果物の詰め合わせを持ってきており、ほとんど無表情で「お見舞い……」と言っておれに受け取らせていた。

普段のおれなら、二人のそんな態度にクスリと笑っていたかもしれない。なのに、全然笑う気分になれない。二人を無下に追い返すことなどしなかったが、二人の話をおざなりに聞き流し、心の中では「一人にしてくれ」と言い続けた。

 多少気になったのは、守屋と早乙女が来たのに、鈴美音さんが見舞いに来なかったことだ。二人にそのことだけ聞いてみたが、どうやら何か忙しいらしく、来られないとのことだった。

 一週間後、松葉杖を使いながらも普通の生活を送ることが許され、近くの病院に通院することを条件に退院することができた。退院できることは素直に喜ぶ。この町にもう居たくなかったから。

 家まで送ってくれたのは、今回も守屋と早乙女だけだった。道中、車内で守屋は始めこそまたおれを励ましてくれようと奮闘したが、おれの反応がよくないことを受け途中でそれをやめた。早乙女はもう何も言ってこなかった。

 そのさらに一週間後。それが今にあたる。

 帰ってきてからの一週間、学校には行かなかった。こんな足では目立つし、何より授業に出る気力など微塵にもなかった。

 もちろん、妖怪探求会の活動にも出るつもりもなかった。活動再開がいつなのかは鈴美音さんの連絡待ちらしいが、もし連絡が来ても無視するつもりだった。

 そういえば、もうすぐ仮入部期間が終わるな……。

 おれは元々、妖怪探求会にいるのは仮入部期間の三カ月だと決めていた。気がつけばもう三カ月経ったのだ。入ったばかりの頃は早く三カ月経ってほしいと思っていたのに。

 この部に入り、鈴美音さんの我がままに付き合わされ、ある時は意味も無く集まり、ある時は意味も無く遊び、ある時は人助けをし、ある時は子うさぎを助けた。

いや、最後のは助けられなかったか……。

 そんな日々が続きもうすぐ三カ月が経つが、今思えば決して悪くない日々だった。

 ……正直に言おう。結構楽しい日々だった。

 それまで人と深く関わらない日々を送っていたが、鈴美音さんに関わり、守屋と早乙女に出会い、「友達」というものを久しぶりに感じることができた。

 そして楓。妖怪にも関わらないと決めていたのに、楓に出会ってその気持ちも大きく揺らいでしまった。最後には、楓の存在は鈴美音さんたちと同じくらい大切なものへと変化していた。

 なのに、そんな大切な存在を守れなかった。楽しかった日常は、急に悪い思い出へと変わる。

 楓は消える瞬間を思い出し、顔をゆがませ俯く。

 そして同時に、退院したその日、家まで送ってくれた早乙女がおれの胸倉を掴んで言った言葉を思い出す。


「あなた、いつまでそう落ち込んでいるの?あなただけが悲しいと思っているの?」


「早乙女、やめろ」


 守屋の制する声にも耳も貸さず、言い続けた。


「あなたたちはいいわよ。私なんて、楓ちゃんが消えるとき、別れを告げることもできなかった。送ることもできなかった。その場に居合わせなかった私の気持ちがわかる?」


 早乙女の激昂は、その時が初めてだった。

 もちろんおれは言い返した。


「じゃあ、おれの気持ちがわかるのか?おれが願ったせいで楓たちが消えてしまったんだ。おれが!楓を消してしまったんだ!」


 おれを恨むなら好きなだけ恨め。あの時はそういう意味も込めて早乙女に言い放った。何か言いたげだったが、その後無言のまま早乙女はすぐに車に戻り、守屋も「じゃあな」と言い残し、その場を去った。

 あと一度しか会う機会はないかもな……。

 その一度は、退部届を鈴美音さんに渡す時。

 この三カ月、おれの日常は楽しかった。けれど、この先のあるかもしれない楽しい日常

は、おれが壊してしまった。

 また、前の……誰にも心を許さない、つまらない日常が返ってくるだけだ。


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