第五章 願いを叶える場所 05話
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終わるときは一瞬だった。
目を開けてみると、もう何の光も無く、わずかな月明かりしかなかった。
「……もう終わった」
葛生の弱々しい声が背後から聞こえ、振り返る。
葛生はもう守屋に抑え込まれてはいなかった。一人で勝手に、地面にひれ伏している。
「先祖が残した偉大な奇跡は、もうなくなった。私は今まで何のためにこんな妖術を学び、時間を費やしてきたんだ……」
少しだけ今の葛生の姿に哀れみを感じるが、同情はできない。
「甲坂君!純!」
鈴美音さんが駆け寄ってきた。
あれ?縛られていたのに縄が解かれている。
「鈴美音さん、どうやって?それに守屋も……」
鈴美音さんは握っていた拳を開け、掌にあるモノを見せた。
「これは……石?」
「そう。これ、尖ってるでしょ。この石を偶然見つけて、ずっと持っていたの。それでやっとロープを切れたってわけ。純は、自由になった私が助けてあげたの」
「助かりましたよ鈴美音さん!」
守屋の元気な声だけ聞こえてくる。どうやら守屋も無事のようだ。
「……そうだ、楓は!?」
右足を引きずりながら、「日輪」の傍まで近づく。
見つけた。みんな倒れている。唯一洋服を身につけている楓はすぐに見分けがつき、近寄って楓の上体を起こす。
「楓!しっかりしろ!」
「……ゆと様?」
楓はぼんやりと目を開け、小さく微笑んだ。
「……私……どうなったんですか?ここは……どこなんですか?」
今の状況を全くわかっていないようだ。
おれは簡潔に事の成り行きを話す。
「おまえは捕まって、葛生がおまえたち子うさぎを使って願いを叶えようとしたんだ。だけど安心しろ。もうお前達が苦しむことはなくなったんだ」
「葛生様が?私たちを使って?……」
葛生については説明を省く。今は楓に言ったって仕方ない。
「おまえらがもう、伝説通り『日輪』に縛られることはなくなったんだ。おまえたちの願いを叶える力はなくなった。これでおまえたちが苦しむことはないんだ」
説明しても、楓は理解していないようだった。無理もない。願いを叶えるときは、子うさぎの記憶は消されてしまうのだから。
「とにかく、おまえたちはもう自由なんだ。誰かに利用されることもなく、楽しんで生きればいい」
無理に笑おうとしたが、顔が引きつって痛みが生じる、さっき葛生に殴られたせいだ。
「そう……なんですか」
楓も力なく笑う。どうも楓に元気がない。願いを叶える上で、力を使いすぎたのだろうか。妖力のことなど全然知らないおれだが、楓たちはその力のすべてを絞り出したように思える。
「椿ちゃんと……柊ちゃんは無事ですか?」
「無事みたいだ。いま鈴美音さんと守屋が見ている」
顔を上げて二人の方を見てみる。しかし、鈴美音さんと守屋の表情を見るに、他の二人も楓と同じように状態は芳しくないようだ。
大丈夫。全て終わったんだ。これから楓たちは元気になるはずだ。
そう思い込んでいた時、抱える腕の中から楓の力ない声が聞こえ、すぐに楓と顔を合わせるよう顔を下げる。
「ゆと様……。私、どうやら疲れてるみたいです……」
「無理するな。あんなに叫んでたしな。根こそぎ力を使ってしまったんだろ。ゆっくり休んで……!?」
驚いた。
なんと楓の手が消えかかっている。半透明になっているのだ。その部分から、無数の小さな光の玉が発生し、それらは空に駆け上がり、儚く叶く消えて行った。その光の玉は、蛍の光を連想させる。
どうやら椿と柊もその現象が起きているようだ。寄り添っている鈴美音さんも守屋も、どうしたらいいかわからず戸惑っている。
「楓!?どうした?これじゃまるで……」
これじゃまるで、今にも消えそうじゃないか。
なぜだ?どうして?
思わず葛生を睨みつける。葛生は守屋によって木に手を縛りつけられているらしく、身動きが取れないようだ。葛生はおれの睨みに気づき、嘲け笑う。
「君たちは五十年に一度現れると言う意味を考えたことはなかったのか?」
そういえば、なぜ五十年ごとに子うさぎたちが現れるというのか、知らない。
「元々は普通の妖怪だからそんな決まりはなかったが、私の先祖が『日輪』を作り、子うさぎたちの自由を奪った。『日輪』という妖具は、子うさぎの妖力を溜めこみ、この地に集まる妖力の流れにリンクして力を発揮し、奇跡の妖術を生み出す。妖術が使われなかった今までも、結局は『日輪』が子うさぎの力を吸収していたのだから同じだ。五十年ごとに子うさぎたちの力は全て失われる。わかるか?つまり五十年という年月は、子うさぎたちが力を取り戻す準備期間なんだよ」
じゃあ、楓たちは願いを叶えて全ての力を失ったっていうのか?それで消えかかっていると?それじゃあ結局、自由にはなっていないじゃないか。
本当に自由になるのは、力を取り戻した後の五十年後だ……。
「おれが……もっと具体的に願えばこんなことには……」
いや、どっちにしろ願えば同じことだ。叶えるために妖力が使われる。もし願わなくても、「日輪」が楓たちの妖力を管理しているのであれば、同じだ。
どのみち八方塞がりだったんだ。
それでも……それでも五十年後には本当に自由が待っているんだ。おれ達には長く感じても、楓たちなら眠っているうちにあっという間だ。
そう考え、楓に伝えようとする。
ところが葛生は、残酷なことを言い放つ。
「このまま二度とこの世には現れないかもな」
「……なに?」
「君が願ったのは子うさぎたちの解放だ。願いを叶えることができなくなったことは確かだが、子うさぎたちをどう解放するかは、わからない。もしかしたら、解放というのは『永遠の死』を意味したのかもしれんよ」
……嘘だろ?
おれの願いが、楓たちを殺すことに?
バシッ!
小気味良い音が葛生から聞こえた。
その音は葛生自身が出した音ではない。誰かが葛生を殴った音だった。暗闇の中、きらりと光る何かを見る。涙だ。
よく見ると、その誰かは鈴美音さんだった。
「いい加減なこと言わないで!」
いつもの鈴美音さんらしからぬ声で、彼女は叫んだ。
おれもそう叫びたい。だが、葛生の言うことも的を得ている。
おれは……なんてことをしてしまったんだ。
なぜもっと具体的に言わなかった!あの時そうしておけば、こんな結果にはならずに済んだのに!
おれは……おれは……!
「ゆと様……」
頬に暖かい温もりを感じる。楓の消えていない方の手が、おれの頬を触れていた。
「ゆと様、そんなに思いつめないでください。私、とても幸せです。椿ちゃんも柊ちゃんも、最後に解放されてとても幸せだと思っています」
「幸せ……?おまえ、このまま死んでしまうかもしれないんだぞ。おれの……願いによって……」
「……いいんです」
楓は笑った。自分がこのまま目覚めないかもしれないのに。
「私、このまま死んでも悔いは残りません。私たち、今まで何百年も生きてきて、楽しかったんです。三匹で一緒に遊んだり、人間の世界を見て回ったり……。
私なんて、椿ちゃんと柊ちゃんに比べたらもっと幸せでした。ゆと様と出会えて、人間の世界で暮らして、いろんなものに興味を持って、体験して、こんな、人間が着るような服までもらって……。とっても嬉しかったんです。だから……もう悔いはありません」
そんなわけない。これから自由になって、もっとしたいことがあるはずだ。
「私たち、本当は苦しかったんです。苦しい記憶があったとかそんなんじゃなくて、いつも私たちの心を掴んでいるような、とっても重くて、不安な、黒い力を感じていました。どんなに拭い去ろうとしても、拭いきれなかったんです。でも、今はそれを感じません。ゆと様がそれを取ってくれたんですよね」
けれど、その代わりに楓たちを殺すことになるかもしれない……。
楓の体はすでにほとんどが半透明になっていた。もう、今にも消えそうだ。
「楓……」
頭上から聞き慣れない女の声がした。見上げると、そこには守屋と鈴美音さんにに抱えられた椿と柊の姿があった。
「ごめんね。二人とも。私だけ楽しい思いしちゃって」
「仕方ないよ。楓が一番人間に興味を持っていたんだし」
「そうそう、楓はいつも人間のことばっか話してたしね」
三人とも、笑い合う。
「やっぱり最後は三匹で、だよね」
守屋と鈴美音さんは、そっと二人を楓の傍に降ろした。
楓達はお互いを手でつなぐ。
何か言いたい。なんでもいいから言え。そう思っても言葉が出ない。
「ゆと様、どうか笑ってください」
「……うるさい」
この状況でどうやって笑える?
そして楓は、最後も笑顔をおれ達に向ける。
「みなさん、本当にありがとうございました」
そう言って、三匹の子うさぎは完全に消えた。




