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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第五章 願いを叶える場所
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第五章 願いを叶える場所 04話

 くそ……。

 だが葛生がおれにたどり着く前に、奇妙なことが起こった。「日輪」に映し出されている光の陣が、地面に投影されたのだ。その光の陣は、一際大きく、輝きを放っていた。

 それを見た葛生は、またも不敵な笑みを浮かべ、狂喜した。


「ふふふ、ようやくだ、ようやく現れたか!」


 葛生はおれの方に向かうのをやめ、その光の陣の中心へと歩んでいった。

 おれはこの時、自分の頭をフル回転させ、あの光の陣の意味を考えた。

 葛生は三匹の子うさぎを捕え、「日輪」も準備したのに、すぐには願いを叶えようとしなかった。その理由はわかる。葛生も言っていたが、楓たちとの妖力を引き出せていなかったからだ。そして楓たちの妖力を引き出した今、あの大きな陣が現れた。葛生は今、まさにあの陣へと向かっている。何のためか?

 自分の願いを叶えるためだ。

 つまり、あの陣の中央に立ち、願いを言うことが、願いを叶える最後の条件なんだ。

 守屋も、鈴美音さんも捕まっている。早乙女はこの場にはいない。じゃあだれがあいつを止める?

 おれしかいない。

 痛みも和らいできた。今ならいける!


「この野郎!」


 力任せに葛生に飛びかかった。おれに背を向けていたためか、葛生はまたも虚をつかれたようだ。


「まだ動ける力があったか!?」


 引き離そうとするが、おれは離れない。力任せに殴る。蹴るを繰り返した。

 だが所詮、喧嘩の素人であるのおれの攻撃は、あまり効いているようには見えない。


「この……うっとうしい!」


 またも腹に痛みが走る。葛生の拳によるものではなく、先ほどと同様、妖術を使った攻撃だ。第二撃は、怯んだおれに対して葛生の本物の拳が顔に直撃した。そのせいで、おれは葛生から引き剥がされる。


「大人しくしていろ。後でちゃんと殺してやる」


 このままでは本当に願いを叶えられてしまう。このまま何度立ち向かったとしても、時間稼ぎにしかならない。葛生は遅かれ早かれ願いを叶えてしまうだろう。

 ならどうする?

 おれは一つの答えを導き出した。これしかない!


「ま、て!」


 力を振り絞り、葛生の背中めがけて駈け出す。


「……まだやる気か!」


 掴みかかろうと手を伸ばす……と見せかけ、おれは葛生を無視し、その先へと向かった。


「!?まさか」


 そうだ。もう察しがついただろう。

 葛生が願いを叶える前に、おれが願いを叶える。それしかない。


「させはしない!」


 今度は葛生の方からおれに掴みかかってきた。陣の中央からおれを引き離そうと躍起になっている。必死で抵抗するが、すでに体はボロボロ。抵抗力はもはやない。

 ついに地面にひれ伏すように倒れてしまう。そして動けないようにするためか、おれの右の膝を力強く踏みつけた。


「うわああああ!!」


 あまりの痛さに絶叫する。


「君はもう邪魔だ……。いますぐ、殺してやる!」


 またも見えない力がおれに襲い掛かる。ただし今度は腹じゃない。首だ。首を締め付けるような感覚に襲われた。

 もう……ダメか。

 結局、このまま葛生の思い通りになってしまうのか。悔しいな……。

 薄れゆく意識の中、走馬燈のようなものが見えてきた。

 あれから人に心を許さないって思ってたんだけど、今じゃその気持ちも揺らぎ始めている。やっとそれを自覚して、これから変わっていこうかと思ってたのにな……。

 これでおれの人生、終わりか……。

 楓、鈴美音さん、助けてあげられなくてごめんな……。

 何もかも諦めようとしたその時だった。


「おい、おれのダチを苦しめてんじゃねえぞ」


 ドカッという殴られる音が聞こえ、葛生は吹き飛ばされる。それと同時に意識が戻ってくる。乱れた呼吸を整い目の前を見たら、守屋がいた。


「も、守屋……?」


 さっきまで縛られて身動きが取れなかったはずだ。どうやって抜け出せたんだ?


「おのれ……次から次へと!」


 守屋がどうやって自由になったかを考えている暇はなかった。葛生はまた何かをしようと手をかざした。

 だが、守屋はもう油断しなかった。葛生が妖術を使う前にもう一発、キツいパンチを葛生に食らわせる。


「甲坂!行け!」


 守屋が葛生を抑えている今しかチャンスはない。ボロボロになった体を起こし、よろつきながらも陣の中央に向かう。もう走る力は残っていない。右足にはもう力が入らない。けれど一歩ずつ、確実に陣の中央へと歩みを進めた。

 あと少し、あと少し……。

 そしてついに、光の陣の中央に到達する。


「やめろ!」


 後ろから葛生の悲痛の叫び声が聞こえてくる。振り返ると、守屋に手を防ぎこまれ、身動きが取れない状態となっていた。


「おまえが願いを叶えたら、また五十年後になってしまう!私は十年も待ったんだ。この地を守り続けた先祖の子孫である私にこそ、願いを叶えるのにふさわしいんだ!」


 あんたの先祖がこの地を守ったのは、誰も願いを叶えられないようにするためだろう?あんたの願いを叶えさせるために守ってきたわけじゃない。

 心の中で捨て吐く。

 おれは陣の中央に立ち、薄々考えていたおれの「願い」を言うべく、深呼吸する。

 ……おれがここで葛生の願いを防いだって、五十年後にはまたあんたは叶えようとする。もしかしたらそのまた五十年後、次の五十年後と、違うやつがこの伝説を知り、願いを叶えようとするかもしれない。その度、楓たちは苦しむことになる。

 なら、おれが願うことは一つだ。


「……楓たち子うさぎを、願いを叶える呪縛から解放したい」


「!?」


 その驚きは、鈴美音さん、守屋、葛生の三人のものだった。


「バカな!そんなことを願ったらこの奇跡はなくなってしまう!もう誰も願いを叶えることはできないんだぞ!?」


 葛生はおれの願いは常軌を逸していると思ったらしい。おれの背後で見苦しい声を上げ、やめさせようと同じような言葉を繰り返した。もちろんおれはその言葉を全く聞き入れるつもりはない。


「こんな奇跡があるからいけないんだ。願いを叶えるなんて、本当は努力して自分の力でやり遂げるものなんだ。誰かを苦しめてまで叶える奇跡なんて、奇跡じゃない!おれがその奇跡を壊してやる!」


「ふざけたことを!苦しめるのはたかが妖怪だ!化け物だ!人間とは違う!」


 妖怪だろうと人間だろうと関係ない。楓があんなにも苦しんでいる。鈴美音さんも、守屋も、こんな奇跡があるから傷つく羽目になった。


「妖怪も、人間も、おれが大切だと思うなら同じだ!さあ、叶えてくれ!」


 光の陣が、おれの体を光で包み込むように浮き上がる。同時に子うさぎたちもまばゆい光に包まれ、姿が見えなくなってしまう。


「甲坂君!」


 鈴美音さんの叫ぶ声が聞こえた。どうやらおれも、周りから見たら子うさぎと同じように光っているのか。けたたましい音が「日輪」から発せられ、思わず耳を防ぎたくなった。

 そして、もはや何も見えないほどの眩しい光が、この場所全体に広がった。

 


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