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子ウサギ妖怪との非日常的な日々  作者: 樫 ゆう
第五章 願いを叶える場所
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第五章 願いを叶える場所 01話


「おい甲坂!起きろ!」


 守屋のうるさい呼び声が聞こえて、意識を取り戻す。

 どうやらずいぶん昔のことを思い出していたようだ。


「守屋……。早乙女も……」


「おまえ、ひどい傷だぞ。誰にやられた?さっき倒した奴の仲間か」

 

 頭が働かない。おれはどうしてこうなったんだっけ?

 間髪いれず、早乙女が聞いてくる。


「甲坂くん、怜奈と楓ちゃんはどうした?なんでいなくなった?」


 鈴美音さんと、楓。

 そうだ。おれはあの二人を連れ去った奴らを追いかけて、何とか追いついて二人を引き戻そうとしたけど、もう一人別の奴が出てきて、そいつにおれは殴られて気を失ったんだ。


「あの二人、連れ去られたんだ!早く追いかけないと!」


 おれが気絶してからどのくらい経った?おれが追いかけ始めてから守屋たちがすぐ後を追ってきたならば、そんなに時間は経っていないはずだ。全力で追いかければまだ間に合うかもしれない。


「あの二人が攫われただと……。ふざけやがって!どこのどいつだ!」


 ここまで怒りを露わにしている守屋を見るのは初めてだ。いつもはチャラチャラした奴なのに、怒った顔は凄まじい。


「じゃあ、急いで追いかけましょう」


 早乙女が冷静に促す。違う、冷静に見えるけど表情からして早乙女もかなり怒っている。

 二人に支えられてなんとか立ち上がり、先を急ごうと走り出す。

 しかし一つの人影がおれたちの前に立ちふさがった。薄暗いせいで顔は良く見えないが、ニヤニヤと笑っているのがわかる。


「おっと、ここから先は行かせられねえなぁ」


 下卑た声と一緒に、ガムを噛む音も聞こえる。不愉快だ。

 そう感じたのはおれだけじゃないらしい。守屋はそいつに向かって言い返す。


「おい、そこをどけ。でないとそのクチャクチャ噛んでるガムを吐く羽目になるぞ」


 人影は変わらずニヤニヤと笑っている。


「強気だねえ。でも、そう言われてここをどくわけにはいかないなぁ。なにせ、高い報酬をもらっているからその分は働かないとなぁ」


 誰かに雇われているのか?

 だが、それ以前に確かめたいことがある。勇気を振り絞って、声に出す。


「なんであの二人を攫った!」


「別にぃ?理由は聞いてねえよ。あの小娘と、もう一人適当に誰か捕まえてこいっていう依頼を受けただけだからなぁ」


 こいつらは楓のことは何も知らない。ということは依頼主とやらは楓の素性を知っている?それにもう一人、というのは運悪く鈴美音さんになってしまったが、なんでもう一人余計に攫うんだ?

 考えがまとまらない。目の前のニヤニヤ顔が腹立たしくなってくる。あいつ余裕ぶりやがって……。

 いや、考えてみればあいつの態度はおかしい。いくらなんでも余裕すぎる。絶対に勝てる理由があるようだ。

 そうか。さっきと同じだ……。


「気をつけろ守屋!敵はそいつだけじゃない。木々の影に隠れているぞ!」


 さっきもどこからともなく出てきておれを襲った。旧山道から外れたこの山の木々の影に、まだ仲間が潜んでいるに違いない。

 おれが叫んだとほぼ同時に、予想どおり左の木々から二人、飛び出してきた。ただし、狙いは守屋じゃなくおれと早乙女だ。

 まずい!こっちかよ!

 一瞬目を瞑って痛みを覚悟したが、「ぐはっ」という音がしただけで何も起きなかった。


「大丈夫か?助かったぜ。おまえが叫ばなかったら、お前たちの方に注意を向けずにいた」


 なんと、おれたちから離れた位置にいたのに、一瞬でこっちまで移動し、敵を退治した。

 瞬間移動でもできるのか……。


「へえ、思ったよりやるんだな。どうやら不意打ちはもう効かないようだ……」


 ガム男は手を上げた瞬間、木々の影から何人もの人が出てきた。

 十……二十人はいる!しまった。こんなにいたんじゃ勝ち目はうすい……。

 だがそう思わない男が一人だけいた。


「ふん、おれをこんな数で倒せると思っているのか?」


 守屋はこんな数の敵を前にしても、全く動じていない。


「おれたちは一刻も早く追いかけなきゃいけないんだよ……。全員、怪我をしたくなきゃおれ達をおとなしく通せ。もう同じことは言わんねえぞ」


 ガム男のニヤニヤ顔が止まった。代わりに明らかに怒りを顔に出している。拳を前に出し、ご丁寧に怒りのポーズまで取ってくれた。


「舐めやがって……。みんな、やっちまえ!」


 荒々しい声が響き、二十ほどの人数が一斉におれ達に襲い掛かる。


 覚悟して身構えると、守屋はそれを手で制した。


「二人は下がっていろ。おれだけで十分だ」


 次の瞬間、一番間近にいた敵を一発でノックアウトさせた。

 今、拳を振り上げるの見えなかったぞ……。

 続いて鉄パイプのようなものを持った奴が来た。そいつが右手で鉄パイプを振り降ろそうとした時、守屋はわずかに相手の右腕と交差するように自分の腕を伸ばし、それを大した動きもせずに避けた。そして呆気にとられた相手の顔をまたもや一発殴り、ノックアウトさせた。

 その後もアクション映画の主人公のようにアクロバティックな動きをした格闘術を用いて、次々と敵を殲滅していく。

 暮木戸を連れ戻しに行ったときはあいつの戦い方を見てなかったけど、実際に見るとこれほどすごいなんて……。


「何をしている甲坂!早乙女!ボーっとするな!」


 言われて気づく。目の前に既に……。


「行かせねえよ!」


 目の前に既にひときわ大柄な男が立ち塞がっていた。

 しまった。いくらなんでも守屋はこっちまで来れない。あっちの相手で手一杯だ。かといって早乙女にこの男を任せるわけにもいかない。

 ここは覚悟して、おれが闘うしか……。


「ぐわあああ!ちくしょう!」


 その叫び声は立ち塞がった目の前の男からだった。突然目を押さえて倒れこむ。

 誰がやったのかは明らかだった。真横にいる早乙女が何かやったのだ。


「これ、催涙スプレー」


 危ないものを持ち運んでるな……。下手したらおれも吹きかけられるかもしれない。今度からは早乙女への態度を改めようと心に刻む。

 しかし早乙女のおかげで助かった。

 今度は守屋と隣り合わせになって、このまま逃げ切ろうと考える。


「守屋!このまま逃げ切ろう!」


「いや、俺はこいつら全員倒してから行く。すぐに追いつくから早く行ってろ!」


 確かに守屋の言う通り、ここで全員倒した方がもう追われずに済む。けれどおれ達だけで逃げたら、守屋が危ない目に遭うのを見過ごすことにもなる。


「早く行け。少しは俺を信じてみろ!」


 信じる、か。最近そんなことしなかった気がする。さっきは楓におれたちを信じろなんて言ったのに、矛盾してるよな。

 たまには人を信じてみてもいいかもしれない。


「……わかった。先へ行く」


 おまえも無事でいろよ。守屋。


 おれと早乙女は全力で山を下る。

 はっきり言って、もう追いつく可能性はあまりにも低い。かなり時間をロスしてしまった。それでもまだ間に合うかもしれない、という希望を捨てるわけにもいかず、どんなに疲れても止まることはできなかった。

 ふと、思う。どうしておれはこんなに一生懸命になっているのだろう。

 昔、堅く人に心を許さないと決意し、誰とも深い関係を築かなかった。人間、妖怪どちらともだ。それを中学、高校と貫いてきた。

 大学に入って、その信念とも言える気持ちを揺さぶられた。あの鈴美音さんにだ。天真爛漫なあの性格は正直苦手だったが、積極的に話してこようとする彼女に少しずつ影響され、おれは人との関係を少し考えるようになったのかもしれない。

 守屋も早乙女も、今までの浅い関係しか築けなかった「友達」の枠を超えているのは確かだった。二人ともおれの苦手な性格だが、ここ何ヶ月かでどこか通じ合えた気がした。

 そして楓。人間以上に関わらないと決めたのに、大きく関わってしまった妖怪。始めは仕方ないと思った同居生活も、徐々に居心地がよくなり、妹のように感じることもあった。昔あれだけの決意をしたのに、その決意は揺らいでいる。このままでいいのかと。

 さっき昔のことを思い出してしまったのは、おれの心情の変化に自分自身が驚いたからかもしれない。だからその原因となった思い出を思い出させたのだ。

 今の正直な気持ち。それは楓を、鈴美音さんを、どちらも助けたいということだ。

 せっかく築いた関係を、もう壊したくはない。

 

 やっと旧山道の出入り口にが見えてくる。何事も無く出口に着いたということは、やはり二人を連れ去った奴らはもう遠くへ行ってしまったということだ。


「間に合わなかった……」


 早乙女は悔しそうに呟く。

 旧山道の出入り口の前にはコンクリートの道路がある。恐らくこの道路沿いに車を停め、二人を連れて降りてきた後すぐにその車に詰め込み、去ったのだろう。

 おれ達は律儀に遠い所に駐車スペースを見つけ、そこに車を停めてきたというのに。


「もう楓ちゃんと怜奈がどこにいたか分からない……。どうすればいいの……」


 早乙女に似合わない泣き言を聞いてしまう。

 おれも泣き言の一つや二つ、言いたいところだ。

 だが、頭の中で別な考えが渦巻いており、それどころではなかった。

 そして思う。もしかしたら、あいつらが向かった場所がわかるかもしれない。

 今までの一連の出来事。さっき鈴美音さんが言っていた、「三匹の子うさぎ」の伝説が書かれた資料の不可解な点。それを裏付ける仮説が頭の中で閃いた。その仮説が正しいならば、二人が連れ去られる場所はあそこに違いない。

 一刻も早く「あの場所」へ行きたい。そう思っていた時、タイミング良く大きなトラックが遠くに見えた。おれはすかさず前に飛び出し、無理やりトラックを止める。運転手の怒鳴り声が聞こえたがそれに構わず運転手の傍まで行き、杜芝市に行くかどうかを聞く。

 どうやら行くらしい。おれはある場所まで乗せていってくれないか交渉すると、切羽詰まった表情に同情してくれたのか、引き受けてくれた。


「早乙女、おれは先に行くからお前は……」


「待って!二人がどこにいるかわかったの?それなら私も……」


 早乙女の話を無理やり遮る。


「いや、守屋を待って、後から来てくれ。場所は……」


 その場所を伝えたら、明らかに早乙女は何か言おうとした。その反応は予想通りだったが、詳しく説明する時間も惜しい。


「そして、二人を取り戻す考えがあるんだ」


 おれの今考えた計画。それがうまくいく保証はない。それでもやらなくちゃいけない。簡潔にその内容を早乙女に話す。


「おれの考えは以上だ。早乙女、頼む」


 おれは急いでトラックの助手席に乗り込む。

 ドアを閉める際。早乙女は叫んだ。


「気をつけなさい……」


 何も言わないかわり、おれは無言で頷いた。



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